00.英雄は君のもの


荒北靖友は、昔からよく目立つ男だった。運動神経抜群のあの男はいつだって人気者で、みんなのヒーローで、あの男の周りにはいつだって人が集まっていた。

対し、樒原美子はこれといって取り柄も自信もない、極々平凡で地味な女だった。根暗で、引っ込み思案で、友達も決して多くはなかった。

あの男とはなんだかんだ9年間という長い付き合いではあったが、同じクラスになったことは一度もない。向こうが有名人であるから一方的に知っているだけで、あの男は目立たない私のことなど全く認知していないだろう。あの男と私なんて、所詮その程度の関係だ。

だから、あの男が右肘の怪我で野球を失ったことも、嘗ての栄光が嘘のように腫れ物扱いを受けていることも、一端のヤンキーになって地元の人間から恐れられていることも、全て、全て。

私には、何の関係もないことであった。


「…なーんてね」


そんな私が、現在進行形で荒北靖友に惚れているということも同様に、あの男には全くもって、何の関係もないことだった。



孤独な自惚れ屋の夢想



「合格おめでとう」

職員室の一角。目の前の初老の男は、私のことをみて嬉しそうに笑う。

「ありがとうございます、先生」

昨日、高校受験の合格発表があった。自分の偏差値と実際受けた試験の手応えから、落ちることはないと発表前から確信はしていたのだが、やはり実際に人から祝いの言葉を言われるとなると嬉しいものだ。

「名の知れた高校とはいえ、距離的にうちの中学からは殆ど進学しないからな……心細いか?」

「それはまあ、受ける段階で覚悟していましたから」

私立、それも此処から電車で2時間程かかる場所で、ほぼ県外と言っても過言ではないくらいの場所にある高校だ。たとえ創立うん十年の伝統ある学校とはいえ、私の地元・横浜の中学からわざわざ親元を離れその学校を志望するようなもの好きは殆ど居ないに等しい。実際私も、両親にも友人にも教師にも、何度もいいのかと意思確認された。

「正直お前ならもう少し上は狙えたと思うが…」

「先生」

「…すまない、それはもう言わない約束だったな」

担任や塾の講師からも、嫌という程近場の進学校を薦められた。薦められた学校は、確かにどこも魅力的な学校ではあった。しかし、自分で言うのもなんだが、私の意思はダイヤモンドの様に固かったのである。どんなに好条件が揃っていたって、私を動かせる理由はただのひとつしかなかった。

「春からは寮生活になるからな、寝坊ばかりするなよ」

「あはは、それは何とも」

「…何はともあれ、頑張れよ。樒原」

「はあい」

私の意思を決定するもの、それは制服の可愛さでも校風でも偏差値でも進学率でもない。

「アイツのことも、よろしくな」

「…………はい」

理由はただひとつ。
憧れの男を、追いかけるため。

「なあんてね」

そういうわけで、この春。
私は箱根学園への進学を決めたのであった。



00 英雄は君のもの


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