41.God's Will.


ーーー神様って、本当にいるのかもしれない。

壁に張り出された掲示物を取り囲むように、廊下一帯にできた人だかり。我先にとごった返す中からは時折、悲鳴と歓声が入り混ざった声が聞こえてくる。彼らの目的は皆同じーーー自分の、友人の、はたまた好きな人の名前がどこにあるか、ということ。今日は始業式。そして今は新学期恒例、今後一年を左右する一大イベント中。即ち、クラス替えだ。

それは、私とて例外ではなく。数年間続けたルーティン。"あ"から始まる彼の名前はなんと探しやすいことか。自分の名前よりも先に彼の名前の有無を確認して、次いで自分の名前を探す。どうせ今年も違うクラスだろう、と諦めと安堵の入り混じる感情で文字列を眺める。

「(…あ、荒北靖友発見)」

さて、次は私の……と視線をずらしたその刹那、視界の端、彼の名前より少し下の位置に見慣れた文字が映る。

「うそ、」

口から漏れた言葉。ベタだけど自分で自分の頬を抓る。痛い。夢じゃない。何度見ても変わらない。

……"荒北靖友"と"美子樒原"が、確かに同じ模造紙に列挙されている。

嬉しさ半分、戸惑い半分。喉から溢れそうになる悲鳴を何とか堪えて、私は立ち竦む。
高校生最後の年。最初で最後、私と荒北靖友は同じクラスになった。


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よくよく考えれば、文理選択のシステムがある時点で、同じ理系を選んでいるのだから同じクラスになる確率は高いのだ。理屈では理解している。それでも、中学時代を含めかれこれ5年以上違うクラスだったのに、いきなり同じクラスになったと言われても、そう簡単に心の整理はつかない。

「はあ……」

動悸がなかなか収まってくれない。私がこれから向かうクラスに、あの"荒北靖友"が存在しているかと思うと、自ずと足が竦む。

廊下の真ん中で深呼吸を3回。負けるな、私。今年の目標は告白玉砕!とついこの前決意したばかりではないか。新開くんとのやりとりを思い出せ!

そうこうしているうちにクラスに着いてしまった。私は目立たないよう、後ろの扉からこっそりと入る。教室の中は既に結構な人数が集まっていて、小さいグループが何個か出来上がっていた。ざっと見渡す限り、私が気軽に話せるような人は居そうにない。(そもそも友人と呼べる人が殆どいないという悲しい事実は一旦置いておく)そして、一番肝心の荒北靖友の姿は確認できない。どうやらまだ来ていないらしい。

ほっとしたような、少し残念なような。やや拍子抜けしながら、黒板に張り出された座席表を確認する。最初はやはり出席番号順に並んでいるようで、荒北靖友は安定の前方窓際の席だった。私の席は、窓側から数えて二列目の後方。前の席を回避できたのは嬉しいが、後ろって以外と1番教師の目に留まる位置だよなあ…なんて感想を抱く。流石に受験生だし、居眠りは控えないと…。そんなことを考えながら、自分の席に向かうべく、くるりとUターン。そして顔を上げた瞬間。

「(生荒北靖友…!!)」

教室の後方ドアから、荒北靖友が入ってくるのが見えた。

思わず後退りしそうになった片足に力を込める。黒板のど真ん中で不審な動きをしてクラスの面々に引かれるのは不味い。逃げ出したい気持ちを抑え、自分の席へと足を踏み出す。彼を視界に入れるのが恐れ多くて、ついつい視線が下がる。ああ、同じ空間に荒北靖友がいる。どうしようどうしよう。

「(こんな調子で大丈夫かしら)」

自席に座り頭を抱える。始まってもいないのに既に私のライフはゼロだ。とはいえ気になるものは気になるので、前髪の隙間から荒北靖友を目で追う。ああ、やっぱり本物の荒北靖友だ。

暫く経って、担任の教師が教室に入ってきた。みんな仲良く、とか、受験生の自覚を持って、とかそんなありふれた話をされるも、私の視線は荒北靖友に注がれたまま。ずっと窓の外見てる、退屈そうだなあ、なんて。

…座ってみて気付いたが、この席、荒北君の後頭部がよく見える。

「(ストーカー気質すぎて我ながら気持ち悪いな……)」

そんなことを考えながら、いつの間にか始まっていた教師自身の自己紹介を右から左に受け流していると、気付いたときには生徒の自己紹介が始まろうとしていた。お決まりのように、始まるのはあ行の生徒から。窓際前方、即ち。

ガタッと音を立てて机が揺れる。やや乱暴に立ち上がったスラリとした背中。

「アー…荒北靖友、チャリ部。ヨロシクゥ」

シンプル過ぎる自己紹介。いかにも怠そうな、やる気のない挨拶。顔は見えない。前方の席だというのに、後ろに座る人間には全く興味がないとでも言わんばかりの態度。そんな姿でさえ胸がときめくのだから重症だ。

あっという間に終わった彼の自己紹介。頬杖をつき窓の外を眺める彼の後頭部を眺め余韻に浸りたいところであるが、テンポ良く進んでいる自己紹介を無視はできない。気付けば私の順番が回ってきた。

「美子樒原と申します。部活は演劇部に入っています。1年間、よろしくお願いします」

緊張で震えないように声を張る。ボロが出ないよう、ワードは必要最低限に。そもそも私の自己紹介なんて、誰も興味を持たない。

一礼して、着席。
なんとかやりきったと、安堵しながら前を向く。すると、ふと前方から視線を感じた。何となしにそちらの方向に目をやれば、何と、荒北靖友がこっちを見ていた。

「……………!」

これは、目が合った、のか?なぜ彼は後ろを向いている?いや、自己紹介中だからといえばそれまでだが、つい先程まで彼は全く自己紹介なんて興味ない様子で窓の外を眺めていたではないか。なぜ、このタイミングで?それとも私の後ろの席の人が知り合いとか?ま、まさか私を見てたとか、そんな自意識過剰なことある?

気付かないふりをして目線を逸らせば良かったものの、見事にタイミングを失してしまった。周りの雑味が聞こえなくなって、空間が切り取られたかのように、私と荒北靖友しか世界に存在していないような、そんな錯覚に陥る。

「……………」

もしや、自分でも気付かないうちに変なことを言ってしまったのだろうか。訛ってたとか、声が裏返っていたとかだったらどうしよう。焦りと羞恥心がぐるぐると頭の中を駆け巡る。その間にも荒北靖友はこちらを見ている。毛穴という毛穴から汗がぶわっと溢れ出て、体温が急上昇した気がする。

お願いだから、これ以上醜態は晒したくない。

ええいままよ、と私は無理やり口角を上げる。にへら、と効果音がつきそうな、だらしのない笑み。

「……………!」

一瞬、荒北靖友の瞼が動いたのがわかった。その感情は、戸惑いか、はたまた嫌悪か。嫌悪だったら生きていけない。

「よーし、後ろまで行ったから次はまた前のやつなー」

教師の溌剌とした声で我に帰る。彼もまたそうだったのか、何事もなかったかのように姿勢を正す。

「(…嫌われたかもしれない)」

正直、クラスメイトの自己紹介なんてもうどうでもいい。私が犯した失態についてリカバリーする方法を誰か教えてほしい。顔が気持ち悪かった?確かにこんな陰キャに急に笑いかけられたら誰だって恐怖だよな…つらい……。

高校3年生初日。
神様はいるかもしれない、けれど同時にとても意地悪だとも思った。




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