浮かれたふたりのランデヴー
"ごめん。今週の土曜、A組のメンツで遊ぶことになったから会えない"
そんな連絡が心操君から来たのは、週の半ばの水曜日のことだった。謝罪から始まる内容に少しがっかりはしたものの、編入生である彼の立場を考えれば、クラスメイトとそういった交流が出来ているということは素直に喜ぶべきだろう。自分の気持ちに蓋をして、私はすぐに届いたメールに返信する。
"承知しました、楽しんできてくださいね"
基本的に土日は心操君に会うものと思って空けている。ぽっかり空いてしまった週末。これはきっと溜まっている仕事を片付けろという神様の思し召しなのだろう。私はスケジュール帳を開き、思いつく限りのタスクを書き込む。−−それが、数日前のこと。
「ヨルちゃん!!」
「はい、何でしょう」
週明け、登校してきたクラスメイトにものすごい勢いで飛びつかれた。わけもわからず言葉を返すと、開口一番、彼女から出てきたのはなんとも不穏なワード。
「心操と別れた!?」
「いえ、そういったことは今のところないのですが…」
「心操浮気してない!!?」
彼女の剣幕にたじろぐ。心当たりはないのだが、私の知らないうちに何か良くないことでもあったのだろうか。
「何かありました?」
「いや、急にごめんね。土曜に木椰区ショッピングモール行ったら、心操がヨルちゃんじゃない女子と一緒にいたから…」
ほらこれ写真、と見せられた携帯画面を覗き込めば、確かにそこには黒髪のボブカットの小柄な女の子と歩く心操君がしっかりと激写されていた。
「土曜日はA組の皆さんと遊びに行くとおっしゃってましたわ。多分この隣の方もA組の方じゃないでしょうか…」
とそこまで説明して、僅かな違和感。
「これは…」
思わず彼女の携帯の画面を拡大する。楽しそうに笑みを浮かべる心操君と、名も知らぬ女の子。パンキッシュな魅力溢れる彼女と、ミステリアスな雰囲気が漂う心操君は大変お似合いで、だからこそ感じた引っ掛かりに、私はしばらくその画面を凝視していた。
−−その日の夕方、"少し電話できる?"とメールをしたところ、すぐさま着信を告げる音楽が鳴った。即電話で返してくるあたり、彼は仕事が出来る男だと思う。何だかんだ言っても、やはりクラスをまとめる委員長は違う。
「久しぶり、天哉」
「お前からなんて珍しいな。どうした?」
相手は幼馴染の天哉だった。彼はきっと今頃寮にいるだろう。近くに心操君がいないことを祈り、私は小声で彼に問いかける。
「大したことじゃないの。その…そちらに転籍した心操君、元気にしてるかしら」
「ああ!今日も放課後は訓練に勤しんでるようで今は寮にいないが、心操君のストイックさは俺も見習わなくてはいけないと常々思っていて……」
そう嬉々として話す天哉。ヒーロー科の人間から発せられる心操君に対する貴重な評価に、自分が褒められたわけでもないのについ得意げな表情を浮かべてしまう。さすが元普通科の星。とはいえこのままでは天哉の話が長くなりそうなので、私は一つ咳払いをして天哉の言葉を遮る。
「つかぬことを聞くんだけど、A組ってみんな同じ寮なのよね?」
「そうだが?それがどうした」
「あの。心操君の……−−」
*****
時はさらに経ち、次の週末。今日は2週間ぶりに心操君と会う約束をしていた。最近出来たという新しいカフェに行く予定だったが、私の心の中では既に別の計画が練られている。
「ごめん檻舘、待った?」
待ち合わせ場所に来た心操君。グレーのシンプルな襟付きシャツと、黒のテーパードパンツ。いつもの彼らしい、シンプルで大人っぽいスタイル。
「…………」
「……檻舘、なんか怒ってる?」
じっとりとした目付きで彼を見つめると、勘の良い心操君はすぐに私の異変を感じ取ったらしい。困ったようにそう切り出した彼に少しの罪悪感を抱きつつ、私は早速本題を切り出す。
「カフェに行く前に、見ていただきたいものがありますの」
心操君からの問いかけには答えぬまま、私は鞄から取り出した自分の携帯電話を彼の目の前に突きつける。そこには、先日クラスメイトからいただいた、例の女の子と一緒に写った隠し撮り写真が表示されていた。
「え!何これ……」
「先週の土曜日、木椰区ショッピングモールでの心操君です。私の元にタレコミがありました」
怪訝な表情で見ていた彼も、私の言葉に合点がいったようで、ああ!と納得した様子で目を見開いたが、すぐに自分の置かれている状況を察したのか、慌てて弁解を始める。
「いや、これは。A組の耳郎さんっていうクラスメイトで……。ごめん、女子もいるって言わなかったけど、やましいことは何もなくて……」
「服!」
「本当にただのクラスメイトで……って、服?」
しどろもどろな彼の言葉を遮る。心操君が大きな勘違いをしているようだったので、私はわかりやすく画面を指差し説明する。
「この服です服!心操君が着てるの、私見たことないです!」
「ええ……?」
そう。この時の写真に写っている心操君の格好が、いつもと違ったのだ。私と会う時はいつだって今みたいな綺麗めでシンプルな服装なのに、この写真に写った彼は、大きめのゆるいシルエットが特徴的なとてもラフなスタイリングだった。
「ビッグシルエットの服なんて、私の前で着たことないですよね?」
「え、いや、そんなこと…」
「言い逃れしても無駄です!証拠は押さえてあります!」
私は矢継ぎ早に、天哉を通じて手に入れたA組の皆さんのオフショットを次々に提示する。そこに映る心操君は、どれも私の知らない格好の心操君ばかり。
「心操君、普段はストリートっぽいファッションを好んで着ておられるのでは」
「いや、そういうんじゃなくって…」
そんなことかと呆れられてしまいそうだが、私としては重要なことだ。少しの違和感も見逃さないぞという意志を込めてじっと彼の瞳を見つめれば、彼は狼狽えながら言葉を紡ぐ。
「去年から筋トレとか始めて、体型が変わったりしたから大きいシルエットの服を買うことが多くなって…」
彼の言葉は、確かに納得のいく理由ではある。体育祭以降−−特に相澤先生との特別訓練が始まってから、心操君の身体つきがみるみる変わっていったのは隣で見ていてもよくわかった。
「……でも、昨年度も何回か私服でお会いしましたけど、こういった系統は着てませんでしたよね?」
だからといって納得は出来ない。夏休みも冬休みも、彼はいつだってこのような服装ではなかったのだから。
「それは……」
言い淀む心操君。彼が口を開くのを無言で待ち続ければ、やがて観念したのか、ゆっくりと話し始める。
「檻舘の横で歩いても不釣り合いに思われないようにと思って…」
「……私?」
「檻舘、結構クラシカルというか…大人っぽい上品な系統の服が多いから。ちゃんとした服を着た方がいいかと思って…」
尻すぼみになりながらそう言い放つ心操君。"背伸びしてるとか思われたくなかったのに……恥ず……"なんてぼやいている彼には申し訳ないが、私は高揚のあまり、胸が猛烈に締め付けられていて正直それどころではない。
「はあ〜〜〜〜……好きです……」
尊いってこういう感情のことを指すのだろう。私は思っていることを素直に口に出す。愛おしさが天元突破。興奮しすぎて呼吸が出来ないまである。
「まあそんなところだろうなとは思ってました」
「え、怒ってたんじゃないの」
「本気で怒るわけないじゃないですか。正直、面白くはなかったですけど」
ファン一号兼恋人を名乗っておきながら、出会って一年以上経つのに気付かなかった私の不甲斐なさに八つ当たりしてしまった部分もある。
「というわけで、今日は予定変更です!心操君がいつも買う洋服屋さんに連れてってください」
「え、でも…」
「他の人が知ってて、私だけが知らない心操君がいるなんて我慢ならないんです」
「その言い方はずるいでしょ…」
心操君の頬が赤い。照れている心操君をしっかり目に焼き付けながら、私と心操君はショッピングモールへと向かった。
「先週着てた服はここで買ったんだけど、檻舘には縁遠いでしょ」
「確かにあまり入らない場所ではありますが……新鮮です」
心操君に案内されて着いたのは、一見して若者向けのお店。ブランド名は何となく聞いたことがあるが、実際に店舗に入るのは初めてだ。
「心操君。とりあえずこれ、試着してみてください」
私が手始めに選んだのは、ロゴTシャツにビッグシルエットのカーゴパンツ。無難な組み合わせではあるが、まず間違いはないだろう。
「え、着るの?」
「実際この目に焼き付けるまで今日は帰りません」
勝手にファッションショーを開こうとしていることに若干の申し訳なさを感じるが、最後に何か商品を買えば許されるだろう。なんなら心操君にプレゼントしたっていい。店員さんに試着したい旨を申告し、あまり乗り気ではない心操君を試着室に押し込める。
待つこと数分。試着室の扉が開く音がしたためそちらを振り返れば、そこにはまさしく、例の写真に写っていた心操君の姿があった。
「着たけど……」
照れ臭そうに頰を掻く心操君を前にして、私は思わず胸の前で手を組み天を仰ぐ。
「……神様……!!」
「えっ、そんなに?」
「写真撮ってもいいですか…!!」
いつもの洗練されたシンプルな服も当然好きなのだが、これはこれですごく良い。ダウナーな心操君の雰囲気にとてもよく合っている。
「素敵です……!」
「そんなに感動されるとは思わなかったんだけど……檻舘ってこういう系統好きじゃないと思ってた」
「自分ではあまり着ないジャンルではありますが、嫌いというわけではありませんわ。というより心操君が着れば何でも素敵です」
そもそも恋人という贔屓目を無しにしても、スタイルも容貌も良い心操君は何を着ても様になるのだ。いつだかA組の人が心操君のことを"モテる面"と表現したという話を聞いたが、まさに言い得て妙である。その人とは絶対に趣味が合う。
「……でも、ほら見て。隣に並ぶとなんかチグハグな感じしない?」
心操君から手招きされ、私は大人しく心操君の横に立つ。試着室に設置された全身鏡に映る二人を見れば−−なるほど確かに。優等生と不良……とまではいかないが、まあまず一緒のグループには属していないだろうなと言わざるを得ない組み合わせだ。
「…………」
脳裏を過ぎるのは、やはり例の写真。写真の中のボブカットの女の子は、凄く、心操君とお似合いだったのだ。それが少し悔しくて、私はこっそり唇を噛む。
「まあ確かに…今までの心操君の努力は理解しましたわ……」
「いやまあ、俺が見栄を張っただけとも言うけど……」
"別に無理して着てるとかではないから"とフォローしてくれるその優しさが、愛おしくて同時につらい。
「忘れましょう……心操君にはまだまだ着てもらいたい服がたくさんあるので……」
「俺まだ着るの……?」
明らかに鏡の前でしょげている私を見かねてか、唐突に後ろから店員さんに話しかけられる。
「彼女さんもぜひ着てみませんか?ウチ、レディースの扱いもありますんで!」
「え!」
突然の提案に声が上擦る。店員さんのご好意はありがたいが、正直、こういった服装が私に似合うとは到底思えない。
「わ、私には似合わないかと……」
「一度着てみるのもありだと思いますよ!ぜひ!」
「見たい。俺も着たし、おあいこでしょ」
グイグイ攻めてくる店員さんと、攻守交代とでも言わんばかりに圧をかけてくる心操君に、今度はこちらがたじろぐ番だった。"俺も着た"と言われれば、抗う術は何もない。
「き、着てみるだけ……」
ゆっくりと頷けば、心操君は満足げな様子で店員さんとグータッチをしていた。ざっくりと服のサイズを伝え、店員さんのオススメ、というオーダーで服を持ってきてもらう。
「これなんかどうでしょう?今期の流行りですよ!」
店員さんが持ってきてくれたのは、ミニ丈のTシャツとカーゴパンツ。確かにミニ丈はここ数年のトレンドだったと記憶しているが、自分ではまず選ばないチョイスだ。しかし、ここまできたらもう着るしかない。
「……似合わなくても、笑わないでくださいね」
「うん、俺の記憶だけに留める」
「それも嫌なんですが……!」
因果応報と言われればそれまでだが、まさかこんな展開になるとは。試着室に入り、渡された服と対面する。幸い服が入らないということはなかったが……いつもよりもボディラインが強調された服装に不安が募る。
「ど、どうでしょう…」
いつまでも試着室に篭っているわけにもいかない。おずおずと扉を開け、周りからの評価を待つ。
「お似合いですよー!」
店員さんが渾身のヨイショをしてくれるが、鏡に映る姿はやっぱり見慣れない。そもそも、普段パンツスタイルをあまり履かないというのもある。お腹周りの心許なさに、ああ、もっと腹筋を鍛えていればよかったと思うが後の祭り。スタイルの良い心操君の前で晒して良い体型ではない気がして、思わず身体を手で隠す。
「…心操君?」
恐る恐る彼を見やれば、心操君は放心した様子でこちらを見ている。再度彼の名前を呼べば、彼はわかりやすく耳まで真っ赤にさせて、喉から絞り出すような掠れた声でぽつりと呟く。
「……可愛い」
店員さんも見ている前での直球過ぎる言葉。本心からそう思ってくれているであろうその様子に、私も本気で照れてしまう。もしこれが演技だったとしたら、私はもう何も信じられないし、彼はヒーローより俳優を目指すべきだと思う。
「あ、ありがとうございます」
「でも駄目。お腹が見えてるし、ピッタリしすぎててちょっと嫌だ」
「まあ確かに…でも最近はこういうのが流行りですよね?」
「流行ってても駄目。檻舘はきっと風邪引く」
「そこまでヤワじゃないです…」
我に返った心操君が、すごい勢いで捲し立ててくる。その必死さに思わず私も正気に戻ってしまう。
「お腹隠れるやつあります?」
「そんなオーダーの仕方あります…?」
店員さんに真面目な顔で無茶振りをする心操君に突っ込みを入れる。店員さんも"任せてください!"なんてノリノリで店内を駆け回っている。
「これならどうですか!」
店員さんが次に持ってきてくれたのは、ビッグシルエットのロゴTシャツに台形のスカートだった。これは今流行りのy2kっぽい感じだろうか。またしても私とは縁遠いジャンルである。
「はい、檻舘」
心操君に手渡され、試着を促される。心操君のファッションショーをするはずが、いつの間に趣旨が変わってしまっている。心操君に目で抗議するが、心操君はどこ吹く風で"早く早く"なんて急かしてくる始末。
「はあ……」
諦めて袖を通す。今度の服は心操君のオーダー通り、身体のラインを拾わない、お腹も出ない大きめのTシャツだ。しかしスカートの丈が如何せん短い。ストッキングは履いているものの、どうしても足がスースーして落ち着かない。膝上のスカートを履いたのはいつぶりだろう、もしかしたら物心ついてからは初めてかもしれない。
「どうでしょう……」
「可愛いですよ!普段のクラシカルな感じも素敵ですが、これも今時な感じでいいですよ!」
店員さんがこれでもかと褒めてくれる。なんて商売上手な方だろう……と感心するが、私が今一番知りたいのは心操君の反応だ。意を決して心操君のいる先に目をやると、そこには。
「可愛い…けど…!」
心操君は苦悶の表情を浮かべていた。どうやらこの服も心操君的にはNGだったらしい。
−−結局、心操君の感想を聞きながら、ビッグシルエットのロゴTシャツと、細身の黒いスキニーパンツのコーデ一式を購入するという結果に落ち着いた。
「ノリで買ってしまいましたけど……やっぱりこういう系統は似合いませんかね、私」
「檻舘は顔が可愛いから似合わないものはないでしょ」
「随分とストレートに褒めますね……」
真顔でさらりと宣う心操君。例えお世辞だとしても、恋人に言われて悪い気はしない。
「今日試着したのは、単純に俺が嫌だっただけ……その、露出が多いのは目の毒過ぎて」
「え、でもヒーロースーツとかもっとボディラインが出るものとか、一見して露出過多っぽいデザインとか多くないですか?」
「好きな子のは別でしょ。着るなら俺の前でだけにしてほしい」
「……そ、そうですか」
はっきりと言い切った心操君に何も言えなくなる。照れもせずにそんな気障なことを言える心操君のメンタルは一体どうなっているのか。振り回される私の身にもなって欲しい。
「……あの、誤解のないように言っておきますが、大人っぽいシンプルな服装の心操君が嫌いなわけでは決してありませんからね」
「わかってるって。檻舘のことだから"推しの衣装は全部把握してコンプしたい"みたいな感覚なんでしょ」
「よくお分かりで……」
……まあ、当初の予定とはだいぶ異なる結果になったが、心操君のラフな格好も無事見れたことだし、今日の目的は概ね達成できたと言っていいだろう。
「来週は私がこの服着ますから、心操君もいつもの服装で来てくださいね」
「いいね、プリクラでも撮る?」
「浮かれてますわ……」
自然と繋がれた右手。傍から見たらきっと私たちはとんだバカップルに見えているだろう。あの店員さんも、今頃バックヤードで私たちのことを笑っているかもしれない。
−−それも良いと思ってしまうあたり、私もだいぶこの関係に毒されている。
《浮かれたふたりのランデヴー》
.