かわいいかのじょ
「心操ってお洒落だよな」
寮の談話スペースの椅子に座りぼんやりと雑誌を眺めていたところ、自分の後方に位置するソファで寛いでいた上鳴が唐突にそう呟いた。思いもよらぬところで自分の名前が出たことに驚きつつ、俺は左手に握っていたハンドグリップを机上に置いて、上鳴たちの方を向く。
「俺が何?」
中央のソファに集まり駄弁っているのは、上鳴と切島、瀬呂と峰田……まあいつものメンツだった。ポテチをつまみながらテレビを見ている様子は、金曜日の夜らしくまあ楽しげだ。
「確かにセンスあるよな。なんか雑誌とか見て研究してんの?」
「別に、そんなことないけど……」
それを言うなら、瀬呂の方が俺よりもずっとお洒落だと思う。上鳴だってそうだ。そんな二人に褒められて悪い気はしないものの、残念ながら俺のファッションセンスは至って平凡で、彼らが想像するような努力なんてものは一切行っていない。−−思い当たる節があるとすれば、その理由は一つしかなかった。
「……彼女が、よくアドバイスくれるからかな」
「惚気かよ!」
峰田が勢い良く突っ込んできた。そう言われる気はしていたのだが、事実なので仕方がない。
「心操の彼女ってそういうの詳しいの?」
「まあ、そんな感じの仕事してるから」
詳しいどころか、檻舘の両親は世界的に有名なファッションデザイナーだ。彼女の名字を冠したブランド名を知らない者は、恐らくこの日本にはいないのではないだろうか。彼女自身も仕事に携わっていると明言していたし、実際、ここ最近自分が着ている私服は全て彼女が見繕ってくれたものばかりだ。
"このアウター、心操君が以前履いていたカーキ色のカーゴパンツと合わせたら絶対素敵だと思います!"
そう言って花が綻ぶように笑う檻舘を思い出して、思わず口元が緩む。慌てて表情筋に力を入れて平静を装うが、幸い彼らは自分たちの話に夢中で、俺の気の抜けた顔には気付いていないようだった。
「この前新しいトップス買ったんだけど、イマイチしっくりこねーんだよね」
そうぼやく上鳴。確かに買ってはみたものの、いざ自分の手持ちの服と合わせようとするとしっくり来ないというのは自分も経験がある。
「しゃーねーな。俺らでファッションチェックしてやんよ」
「上鳴、その服って今あんの?」
「あるある!持ってくるわ」
気付けば、談話スペースの一角で暇と元気を持て余した男子高校生の新たな遊びが始まっていた。上鳴が早速自室から一着の服を持ってくる。彼の手に握られていたのは、淡いオレンジ色が印象的な一枚のトップスだった。
「大人っぽいのが着たくて、綺麗めのシャツ〜と思って買ったんだけど、実際着てみるとなーんか服に着られてるっていうか」
「珍しい襟の形してるなあ」
「てかなんでそんな合わせづらそうな色選んだん?」
「可愛いじゃん!くすみオレンジ!」
自分はあまり色物は着ないので、これを選ぶあたり、既に上鳴は立派なお洒落上級者だと思えた。
「普通にテーパードじゃだめなん?」
「なーんか俺には大人っぽすぎて違和感あった」
「てか裾長すぎね?」
「それな!」
あれはどうかこれはどうかと、好き勝手に意見を出し合う様子を眺める。乗りかかった船だ、俺も心の中で上鳴のコーディネートを組んでみるが、自分で普段選ばないアイテムを使って想像するのは思った以上に難しかった。
「心操もなんかアドバイスないー!?」
「ええ……俺オレンジとか着たことないんだけど」
話を振られるも、俺の知識なんてたかが知れている。どうしたものかと悩んで、そのとき、ふと思い浮かんだあの笑顔。
「……心操?」
俺は、ダメ元で"彼女"にメールを送ってみた。
"檻舘、今暇?"
そう、彼女に聞いてしまえばいいのだ。多忙な檻舘のことだから連絡が返ってくるかは正直賭けだったが、運良く彼女からの返信は早かった。
"暇してますよ、どうしましたか?"
「なあ上鳴、これ写真撮っていい?」
「全然いいけど……何すんの?」
上鳴の許可を得て、例のトップスをソファに広げて写真を撮る。すぐさま檻舘に送って、質問。
"このトップスって、どういうのに合わせればいいと思う?"
クラスのやつがコーディネートに悩んでて……と俺が言葉を付け加えるのとほぼ同じタイミングで、彼女から返信がくる。
"バンドカラーのシャツですね。数年前から流行ってすっかり定番化しましたよね。万能なアイテムなのでひとつ持っていて損は無いと思います"
"色も素敵ですね。今年の春夏トレンドのピーチファズっぽいです"
会話の流れが早い。一緒に買い物に行った際の彼女のマシンガントークぶりが思い出されて、文字を読むだけでも微笑ましくなる。書かれている単語は正直殆ど理解出来ないが、彼女が言うなら間違いないだろうと、俺はそのまま復唱する。
「ぴ、ぴーちくぱーちく?」
上鳴のアホっぽい反応に少し安心する。どうやら単語を理解できないのは自分だけではなかったらしい。
「もしかして例の彼女?」
「うん、試しに聞いてみた」
そうしているうちにも、檻舘とのやりとりはどんどん進む。
"シャツアウターとして使ってもいいですし、シンプルな黒のテーパードとかも定番かと思いますが…"
"なんか服に着られてる感が出るらしい"
"うーん、着られてるとなると丈感とかサイズ感の問題でしょうか……。その方がどんな方なのか存じ上げないのでなんとも言えないですね"
「上鳴、ハイチーズ」
彼女のコメントを受け、俺は上鳴にカメラを向ける。上鳴は安定のノリの良さで、突然振ったにも関わらずしっかりピースを決めてくれた。
「えっ!何何!?えっ彼女さんに送ったの!?俺ちゃんとイケメンに写ってる!?」
「いつも通りイケメンだよ」
上鳴を適当にあしらいながら、檻舘に今しがた撮影した上鳴の写真を送りつける。
"こいつ。上鳴電気"
"アクティブな感じが似合いそうな方ですね"
"アクティブ"……いい表現だ。檻舘から"イケメン"とか"格好いい"といった類の感想が来たら立ち直れないかもと内心ドキドキしていたのだが、その心配は杞憂だったようでそっと胸を撫で下ろす。
"本人は大人っぽいのが着たくて買ったらしい"
"うーん。ではボトムスはワイドパンツで、タックインで履くのはいかがでしょう?"
こんな感じで、とご丁寧に着用イメージまで添付してくれる。本当に至れり尽くせりだ。
「ワイドパンツはどう?だって。で、タックイン」
俺は、モデルが決めポーズをしているその写真をそのまま上鳴達に見せる。
「これっぽいのあるかな…手持ちの何個か持ってくる!」
「ワイドパンツなら俺もあるぜ〜」
まるで借り物競走の如く、誰が一番お題に相応しい物を持って来れるかといった具合で、ソファに座っていた面々が一斉に散り散りになる。各々自室から何着か持ち寄って試着大会が開催され、着脱を繰り返しながらああでもないこうでもないと言い合う。最終的に、瀬呂が持ってきたらしい濃紺のワイドパンツを履いた上鳴が感嘆の声を上げた。
「お!これなんかいい気がする!細身のパンツ合わせた時よりしっくりくる」
"明日こういうの買ってこよ〜"と上機嫌に笑う上鳴を前に、丁度良いタイミングで檻舘から追加のアドバイスが入る。
「"大人っぽくてなくてもいいなら、この時期だと白系の膝丈のショートパンツも上鳴さんならお似合いになるかと"……だってさ」
「うおお!彼女さんまじサンキューです!」
「心操の彼女すげー。なんかそういうAIみたいだな」
「診断アプリみたいなヤツね」
檻舘が褒められ、俺は思わず口角を上げる。そう、俺の彼女はすごいのだ。さすがに惚気が過ぎるので口には出さないが、檻舘は可愛くてお洒落で頭が良くて、でも少し抜けてるところがたまらない、俺の自慢の彼女。
「あの……」
第一回ファッションコーディネート対決もこれにて終了かと思いきや、おずおずと挙手する者が一人。
「実は俺も箪笥の肥やしになってる服があって……」
そう言って恥ずかしそうに手を挙げたのは切島だった。どうやら先程自室に戻ったタイミングで、ちゃっかり新たな服を持ってきたらしい。
「このチェックシャツなんだけど……」
丁度良く提供された次のお題に、再び一同が湧く。
「チェックシャツってむずいよなー!わかる」
「なんかヲタクっぽいというか、何となくダサく見えるよね」
「しかも赤チェックって……」
「いいだろ赤!」
盛り上がる彼らを前に、俺は先程同様、広げたチェックシャツの写真を撮り檻舘に送る。
"上鳴がありがとうだって"
"ちなみにこれはどう?"
"ダサくないチェックシャツの着方"
連投で送ると、これまたすぐに返事が返ってくる。彼女の指捌きは一体どうなっているんだと思わざるを得ないスピードの速さである。
「"秋冬であれば、無地のカーディガンとかアウターを羽織って柄の部分を差し色、アクセントとして使うとまとまりが良いです。あとは、チェックシャツは子供っぽく見えがちなので、ボトムスは綺麗めなものを選ぶのがマストです"……だって」
「おおー!」
秒で返ってきた回答に、一同拍手。当事者の切島は律儀にも今のコメントをメモしようとしているので、そのまま携帯に文面をコピペして送ってやる。
「はいはい!俺は今季の秋冬狙い目のアイテムが知りたいです!」
今度は瀬呂が右手を勢いよく上げた。今季の秋冬でおすすめのアイテムは、と檻舘に質問すれば、カップラーメンが出来上がるよりも早く−−なんなら蓋を開けてかやくを入れるくらいの時間で、彼女から回答が送られてくる。
「"私の好みに寄ってしまうのですが……今期からはグランパコアなど、徐々にクラシカルなスタイルが流行ると言われているので、革靴やセットアップなんかが個人的にはおすすめです。色味もグレーやブラウンの落ち着いたものが狙い目です"……だって」
「確かにグランパコア気になってたんだよな〜」
"グランパコア"とは?と頭上にはてなマークを浮かべる俺を他所に、知らない単語で檻舘と意思疎通を図る瀬呂に少しだけ嫉妬する。何食わぬ顔でこっそりGoogle先生に尋ねると、なるほど確かに檻舘が好きそうなジャンルの着用画像が表示されている。俺も買いに行こう……なんて、密かに決意。
「てかまじでアパレルのお姉さんじゃん!」
「いやむしろこの精度と早さは今流行りのチャットなんたらだろ」
「心操の彼女、実は架空上のAIだったりしない?」
「生身だよ」
峰田の失礼な発言に反論するも、正直なところあまりの正確な回答に、俺も本当に檻舘とやりとりしているのか不安になってきた。俺は立ち上がり、談話スペースを退出しながら彼女に電話をかける。2コール目で繋がり、鈴のなるような可憐な声が聞こえてくる。
「こんばんは心操君」
良かった、生身の檻舘だ。
「もしもし?散々付き合わせちゃってごめん」
冗談はさておき、突然一方的に送って迷惑じゃなかったかなと今更ながら不安になり檻舘に謝罪をしたが、彼女は弾む声でふふふと朗らかに笑った。
「最初連絡が来たときは何事かと思いましたが……A組の皆さんの輪の中に混ぜてもらえたみたいで楽しかったです」
「俺がお洒落だって話になって……彼女にアドバイスもらってるからって答えたらこうなった」
「あらまあ、嬉しい」
本当に嬉しそうな声色の檻舘に、彼女のはにかむ笑顔を想像して胸がときめく。ああ、本当に俺の彼女は可愛い!
「A組の皆さんに、交流できて楽しかったですとお伝えください。私如きのアドバイスでよければいつでもどうぞ」
「……あんまり仲良くなられるとそれはそれで不安になるから、程々にしてね」
「心操君経由なら問題ないでしょう?」
"今のうちに人脈構築させてくださいな、私の未来の顧客になり得るかもしれませんもの"、なんて宣う檻舘は本当にちゃっかりしている。そんなところも愛おしと思ってしまうのだから、俺は重症だ。
「彼女さん何だってー?」
「楽しかったって。また何かあればいつでも気軽に聞いて、だって」
「ちなみに連絡先なんかは……」
「教えるわけなくない?俺の彼女なんだけど」
「結局惚気かよ!」
そんなこんなで、それ以降、寮では度々檻舘によるファッションお悩み相談室(俺経由)が不定期開催されるようになった。評判を聞きつけたのか、気付けば女子達からも頼まれるようになり、A組の中でのちょっとしたムーブと化した。
−−なお、俺の一番最初の発言により、いつの間にかA組メンツの共通認識として、"心操の彼女はアパレルで働く年上彼女"……というとんでもない誤解が生じていたのだが、それを俺が知るのは大分後になってからであった。