崇拝の果て、僕は其の信仰を食べた


熱に浮かされるとは、このような状況を指すのだろうか。浅ましい犬のように、ハッハッと呼吸が短くなるのが自分でもよくわかる。目の前のこれは、果たして現実なのか、自分の都合の良い夢ではないのか。

「人使、くん」

「よ、ヨル…?」

夢だとしたら、こんな欲望剥き出しの思考しか出来ない自分を殺したい。現実だとしたら。もし、万が一、これが本当に現実だとしたならば−−−俺は目の前の彼女に、なんて声を掛けたら良いのだろう。

今思えば、今日のヨルはどこか様子がおかしかった。それは、少し上の空だったり、ちょっとしたミスであったり、常人であったなら気にも留めないような些細な出来事だったが、普段から隙のない彼女だからこそ、感じるに至った違和感であった。

「人使くん、先にお風呂どうぞ」

「珍しいね、いつも先に入るのに」

「ちょっと、先に済ませたい仕事がありまして」

風呂だって、いつも彼女は俺の前に入るのに、今日は何故か逆だった。思えば、この時からすでに彼女は計画していたのだろう。今晩のことを。

「じゃ、遠慮なく」

俺は特段不思議に思うことなく、ヨルの勧めるままに先に風呂に入った。その後何事もなくヨルと入れ替わり、彼女はいつも長風呂だから、俺も特に意識することなく、ぼんやりとネットニュースを見たりして時間を潰していた。暫くして風呂場の引き戸が開く音がして、扉一枚を隔てて、いつものように化粧水を肌に叩き込む音や、ドライヤーで髪を乾かす音がするのをぼんやりと聴きながら、明日は二人とも休みだし、どっか行きたいな、なんて呑気に考えていた。その矢先だった。

扉が開く音がして、次の瞬間。

ぱち、と急に、部屋の電気が消えた。てっきりヨルがスイッチを間違えて切ったのかと思ったが、それにしては慌てた声も謝罪もなければ、電気が再度点灯する様子もない。

「ヨル…?」

暗がりに呼びかければ、彼女のいつも通りの澄んだ、それでいていつもよりか細い声が聞こえた。

「人使くん、ベッドサイドのランプ、つけて頂けますか」

彼女の唐突なリクエストの意図が掴めない。しかし特に断る理由もないので、俺は言われるがままにベッドサイドのランプの糸を引いた。暗闇に、橙色の明かりが灯る。

「なんかあったの…ッ」

ぼんやりとした明かりを頼りに、彼女がいるであろう方向に顔を向けた。瞬間、ドッと身体中の血液が沸騰したように熱せられ、自分の全身を駆け巡るのがわかった。視覚からの圧倒的なまでの暴力が、そこにはあった。

「人使、くん」

そして、話は冒頭に戻る。

「よ、ヨル…?」

心許ない小さな肩にかかる、まだわずかに湿り気の残る艶やかな桃色の髪。普段は頑なにその存在をひた隠しにされている、柔らかそうな絹肌の手足。小柄な体躯の割に、たわわに実りその存在を主張する双丘は、実用性を兼ねているとは言い難いシースルーの生地に気持ち程度に覆われているが、透けて見えるその膨らみが却ってその厭らしさを助長させていた。暗がりの中で発光しているかのように輝く透き通った白肌と、纏う黒のレースのコントラストが、痛いほどに眩しい。

彼女…ヨルは、一見して高級そうな繊細な作りの、でもって最大級に淫靡な下着姿で、そこに立っていた。

お互いに、しばし無言が続いた。痺れを切らしたのか、彼女がゆっくりと口を開く。

「…これ、似合いませんか」

天蓋を思わせるヴェールの裾を摘み、彼女は囁くように俺に話しかけてくる。藍玉のような煌めきを纏う双眸は、明らかに熱を孕んで潤んでいる。その熱い視線に、俺の心と身体はガンガンと警鐘を鳴らした。このままではいけない、と。

「いや、そんなことはない、けど、ちょっと、目のやり場に困るっていうか」

耐えきれなくなった俺は、情けなくも視線を下げた。自分の心臓が、いつもの二倍、いや三倍のスピードで脈打っているのがわかる。そして同時に、自分の寝巻きのジャージの一部分が、分かりやすく反応しかけているのにも気付いてしまった。ああ、誰か助けてくれ。

「駄目です」

ヨルは強い口調で、ぴしゃんと俺の不甲斐ない言葉を撥ね退けた。普段物腰柔らかな彼女にしては珍しいその様子に、反射的に顔を上げると、当然のように彼女の双眸は俺を真っ直ぐに射抜いていた。ヨルはそのまま視線を俺から逸らすことなく、しなやかな猫のように嫋やかな動作でこちらに近寄り、ついに俺の座るベッドへと手を掛けた。そこそこ奮発して買ったダブルサイズのベッドのスプリングが、ぎし、と軋んだ。

「私のこと、ちゃんと、見てください」

近付いたことで、俺と同じ香りを纏っているのが嫌でもわかる。面前には、ヨルの豊かな谷間と、薄い布越しに透けて見える二つの尖り。まずい、本当に、このままだと。

「ちょ、ヨル…本当に、待って…」

今すぐにでも彼女をめちゃくちゃにしてしまいたい感情と、その欲を忌み嫌う背反する感情が、俺の中でせめぎ合う。駄目なんだ、俺は、ヨルを、檻舘を。




…いつからだろう、檻舘をそういう目で見るようになってしまったのは。

「心操くん」

俺に笑いかけたときに、緩やかに弧を描く大きな瞳。艶々とした桜色の唇。自分を呼ぶ、鈴を転がすような甘い声。真っ白いうなじ。分厚い制服からもわかる、豊かな胸の膨らみ。小さな背丈。彼女を構成する全てに、どうしようもなく欲情してしまう自分がいた。

檻舘は、こんなヴィランみたいな力しかなかった俺を、応援したいと、頑張る貴方のファンなのだと、そう言ってくれた。その言葉で、言動で、俺を救ってくれた、手を差し伸べてくれた。そんな人を、想像上で勝手に穢して満足するような自分が、俺は心底嫌でたまらなかった。自慰をしても、クラスの男子から回ってきたAVを見ても、脳裏に浮かぶのは檻舘の淫らな姿で。妄想して、夢を見て、夢精するその悍ましさに、俺は自己嫌悪から何度も嘔吐した。それでも彼女に抱く劣情は消えるどころか日に日に増えていくものだから、俺は罪悪感と嫌悪感だけを募らせて、日々妄想上の彼女を穢していた。

…それから暫くして、お互いに好きだと、一緒に居たいと、そういう関係になった。それでも、俺は未だに、自分の醜い欲望で、ヨルを穢すことが堪らなく怖い。




「…人使くんは、私のこと、嫌いですか」

彼女の言葉にハッと我に帰る。いけない、自分の世界に入り過ぎていた。

「嫌いなわけ、ないだろ!」

彼女の言葉を必死に否定する。さすがにこれは彼女を傷つけてしまったと、慌てて彼女を見れば、予想に反し、彼女はいつもの微笑みを携えて、俺を真っ直ぐに見つめていた。

「人使くんが、私のことを大事に思ってくれてるのはわかります」

彼女の白魚のような手が、俺の頬に触れる。ひんやりとしたその感覚に、昂ぶっていた心が凪ぐのを感じた。

「でも、人使くん…私は、人使くんと同じ人間です。同じご飯を食べて、同じベッドで眠りについて、一緒に笑う…恋人です」

「ヨル…」

「私に触れて欲しいんです。私は、神でも仏でもないのです。血の通ってる、人間なのです」

そう言って、ヨルは俺の手を掴んで、そのまま自分の胸元に押し付けた。触れた瞬間、指先を伝い、彼女の身体の奥から感じる確かな鼓動。そして、俺の身体には存在しない、初めて触れるまろい膨らみ。力を少しでも入れて仕舞えば、簡単に壊れてしまいそうな、それでいて柔らかく、吸い付くような、その感触。

「早く私を、ただのヨルにして下さいな」

そう言って、いつものように余裕綽々の笑みを浮かべたヨルは、俺にちゅっ、と触れるだけのキスをする。

「(…ああ、本当に)」

俺は多分、一生この子には敵わないな、なんて頭の片隅で思って、俺はそのまま、彼女の柔らかな唇を舌で舐めた。彼女ももとよりそのつもりなのだろう、簡単に開いた唇の間を舌で抉じ開けて、生暖かい口腔内を蹂躙する。

「ん、あ…」

漏れる息が堪らなく愛おしい。歯列をなぞり、互いの舌を絡める。息が上がっているにも関わらず挑戦的に舌を絡め返してくるヨルに、背筋がびりびりと震え上がった。無我夢中で、彼女の小さな後頭部を右手で掻き抱く。もう離してなんかやらない。

「やあ、ン、ぁあ…ッ」

左手は彼女の胸を這う。初めは腫れ物に触るように触れていたが、それも最初だけだった。もっともっとと欲張る俺の身体は、いつしか遠慮を忘れていた。掌で豊かな乳房を揉みしだき、ツンとその存在を主張する頂きを人差し指と親指で甚振れば、彼女はひゃん、と面白いくらいにその身体を跳ねさせた。ああ、なんて可愛い生き物なのだろう。

「ごめん、檻舘、…俺、」

「ンァ…ッ苗字呼びに戻ってますわよ、心操くん」

喘ぎながらもその気高さを崩さない檻舘を、めちゃくちゃにしたいと思ってしまう。ああ、俺はなんて最低な男なのか。

「好きだ…好きなんだ、檻舘」

弄る手を止める事はせず、そのまま彼女をベッドに倒す。彼女の柔らかい脚を持ち上げ、俺は堪らずその指を舐めた。

「ちょ、アッ…ひゃァ!ひ、人使く…」

擽ったいのか、それとも別の感情が湧いているのか、涙目でこちらを見つめるヨルを無視して、俺は気の済むまで彼女の脚を舐め続けた。5本の指、甲、裏、たまに甘噛みをして、そっと口付ける。

「そんな、脚ばっかりッ…」

「ははっ、可愛い」

こうなってしまうと侵攻は止まらない。時間をかけて彼女の脛も膝も腿も舐め尽くして、いよいよ俺は、彼女の秘部へと顔を埋めた。

「ひぁッ…そこはッ…やァ…!」

彼女のささやかな抵抗か、白くて小さな掌が面前に差し出されたものだから、俺は堪らずその手を握り返して拘束した。面積の少ないレースのショーツは、まだ触ってもいないのにしとどに濡れていて、俺は思わず生唾を飲んだ。ああ、なんて淫靡なんだ。

「舐めていい?」

ヨルの答えを待たずして、俺はびしょ濡れのショーツ越しに彼女の陰部を舌で弄る。彼女の喘ぎ声が一段と高くなった。

「そういうのはッ、了承を得てから…あぁッ…ひぁッ!」

「でも、気持ちいいでしょ」

「イッ…いじわるッ…あッあぁん」

布越しがもどかしくなった俺は、早々に彼女の腰のリボンを解く。面前のご馳走に、彼女の了承を得ている余裕は最早なかった。

「すご…めちゃくちゃ溢れてる」

「言わなくてッイイですッ!」

テラテラと光る表面を指で撫でる。慎ましくも確かにその存在を主張しているクリトリスに口付けすれば、今までで一番良い反応が返ってきた。

「ここ、好きなんだ」

「ヒィ…ッそこはッ…本当…あぅ、アッだめ…ッ」

「だめなの?気持ちよくない?」

「ぃ、言わせな…ァア、ッ、」

「ヨルの口から聞きたい、ねえ」

「ひぃんッ、あぁ、!そこばっか、ぁッ」

彼女が喜んでいるのは一目瞭然だ。もっと彼女を気持ちよくさせたい、尽くしたい。俺はぴっちりと閉じた彼女の割れ目を両の指で開き、ひくつくそこに舌を入れた。その間も、人差し指はぷくりとした可愛い突起に触れている。優しく撫でるように、トントンとリズミカルに押してやる。

「アッ…あアァ…だめ、このままじゃ、ひんッ!やッ…あぁあ…」

「いいよ、ッ、イキな」

いつも清廉な彼女の、乱れて善がる姿にたまらなく興奮する。もっともっとと、その一心で俺は彼女の蜜壺を無遠慮に暴いていく。ズズッと音を立てて愛液を啜り、芯を持つ肉芽をくりくりと左右に転がせば、彼女は一際大きな声を上げて、ビクンッとその美しい身体をしならせた。

「イッちゃったね、可愛い」

上体を起こし、俺は彼女の頬に手を遣った。上気し熱を孕んだ顔と涙に濡れる瞳に、既に限界までそそり立った自身の肉棒が痛いくらいに疼く。

「本当に…今まで妄想してきたどんな檻舘よりもエロい…」

「…一応、私で、想像してくださってはいたのですね」

「当たり前だろ…思春期真っ只中から拗らせてんだこっちは」

「私、人使くんがあまりに淡白なので…私に色気がないのが悪いのかとずっと思って、ましたの」

だから、こんなはしたない…と消え入りそうな声で呟くヨルに、ああ、本当に自分はなんて情けない男なんだと自分を殴りたくなった。

「ごめん、不安にさせて」

「檻舘ヨルの偶像は…もう、溶けました?」

ふふ、と力なく笑う彼女に、俺はその小さな身体を強く抱き締める。

「こんな淫靡な女神がいたら、大変だ」

「あら、じゃあさしずめ私は悪魔かしら」

「いや、俺の可愛い恋人だよ」

視界に入る艶やかなヨルの髪を梳き、その指通りの良さを堪能する。彼女の嬉しそうな表情がたまらなく愛しくて、俺は今日何度目かわからない口付けを降らす。

「この格好、さっきは言えなかったけど、すごい可愛い…でもって、エロい、似合ってる」

「ふふ、それはどうも」

湿り気を帯びてヨルの白い肌に張り付く胸元のシースルーに手を添える。魅惑的なその引力に抗えるはずもなく、俺は彼女の深い谷間に顔を埋めた。ああ、甘い。俺の好きなヨルの匂いがする。このまま一つになりたい。彼女を食べてしまいたい。欲望のままに、俺は彼女の細い腰に手を這わす。





「…じゃあ、偶像崇拝が過ぎた信者の目が覚めたところで、今日はお開きですわね」



「……………………は?」

聞き間違いであってくれと願わんばかりの信じ難い言葉に、俺は勢いよく彼女の谷間から顔を出した。目の前には、相も変わらず美しく−−−それでいて有無を言わせない、綺麗な笑みを浮かべたヨルがいた。

「自分で着ておいて何ですけど、初めてがこの格好でというのは、卑猥な衣装に引き摺られた感じがするので嫌です」

「なっ…」

「最初はやっぱり、ありのままの私のときにして頂きたいですわ」

ね、人使くん?とそうニッコリ微笑まれてしまえば、俺は何も言えない。

「……前言撤回、悪魔だよお前…」

「あら酷い。コイビト、でしょう?」

ここでお預けくらうのか俺…と愕然としていると、彼女は悪戯が成功した子供のような顔でさらに言葉を続ける。

「これまで散々私のことをやきもきさせたんです、これくらいの罰があってもいいですよね」

「…はああ」

それを言われてしまうと何も言えない。俺は深い深いため息をついた。生殺し状態のギンギンに張った己の処遇をぼんやり考えて、ああ、今夜もトイレかな、なんて落胆していると、彼女が上体をゆっくり起こしながら、ぼそりと呟いた。

「まあ、私も鬼ではないので…その雄々しい人使くんが治るまでのお手伝いは、しますわ」

「えっ」

「嫌、ですか?」

ヨルの右手が、遠慮がちに、ジャージ越しに俺の股間に触れた。

「…ッ」

「上手くできる自信は、あまりありませんけど」

上目遣いで、こちらの様子を伺うヨル。先程までの余裕の笑みは何処へやら、羞恥と不安が入り混じる表情で俺を見るその姿に、全身の血液がわかりやすく再沸騰する。ドクドクと心臓が昂ぶる。


「…い、良いんですか……」

ああ、締まらない。なんで敬語なんだ、俺。自分の不甲斐なさにほとほと呆れるが、それでも目の前の彼女が、花が綻ぶようにぱああと喜ぶものだから、まあいいか、なんて。




【崇拝の果て、僕は其の信仰を食べた】