ホリゾン・ブルーに願いを込めて
4月2日、という日付を私は毎年恨んでいる。どうしてこの日に貴方は生まれてしまったのか。赤丸のついた自室のカレンダーを眺めてひとりもの憂げに溜息を吐く。いやまあ、4月2日が誕生日というのは、なんだかんだ世話焼きで面倒見の良いお兄さん気質の彼にぴったりといえばその通りなんだけれども。
「…今頃、寮ではパーティーかな」
照れ屋な彼のことだから全力で嫌がってそうだが、あれだけ皆に慕われているのだ、周りが放っておくはずがない。現に彼の友達の新開君たちが、寮近くのスーパーで大量にお菓子とジュースを買い込んでいるのを夕刻に目撃したばかりだ。
『よければ靖友宛にお祝いメッセージ的な!動画撮らせてくれないか?』
そうニカッと笑う新開君の提案を断ったのは他でもない私自身だった。だって動画とか、絶対変な顔になりそうだし、他の子と一緒とかならまだしも、自分一人だけで画面に映るとか想像しただけで恥ずかしい。それにあの時の私すごいラフな格好だったし、そもそも私なんてただの荒北君のいちクラスメイトにしかすぎないし…。誰に説明するわけでもないのに頭の中でぐるぐると言い訳が巡っていく。それでも、片隅に残る気持ちは誤魔化しようがない。
「お祝い、したかったなあ…」
無意識に口から出た本音。今更後悔したって遅いのはわかってるし、実際動画は恥ずかしいので先程の自分の選択は間違ってなかったと断言できる。それでも、やっぱりお祝いしたいものはしたいのだ。机の端で存在を主張するホリゾン・ブルーのラッピングが忌々しくも視界に入る。一ヶ月前から用意しておいて、結局渡せないであろう荒北君へのプレゼント。毎年のことだ。渡す勇気が出なくて、日和って、結局新学期が始まってからさも気づいたって感じを装って何でもないように自販機でベプシを買って即席でプレゼントする。それが私のお決まりパターン。
「…春休み中なんて、ただのクラスメイトにはハードルが高いよ」
4月2日の誕生日を祝えるのは、チームメイトにしろ何にしろ、彼にとっての"トクベツ"だけなのだ。私は、残念ながら彼のそれには当て嵌まらない。
はああ、と今日何度目かわからない溜息を吐いて、私はベッドで寝返りを打つ。ああもう今日は不貞寝だなあ。
…と、その時、ヴヴヴと携帯電話が鳴った。画面には知らない11桁の番号が表示されている。そのまま無視することも考えたが、相手が判明しないままなのも何となく嫌で、私はゆっくり通話ボタンを押した。
「…もしもし」
「…アー、突然ゴメン。オレ」
少し掠れた、やや濁声気味のその声は、間違いなく私がいつも教室で密かに耳を澄まして聴いている声そのものだ。
「アラキタ、だけど」
本人からの答え合わせよりも先に、私は慌ててベッドから飛び起きる。は!?なんで!?状況を飲み込めず混乱する私に、電話越しの荒北君が喉を鳴らして笑っているのがわかった。こっちの気も知らないで、一体どういう風の吹き回しだろうか。
「今イイ?」
「よ、良いですよ…?」
「なんで疑問形なの、まァイイけど」
カラカラと笑う荒北君の余裕を恨めしく思う一方で、初めての通話に胸を躍らせている単純な私がいる。ああもうほんと、感情の振り幅が激しすぎて心臓が痛い。今の状況が一体どういうことなのか、誰か私にわかりやすく説明してほしい。
「新開が、変なこと頼んだらしいじゃん。ワリィ」
「ああ…そんな、わざわざご丁寧にどうも」
変なこと、とは確認するまでもなく夕刻のスーパーでの一件だろう。大方、パーティーの最中にそんな話題になったのだろう。確かに新開君ならポロリと言いそうだが…にしたって随分とまあ律儀なことだ。パーティーが盛り上がっている最中に、わざわざ電話する程の用件でもないだろうに。
「荒北君は寮で誕生日パーティーなうですか?」
「あーまァね」
「楽しそう。愛されてますね」
「気色悪いこと言うんじゃねーヨ」
相変わらずな様子の荒北君と他愛もない話をしていくうちに、少しだけ心に余裕が出来る。こんなに荒北君と喋れるなんて今日私命日かな…なんてふわふわとした思考で考える。
「で、なんで祝ってくれなかったワケ?」
…と余裕をかましていたのも束の間。予想だにしなかった彼からの変化球に、私は一瞬言葉に詰まる。え、そこ追及するの?
「いや、動画とか恥ずかしいですし…」
"祝いたくなかったわけでは決してなくてですね、あの、その…"と馬鹿みたいにしどろもどろになる私。適当に返せばいいものの、どうして私はこんなに必死に弁解しているのか。身体中の毛穴という毛穴から冷や汗が出る。荒北君は依然として黙ったままで、次なる一手が全く読めない。いいから早く何か言ってくれ、でないと私の気が狂ってしまう。
「えっと、あの、オメデ…」
「動画じゃなきゃイイわけ?」
「え?」
混乱し尽くし、とりあえず祝いの言葉を述べて誤魔化そうとした私の声を遮って、スッと耳に入ってきた彼の言葉。私が反芻しその意味を理解する暇もなく、彼は更に言葉を畳み掛ける。
「オレ、今女子寮の近くまで来てんだけど」
爆弾投下、とは正しくこのような状況を指すのだろう。あまりの衝撃に一瞬にして冷えて固まる思考。呆然とする私に、荒北君は余裕綽々といった様子で駄目押しの言葉を付け加える。
「直接、ならどーよ」
ニヤリと口角を上げる荒北君のご尊顔が脳裏に浮かんだ。絶対この人、今の状況楽しんでる。
「ここまで言わなきゃわかんねーニブチンではねェよな」
…ああもう神様、これはもしかして、期待しても良いのでしょうか。
「い、き、ます!」
「オー、女子寮の入口掲示板の近くな」
ベプシ持ってこいよォ、なんて軽口を叩く荒北君に構っている余裕はない。慌ててクローゼットを漁りそれなりの服を見繕い、姿見を見て全身をチェックする。あまりにキマり過ぎてると恥ずかしいから、あくまでそれなりの、でも割と気に入っているワンピースを着る。ぐしゃぐしゃになっていた髪を梳かして、少しだけ化粧をして、財布と携帯を鞄に入れて、それから。
「…よし」
形崩れしないように机の上のそれを大事に抱える。ああ、ようやくこのプレゼントも日の目を見るのか。彼は果たして喜んでくれるだろうか、期待に胸が高鳴る。そうそう、忘れずに自販機でベプシも買っていかなきゃ。ここはひとつ、彼の想像を上回るくらい大量に買っていってやろう。ここまで荒北君にはしてやられてばかりだ、やられっぱなしでは終われない。私だって、どうにかして彼のペースを乱してやりたい。そんなことを考えて、思わず口元が緩む。でもだって、仕方ないじゃないか。
「ふふ」
4月2日、もしかしたら私も、彼の"トクベツ"になれるのかもしれない。なーんて、気が早いかな。
【ホリゾン・ブルーに願いを込めて】
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