04.ヤキモチです。

 柔らかな風が、優しく頬を撫でる。
 縁側に座っている二人の機嫌は対照的だった。


「やっぱりお店のおはぎは最高ですね!」
「……」
「聞いてます? 実弥さーん!」
「……うるせェ」
「何でそんなに不機嫌なんですか?! 楽しい時間が勿体ないじゃないですかぁ! もうっ!」


 まるで子供のように頬を膨らませているハルの顔を横目で盗み見るように視線を向けた。
 何故自分がこんなにも不機嫌なのか。
 それは実弥自身が理解できていないものだった。



* * *



 遡ること数時間前。
 脚の経過をしのぶに診察してもらうために、ハルが蝶屋敷にいた時だった。
 しのぶと話をしてた所に、「胡蝶はいるか?」という大声が聞こえ、数秒も経たないうちに間近にやってきたのは、炎柱である煉獄杏寿郎だった。
 ハルは何度か杏寿郎を見たことはあったが、言葉を交わした事はあまり無かった。
 視線を何処に向けているのかよく分からない人ではあったが、真っ直ぐな物言いが素敵だと思わせる人だった。


「煉獄さん、どうかしましたか?」
「うむ、塗り薬を補充したくてな! ん? 君は確か……不死川のところの?」
「はい! 継子の藍沢ハルです!」
「ハルさん、嘘はいけませんよ。継子ではないでしょう?」
「大丈夫です! すぐに継子になりますから!」
「アハハ! 君は元気だな。噂には聞いていたが、不死川が気に入るのも分かるな!」
「えっ! 実弥さんがわたしを……それってどういう、」


 確かめようとしたハルの声は、しのぶが薬を詰め終えたことによって杏寿郎に遮られた。


「助かった、では任務に行ってくる!」
「お気をつけて」
「いや、煉獄さん待ってください! さっきの話を詳しく!」
「ん? 何の話だったか? まぁいい、途中まで一緒に行こう」


 すでに出口に向かっていた杏寿郎の後を、ハルは追いかけた。背後から聞こえた「また明日診察に来てくださいね」というしのぶの声に、怒りが含まれてなかったのが幸いだった。


「実弥さんは煉獄さんにわたしの話をしたことあるんですか?」
「いいや、ない! だが、君の噂話を宇髄が不死川に持ちかけた時に、俺がそう思っただけだ」
「そうなんですね……嫌われてないんだぁ」
「嫌っていたら恐らく力づくでも君を遠ざけるはずだからな。継子にしない理由は分からないが、嫌ってなどはいないと思うぞ」
「なんで、継子にしてくれないんですかねぇ」
「うむ、俺には分からんな!」
「そうですよね……女だから、なのかな」
「俺は昔、今の恋柱である甘露寺を継子にしていた事があった。だから女という理由かどうかは分からないが、一度不死川に聞いてみるといい!」


 蜜璃が継子だった話は、ハルは初耳だった。
 彼女が炎の呼吸ではなく自分で作った恋の呼吸を体得して継子は解消されたとのことだったが、自分が女だから継子にはなれないのかと考えていたハルにとっては衝撃的だった。
 それなら何故、継子になれないのか。
 嫌われていないというその言葉を信じていいのかも分からない。そうだと言うのであれば、実弥本人からその言葉を聞きたいとさえ思う。
 眉間に皺を寄せて考えていたハルに、杏寿郎は足を止めてハルの真正面に立ち、両肩に手を置いた。
 その手は力強くてズシリと重く、温かい。


「俺の継子になるといい! 面倒をみてやろう!」
「え、あの……それは、呼吸が違うし」
「例え呼吸が同じでも違っても精度の極め方は人それぞれだ! 故に、君が俺の継子になっても問題はない!」


 大きな瞳に真っ直ぐ見つめられ、思わず赤面してしまう。いくら実弥に自ら想いを伝えているとは言え、ハルは初心な女の子。男性に触れられれば、それなりに反応してしまう。
 そうとは知らずに、返事のないハルの顔を覗くように姿勢を屈めた杏寿郎は、その距離を近づけてくる。
 心の中で叫びそうになったハルだったが、ちょうどその時、「オイ、何してんだァ」と杏寿郎の背後から銀髪が揺れて視界に入ってきた。
 そして、ハルの肩へと伸びている杏寿郎の腕を実弥が掴んだ。
 その表情は額に青筋が立っていて明らかに怒りが表れている。ただ、それに気づいているのかいないのかは分からないが、杏寿郎は変わらぬ顔で彼の名を呼ぶだけだった。


「よもや、奇遇だな! ちょうど今、彼女に継子にならないかと誘っていたところだ!」
「ハァ?! なに勝手なことしてんだァ! いいから手を離せェェ」


 杏寿郎の手を無理やり引き剥がした実弥は、チラリと視線をハルに向けた。だがすぐにそれは杏寿郎へと移り、背を向けてしまう。
 ただ何となく、杏寿郎の間に割って入るように立ったように思えた。気のせいだろうか。


「彼女を継子にするのに、何故不死川の許可がいるのだ? 継子でも何でもないのだろう」


 杏寿郎の言葉に、実弥が言葉を濁す。
 ハルからは彼の表示は見えなかったが、杏寿郎には実弥が考えあぐねいている表情が丸見えだった。
 それから、杏寿郎との距離を詰め、唸るような小さな低音で放った言葉は、残念ながらハルには届かなかった。


「……俺のだ、っつってんだろォ」
「よもや! ならば何故継子に、」
「黙れェェェ!」
「え? 何話してるんですか?!」


 実弥が何と言ったのか聞こえなかったハルは、聞き返そうとしたが、「行くぞォ」と実弥に手を引かれてしまったため、杏寿郎とはそこで別れることになってしまった。
 それから、いくら実弥に話し掛けても無愛想な返事しかされずに、ハルには訳が分からなかった。
 実弥からは怒っている雰囲気がする。
 だけど怒られる筋合いはなく、そして怒っているのに手を離さずに風柱邸まで連れてきた実弥の考えが読めなかったのだ。
 縁側に連れられ、おはぎを出されたのだから余計に混乱するも、隣に座って眺める実弥を見ていたら、それだけで多幸感に包まれた。


「なんでニヤついてんだよ。さっきまで怒ってたくせによォ」
「だって、実弥さんとこうして過ごせる時間は尊いんです。幸せだなって思って!」
「……そォかよ」
「実弥さんこそ、怒ってるじゃないですか」
「怒ってねェ。そのなんだ……いつの間に、煉獄との仲が近くなったんだァ?」
「へ? 今日初めて会話しましたけど」
「……」
「あ、そうだ! どうしたら実弥さんの継子になれるのかを聞いていたんです! そしたら誘われちゃって」


 すぐに断れよ、とボソッと呟いた実弥は、視線を反対側に向けそっぽを向いた。
 一瞬どういう事か分からなかったが、銀髪から少し見える耳が赤くみえたような気がして、ハルの顔が綻んでいく。
 やっぱり、幸せだと。
 相変わらず継子にはしてくれないが、それでも、あの瞬間に立ちはだかった実弥の背中に微かな期待を抱いてしまう。


「もしかして、ヤキモチですか?!」
「馬鹿、違ェよ。別にお前が誰と居ようが気になんてならねェ! 変な気起こすんじゃねェぞ」
「むう、そんな言い方ないじゃないですか! いいんですか? わたしが煉獄さんの継子になっても」


 少し、目を伏せて言ってみた。
 どうせ馬鹿だの勝手にしろだの、憎まれ口を叩かれるのだと思っていたハルだったが、ポンと頭に触れた手と届いた声に頬が熱くなる。


「良くねェよ。お前は俺の目の届く場所にいろォ……分かったな、ハル」


 じゃあ継子にしてください、と言おうとしたハルだったが、思いもよらない実弥の態度と言葉に喉が震えて上手く言葉にできなかった。
 小さく、はい、と答えた声が実弥に届いたか分からない。
 ただ、実弥の手は暫くハルの頭の上を優しく撫でていたのだった。


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