05.熱がでました。

 身体を刺すような冷たい風。
 本格的な冬の到来を知らせるようなその風から身を守るように背中を丸めて足早に向かう先は、主のいない屋敷だった。


「入れ違いかなぁ……寒っ…」


 手を擦り合わせて息を吹きかける。
 冷えきった室内は静まり返っていて、長期で不在にしているのだろうと、ハルは室内を見渡して落胆した。
 ハル自身も、任務で暫くこの屋敷に来れていなかった。
 それは鴉で実弥には伝えていた事だったが、当然彼から返事が来ることなんてない。
 だから、実弥が今どんな任務についているのか、無事なのかさえもハルは知らない。故にこうして、任務が終わるとまずは実弥の屋敷に足を運んでいるのだ。
 室内に入っても寒気が取れず、囲炉裏に火を点けるもすぐに部屋は温まらずに身体を丸めた。
 目を開いても閉じても浮かぶのは、常に実弥の顔だった。
 出会ってからその想いは強くなっている。
 継子にはしないと、何度も言われた。それでも彼の側にいたい気持ちは変わらず、どんな形でもいいと思っていたが、人間の欲というは深いものだ。
 勝手に思い描く理想の姿が、心を奪って離さないのだから。


「実弥さん……会いたいな…」


 実弥が自分をどんな風に思っているのかなんて、想像すらつかない。
 弟子なのか妹のような感じなのか。
 ハルは会う度に想いを伝えてはいたが、実弥の気持ちを聞く勇気は持ち合わせていなかった。
 聞いてしまったら、側にいる理由がなくなってしまうような気がしたから。
 実弥の名を乗せた白い息が、儚く消えていく。
 庭にいた鴉の鳴き声が、いつもより遠く感じた。



* * *



 その報せを受けたのは、長期の任務を終えて藤の家で休んでいる時だった。
 今回の任務は長くなりそうだ、と報せを受けていたから早く帰っても誰もいないだろうというのが実弥の頭にあったからだ。
 その文がなければ、恐らく実弥は早く屋敷に着くように帰っていたに違いない。彼女がいるかもしれないからと、休みを減らして帰路についていたのは無意識だった。


「ハルガイル! 震エテイル!」


 鴉の報せに一瞬どういう事か分からなかったが、それが良い報せではないことは明白だった。
 急いで藤の家を出て、全速力で走った。仮眠を取っていたおかげで体力も戻っていた。
 負傷したのに治療しなかったか、それとも何か襲撃を受けたのか。
 理由は分からないにしても、名前を呼ばれているような気がしてならなかった実弥は、肺に入る冷たい空気を飲み込み、その足を止めなかった。


 屋敷に着いた時には、闇夜にはらはらと白い雪が舞い始めていた。
 夜明けまでまだ時間がある。
 白い息を整えることも無く部屋に入ると、実弥は一瞬息を飲んだ。


「ハルっ!」


 囲炉裏の側で倒れているハルの姿に、瞬足で駆け寄らずには居られなかった。
 抱き起こすと、頬を紅潮させて身体を震わせているハルがうわ言で自分の名前を呼んでいた。
 肌に触れずとも分かる程の高熱だ。
 浮かんだのは蝶屋敷だったが、こんな時間、しかも外は雪が降り始めていて、症状を悪化させてしまうだろうと布団を敷いて彼女を運んだ。
 外の冷えた井戸水で手拭いを濡らし汗をかいている額に置く。浅い呼吸を繰り返しながらも自分の名を零すハルに、実弥は胸が苦しくなった。


「……実弥さ…」
「ハル! 気がついたか。水飲むかァ?」
「実弥さん……寒い、寒いよ…」


 潤んだ瞳は半分程しか開いてない。
 縋るように羽織を掴んだハルの手は震えていて、高熱で身体は熱いのに寒がっている。
 何とかしたいと思った。苦しそうにしている彼女を助けたいと思った。
 笑顔ではないハルを見てるだけで、胸が苦しかった。


「大丈夫だァ、俺が温めてやるから。安心しろォ」


 気づいたら、ハルの頭を撫でそう答えていた。
 その言葉に安心したように力なく笑うその顔を見て、胸の奥がじわりと温まるような感覚だった。
 その感情の正体は薄々気づいてはいたが、弱々しい彼女を前にしてよりその灯火が強くなる。


 汗ばんだ彼女の隊服を脱がせると、自分の隊服をすべて脱ぎ捨てた。
 震える彼女を抱き締め、実弥自身も布団に入り、その身体を自分の中に収めた。
 触れる柔らかな肌に込み上げるものがあったが、苦しんでいる彼女を前にその欲を飲み込み、自分の体温で彼女を温めていく。


「実弥さん……あったかい」


 うわ言であろうハルの言葉に安堵する。
 更にその身体を抱きしめると、何度もその名を呼んで眠りについた。
 その温もりは、久しぶりに実弥を安眠へと導くものだった。心から安らぐ睡眠なんて、家族を失ったあの日からしたことがなかった。
 目が覚めて、ハルが腕の中にいることがこれ程までに多幸感に包まれるものなのかと、実弥は変わりゆく心の感情に戸惑いを隠せなかった。
 自分の方へと抱き寄せ、その額に唇を落とす。
 無意識にとった自らの行動に、全身が熱くなっていったのだった。


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