06.助平なのかもしれません。
翌日、目が覚めたハルを念の為に蝶屋敷へと連れていった。
ハルはその夜の事を何も覚えておらず、服を着せて寝かせておいてよかったと安堵した。
熱を下げるための応急処置をした迄だ。
実弥はまだ覚えているハルの肌の感触を思い出す度にそう言い聞かせていた。
まだ熱があるからと、念の為に入院となったハルは、診察室で項垂れていた。
「すみません、実弥さんの手を煩わせてしまって」
「別に、お前に手を焼いてんのは今に始まった事じゃねェけどなァ」
「……はい」
「オイ、そんな面してんな。お前ひとりくらい、煩わしくてもどうって事ねェよ。だから……早く治せェ」
「実弥さん、あの……」
「なんだァ?」
「いえ! なんでもないです……」
心無しか元気がないハルは、恐らくまだ熱で頬がほんのり赤く染まっており、薄ら涙目で実弥を見つめていた。
その扇情的な表情に胸が早鐘を打つも、それを跳ね除けるように彼女の頭を少し強めに撫でる。
診察室に戻ってきたしのぶが、ハルを病室に連れていくようにアオイに伝え、診察室にはしのぶと実弥だけが残っていた。
「悪かったなァ、ただの熱なのに」
「構いませんよ。彼女は鬼殺隊でもありますし、何より不死川さんの大事な人じゃないですか」
「あァ?!」
「継子には、しないのですね」
「あぁ、しねェ……」
「それなら早くお伝えになったらいかがですか? 継子ではなく、」
「言うなそれ以上……分かってんだ、俺の勝手でアイツを振り回してる事くらい」
「そうですか、分かっていらっしゃるのならいいですけど。ただ一つ忠告です、不死川さん。女はいつまでも待てる生き物ではありませんよ? それに、大事な人が必ず明日も生きている保証もありません。お忘れにならないように」
菫色の瞳に諭され、短く返事をして診察室を出た。何もかも見透かすようなしのぶが実弥は苦手だった。ぐうの音も出ないからだ。
ハルも、このままだと離れてしまうのだろうか。
自分の心に芽生えている感情を、もうこれ以上誤魔化すことはできないのだとこの一件で悟った実弥だっが、まだ肝心の言葉を伝える覚悟が出来ていなかった。
それこそ自分勝手だ、と小さく吐き出した言葉は、木枯らしに乗って誰の耳に届くことも無く空へと消えていった。
* * *
安静に、とハルに伝えたしのぶだったが、アオイからの報告で彼女がずっとベッドで唸り声をあげていると聞かされ、様子を見に行くことにした。
まだ熱はあるものの、そんな重症ではないはず。
ハルの部屋に入ると、顔を見るなり彼女は上半身を勢いよく起こした。
「ハルさん、どこか痛みがあるのですか? ずっと唸っているとアオイが報告しに来たのですが」
「しのぶさん……わたし、」
伝えようとした言葉は声にならず、パクパクと金魚のように口が動くだけだった。
ハルの顔は先ほどよりも赤くなっている。
もう一度問うと、耳打ちするようにしのぶの耳に顔を近づけ、ハルは蚊の鳴くような小さな声を発した。
「わたし、いかがわしい夢を見てしまったんです。実弥さんと裸で……その、色事をしそうな雰囲気で……しのぶさん、どうしましょう。わたし、助平なんですきっと。こんな卑猥な事を考えてしまうなんて」
最後は今にも泣きそうな声だった。
ただ、それを聞かされたしのぶは笑いを堪えるのに必死で、それがバレないよういつもと同じ声色で「そうですか」と答えただけだった。
しのぶには、それが夢なのかどうかはさて置き、何故ハルがその様な妄想をしてしまったのか想像が出来た。
あれ程の高熱を、どうやって下げたのか。考えれば分かる。
「大丈夫ですよ、ハルさん。心配無用かと思いますが……男は多少なりとも、助平な人が好きだと聞いたことがありますし」
「そう、なんですか?」
「私は男でないので分かりませんが、一度不死川さんに聞いてみてはいかがですか」
揶揄わないでください、と真っ赤になるハルを見て可愛らしいと温かな気持ちになる。
実弥にはああ言ったが、彼女であれば、もしかしたらずっと何があっても想い続けるのだろうと思えた。
そして、そんな人がいることが少し羨ましい。
「きっと、不死川さんにとってハルさんは特別です。だから大丈夫」
大切な人が側にいるうちに、想いを伝えてほしい。
自分では叶えることができない想いを託すようにハルの背中を軽く叩くと、いつもの明るい彼女の声が聞こえてきた。