08.役に立ちたいです。

 家事をしながら鬼の気配を探る。鬼の気配がしたらすぐに鎹鴉で伝える。無理して動こうとはするな。自分の命を優先しろ。
 今回の任務にあたり、実弥がハルに伝えたことだった。偽りとはいえ夫婦に見えるように過ごすのだからと、若干の期待をしていたハルだったが、食事は一緒に摂るものの、寝室は別な上に、実弥は夜になると外に出てしまうのだ。完全にすれ違い生活である。
 そんな実弥との偽装夫婦生活を始めて五日程経った。


「実弥さん、遅いなぁ」


 洗濯物を取り込んで縁側で畳む。
 元より風柱のことを名前で呼んでいたので、夫婦を装うことなどハルには簡単なことだった。恐らく端から見たら帰りの遅い夫を待つ妻として本当の夫婦に見えていただろう。
 ただ、あまり実弥との時間を過ごせていない。任務とはいえ折角の夫婦役。ハルとしてはもっと楽しい時間を想像していたのだ。
 この家を出て実弥がどこで何をしているのかもハルは聞かされていない。ハルも鬼の気配を探ってはいるものの、そんなものは見当たらなかった。


「帰ったぞォ」
「おかえりなさいっ!」


 玄関から聞こえた声に、ハルは嬉々として声をあげると玄関へと急いだ。手に持っていた包みを差し出され自然と受け取る。
 なんだろう、と顔に近づけて匂いを嗅ぐと、甘く香ばしい香りが鼻を掠めた。


「団子だァ。町を歩いてる時に言ってたろ…美味そうだって。夕飯の後に食おうぜェ」
「そうですけど……わざわざ買ってきてくれたんですか? というか、え、夜出掛けないのっ?」


 思わず実弥の着物の袖を掴んで見上げる。嬉しいという感情が溢れている顔だったのだろう。実弥が鼻で小さく息を吐いた。


「顔を引き締めろォ。だらしねェ顔してんな」


 実弥がそう言いながら、ハルの頭を小突く。でもその声に怒りはなく、顔を上げたハルの目に映ったのは優しく笑う実弥だった。


「たまには夫婦らしくしてみねぇとなァ」



* * *



「縁側でお団子食べてるだけじゃないですか」
「いいじゃねェか」
「夫婦らしいって言うのはもっと……やっぱりいいです」


 夕飯を食べ湯浴みをし、縁側で涼みながら実弥が買ってきた団子を食べている。いつもなら外に出てしまう実弥も、今日は寝間着を着て寛いでいる。
 確かに鬼殺隊の日常とは違い、これもまた夫婦の日常なのかもしれない。それでもハルが実弥の言葉に少し期待をしてしまったのは、以前の夢の所為なのだろう。
 実弥に愛されているかのような夢を見てしまった所為で、今までなら継子になることでそばにいようと考えていたハルの心に、淡い期待が芽生えていた。


「言いかけてやめんじゃねェ」
「……」
「おい、ハル…拗ねてんのかァ?」


 ハルの下がっていた視線が無理やり上がる。実弥の指が両頬を挟むように掴み、顔ごと動かされたからだ。唇が変な形になる。ハルの顔を見て笑う実弥に文句を言うも、柔らかな笑顔が自分に向けられているだけで胸が温かくなった。


「おもしれぇ顔だなァ」
「もう! 離してくださいよぉ…可愛い顔が台無しじゃないですか!」
「ハッ、言うじゃねェか」
「…ねぇ実弥さん」
「なんだァ?」
「……わたし、実弥さんの役に立ててますか? こうして偽りでも夫婦になれて嬉しくて舞い上がってます。こんな事は夢にも思わなかったことだから。でも…何だか自分が欲深くなってしまいそうで怖いです。もっと実弥さんのそばにいたいって思いが強くなりそうです」
「ハル……」
「でも困らせてそばに置いて貰えないのはもっと嫌です! だから役に立ちたいんです。この任務が無事に成功したら、わたしを継子にしてください」


 胸の奥に感じる痛みを見て見ぬふりして笑顔を向けたハル。その瞳に映った実弥の顔が赤かったような気がしたけど、すぐに見えなくなった。
 実弥の片腕が伸び、ハルの頭を抱えるようにして胸に抱きとめられたからだ。一瞬何が起こったのか分からなかったハルだったが、耳を叩く心音と温もりに、実弥に抱きしめられているのだと気づいた。


「実弥さ、」


 一体これはどういうことなのか。何故抱きしめるのか。
 それを聞きたくて実弥の名前を口にしたハルだったが、背筋を泡立たせるような気配に口を噤んだ。実弥も同じだったようで、ハルを抱きしめていた手に無意識に力が籠る。


「実弥さん、見えますか」
「いや…姿はねェが気配がする。さっさとつら見せやがれェ」
「手分けしましょう。最初から今夜姿を見せるつもりだったのかもしれません」
「大丈夫か?」


 実弥の声に心配の色が伺えた。気にかけてもらえる嬉しさはあるものの、ハルは身体を起こし実弥の瞳を真っ直ぐ見つめ返した。


「風柱の鍛錬を受けていたんですよ? 大丈夫です。必ず鬼を倒しましょう」
「…あぁそうだなァ。いいか、俺は一旦森の方を探る。お前はこのまま家の周辺に気を張れ。何かあれば直ぐに鴉を飛ばせ。絶対に死ぬんじゃねェぞ」


 その言葉を最後に、実弥とハルは目にも止まらぬ速さで日輪刀を手に取り、散るようにその場を離れた。
 爽やかな夜風が吹き抜けていたはずなのに、空気がよどんで息がしずらい。実弥との時間を邪魔されたハルは、その怒りを日輪刀に込めて握りしめ屋根に上り神経を集中させた。四方八方から感じる鬼の気配に、一粒の汗が額から頬へと伝って落ちた。

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