高鳴る鼓動
空席だった目の前の席に彼は座った。当たり前に絡み合う視線に先程のことを思い出し勝手に頬が熱くなり胸が高鳴る。
別に何かを期待してるわけじゃない。それでも落ち着かないこの気持ちをどうしたらいいのかさえ分からない私は、恋愛偏差値が低いのだろう。もう恋に恋する乙女という年齢ではないのに。
彼のためにもう一度女性陣が名乗り、最後に私も自分の名前を口にして軽く頭を下げた。きっと彼はしっかりと目を見て話す人なのだろう。ずっと逸れない視線に声が上擦った。
「…藍沢ハル? まさか、パラディ不動産の?」
「え?」
「まさかあの藍沢ハルさんだったとは……実は俺も同じオフィスビルに入るキメツカンパニーに勤めているんだ。貴女の噂は他社にも耳が入るくらい素晴らしい営業力だと聞いている」
開いた口が塞がらないとはこの事だ。
私という存在を知っていることもそうだけど、合コンという男女が集まる場で、そんな事を言われてしまえば確実に男との距離が広がってしまう。
ほら、引いてるじゃん!!
彼の口から伝えられたことは事実と言えば事実だけど、キャリアウーマンというのは捨ててこの場に来たというのに。
社交辞令にも似た感嘆の声が上がるも、すぐに別の話題への変わってくれて場は和む。仕事の話題は嫌だったから胸を撫で下ろすも、その空気に気づいていないのか、彼は私の話を掘り下げてくる。
恋愛話ならともかく、仕事の話をしに来たわけじゃない。こんな時にまで仕事モードになりたくない。彼も営業職なのだろうか。ただ我武者羅に仕事をしてきた結果を、自分が想像する以上に持ち上げられて居たたまれなくなった私は、用事があるから帰ると店を出た。
少しだけ名残惜しい気もした。今日この場に出逢いがあるとは思っていなかったけど、久しぶりに胸が高鳴った余韻がまだ残っている。でも彼は後輩の知人の同級生。つまり年下だ。私には楽しく恋愛している余裕などないのだから。
そう思いながら駅へと続く道を歩いていると、背後から「ハルさん」と弾むような声が聞こえ足を止めた。振り返ると、先程の彼が私の元へと駆けてくるのが見えた。
「ハルさん、良かった間に合った」
苗字ではなく名前で呼ばれてドキリと心臓が跳ねる。学生じゃないんだから、と自分自身を落ち着かせようと平静を装って返事をする。
何か忘れ物でもしたのだろうか。まさかやっぱりお金払えとか。次の言葉を待つように彼を見ていると、その瞳が私を捕らえた。
「送ります」
「え?!」
「もう少し、貴女と話がしたい」
「え、でも…合コン来たばっかじゃ、」
「元から人数合わせで呼ばれたからそれは問題ない。それより貴女の連絡先を聞きたいし、もっと貴女を知りたい」
「煉獄、さん…」
紡がれるストレートな言葉が私の心を熱くさせていく。これは恋愛体質の私でなくても期待をしてしまうんじゃないか。初対面でそんな事を言われた経験のない私にはどう対処したらいいか分からず、駅へと歩き出した彼の後を追った。
この胸の高鳴りが何なのか。色んな理由を
こんな気持ちはいつぶりだろうか。その夜、新しく追加された彼の連絡先を見つめながら、私はなかなか寝付けなかった。