これは恋ですか

「どうしましょう…」
「いや、悩んでる理由が分っかんない!」

 私の呟きを一刀両断するのは、ゆき乃さん。会社の先輩だったけど、今は寿退社をして専業主婦をしている。仕事もプライベートも、何かあるといつも私は彼女に相談していて、的確なアドバイスをもらったりしていた。

「誘われたんでしょ、デート! 行けばいいじゃん」
「褒められ慣れてないし、連絡もらって期待しちゃう気持ちにブレーキかけられないっていうか…」
「ブレーキかける必要ある? 気になってんならそのまま突っ走りなよ! ハルは仕事の営業は上手いのに、恋愛はホント下手だよね」

 苦笑いを零す私に、少なくなりかけたアッサムティーを喉に流し込むゆき乃さん。時計を見ると、そろそろライチタイムも終わりに近づいていて、店の外に出るや否やゆき乃さんが駆け出した。

「リヴァイ!!」
「やっぱりこの店だったか。美味かったか?」
「うんっ!」

 スーツ姿でそこに立っていたのは、ゆき乃さんの旦那様でもあるリヴァイ部長。この二人は社内恋愛の末に結婚することになり、受付をしていたゆき乃さんは寿退社することになったのだ。
 直接の上司ではないけど、私の上司であるエルヴィン部長とよく一緒にいるからよく見知っていて、ゆき乃さんの前だと仕事の時とは表情が変わるリヴァイ部長のことも知っている。
 ゆき乃さんの髪を優しい表情で撫でるリヴァイ部長に会釈をする。この二人を見ていると、恋愛と結婚がすごく近くに感じられる。それと同時に自分からは程遠いその単語に焦りも生まれてくる。
 彼からの連絡に胸を踊らせるも、それが恋なのかどうかはよく分からなかった。久しぶりに異性から連絡先を聞かれて浮かれているのは確かだ。この年齢になって突っ走って失敗したくないって思いもある。恋愛したいと思っていたのに、自らそれにブレーキを掛けようとしている自分がよく分からない。

 ゆき乃さんとリヴァイ部長と別れて会社に戻ると途中、スマホが振動して通知画面に彼の名前が現れた。その瞬間騒がしくなる心臓に、さっきゆき乃さんが言っていた言葉を思い出した。

――恋するとね、ブレーキ掛けようって思っても出来ないの。それが恋するって事だよ。





「ハルさん、急な誘いだったが仕事は問題なかっただろうか」
「はい」
「会えて嬉しい」

 熱くなった顔を隠すように、手元のミネラルウォーターを喉に流し込んだ。
 彼からディナーの誘いを貰い、本当なら仕事は残っていたけどゆき乃さん達に会ったからだろうか、私は二つ返事をして仕事を急いで片付けた。
 きっとまた会いたいと思っていたのは間違いない。ただその気持ちをまだ認めきれない。展開が早すぎて気持ちが追いついていないのだ。
 二人で食事をするのも、会えて嬉しいなんて言葉をもらうのも、最後の経験は記憶の彼方だ。

「お洒落なお店ですね」
「恥ずかしながら、店の情報は同僚に聞いたんだ。俺はそういうのには少々疎い。ハルさんのような素敵な女性を誘うのに、居酒屋という訳にもいかないからな」
「……煉獄さんと一緒なら、私は居酒屋でも嬉しいけどな」

 私のことを褒めてくれる彼に高まった期待値。それによって脳が麻痺したのだろう。気づいたら思ったことそのままが言葉となって私の口から、まるで独り言のように溢れた。
 言った瞬間、顔が熱くなりハッと我に返ったけど、彼の顔を見て私は自然と笑みが零れた。彼の毛先と同じくらい顔が赤く、目を見開いていたからだ。

「…真っ赤ですね」
「…ハルさんも」

 耳元で心音が聞こえる。
 この気持ちに、素直になってもいいでしょうか。

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