09.切ない香り

「ごめんねアルミン、遅くまで」
「それはいいんだ、ただ…」
「ただ?」
「……藍沢はさ、七海店長と付き合ってるの?」

路肩に車が停り、車から降りようとした時だった。今までそんなに会話はしたことがないのに、突然のアルミンの質問に言葉が続かない。
ハザードランプが闇を照らし、その無機質な音と胸の鼓動が共鳴する。ハンドルに手を置いたままアルミンの視線に何かを悟られてしまいそうだった。アルミンは勘がいいから。
ここは切り抜けなければと、私は平静を装って笑顔を返した。

「まさか!何言ってるの急に…びっくりしちゃった」
「いつも七海店長が戻るの待ってるみたいだから。こうして帰りが遅くなるのもそうなのかなって」
「…違うよ、アルミン。それにスタッフ同士の恋愛は禁止だよ?ただでさえ借金があるのにこれ以上抱えきれないよ」
「じゃあ質問を変える。藍沢は店長が好き?」

いつもは他愛もない話しかしないくせに。今日のアルミンは意地悪な気がする。
どうしてそんな事を聞くのだろう。売上争いが始まったから誰かからの指示なんだろうか。いや、アルミンに限ってそんな事はないはず。

「……嫌い、ではない。素敵な上司よ」

誤魔化せたかどうかは分からない。だけど、アルミンは「そっか」とだけ言うと、私の方に手を伸ばしてスッと指で頬から首筋を撫でた。
一瞬で顔が熱くなる。こういう事をされ慣れていないせいか、例えそこに想いがなくても反応してしまう。

「な、なに?!」
「ううん、おやすみ藍沢」

私は逃げるようにエントランスを駆け抜けた。いつもと違うアルミンが少しだけ怖かった。

玄関を開けると自動で足元の灯りが点く。
この高級タワーマンションはゆき乃さんのもので、彼女の好意で宿無し無一文だった私を住まわせてくれている。
以前、どうしてそこまでしてくれるのかと聞いたけど、「だってハルが全部やってくれたら助かるもの!」と取って付けたような理由が返ってきた。
それが本当なのかは分からない。
でも、私の居場所を与えてくれたゆき乃さんには、感謝してもしきれないほどのものを貰っている。だからゆき乃さんが望むならどんなことでもしてあげたいって思う。

「…こんな所で寝たら風邪引くのに」

先に五条オーナーに送られたゆき乃さんは、寝室ではなく大きなソファで寝ていた。今日はたくさんのタワーが入り、それなりにお酒も飲んでいたからだろう。
掛け布団を持ってきて、彼女の身体にそっと掛ける。薄ピンクの唇が動き、何か…誰かの名前を呟いたような気がしたけど、その後はまた寝息が聞こえてきた。

自分の部屋に戻り、ジャケットを脱いでネクタイを緩める。男として人前に立つのは、相当疲れる。表情も声色も変えなければいけないから。

「…ふぅ……」

キツく巻いていたサラシを解いていくと、滞っていた血液が流れていく感覚がした。
髪を纏めていたゴムを取る。
ふわりと鼻を掠めた七海店長の香りに、胸がきゅっと締め付けられた。

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