11.直球の媚薬
「優勝おめでとうございます!」
先日テレビ中継で全国放送されていたボクシングの世界大会。そこで晴れて世界一の称号を手にしたのは彼、ヤミ・スケヒロ。プロボクサーのヤミは、まだ私がナンバー1になる前からずっとご贔屓にしてくれているお客様だった。183cmという長身を更に大きく見せているのは全身を纏うその筋肉だと思う。黒髪と無精髭、いつも咥え煙草で柄の悪いヤミは、私からルイ・ヴィトンのキーケースを受け取ると「貰っちゃっていーのー?」なんて目を細めて笑った。
いつもお店で大金はたいてくれるんだもの、これぐらいはどうって事ない。安いもんだ。
「どーせならレイラの家の鍵も入れといてくれりゃ毎晩行くのに」
「あら、私だってヤミさんの自宅の鍵貰ってないのに?」
小首を傾げてヤミの筋肉質な腕にソフトタッチすると、眉毛をピクリと下げた。
「俺ん家来たいの?なんもねぇよ〜。それでもよけりゃいつでも来いよ。来る者拒まずだし俺」
トンと、右手で灰皿に灰を落としてまた咥えると、白い煙を口から吐き出した。リヴァイと同じ銘柄の煙草に、ボクサーのくせに大丈夫なのだろうか?なんて無駄な心配が頭を過ぎる。
「嫌よそんな適当な誘い方。ヤミさんの事好きだけど、その他大勢と一緒にされるのはなんか悔しい…」
「アッハッハッ!かーわいいこと言ってくれちゃって。オジサンお金いっぱい使っちゃうよお、そんなこと言うと!」
「オジサンって、まだ28でしょ?オジサンじゃないよぉ」
「有難いね〜そう言ってくれんの。お前ほんっとかわいーね」
クシャッと髪に触れるとサラリとその髪を毛先まで撫で下ろした。この人は髪を下ろしている方が好きな事ももちろん知っている。太い腕に寄りかかる私を横目で見て強い酒を飲むヤミを、私は相当気に入っていた。
「ヤミさんあのね、実はうちの系列の3号店を銀座に構えることになって。売上上位20名が異動できるんだけど、私もそっちに行くつもりだから、協力してくれる?」
普通色恋で引く場合はこんな直球は飛ばさない。けれどこの人はそーゆう嘘に塗れた言葉が大嫌いで。だから私も敢えての直球を飛ばした。
咥え煙草の先が赤く光って灰皿に落ちてゆく。それを指にとってヤミは私を見てニカッと笑った。
「いいねぇお前のそゆとこ!回りくどい事言われたら帰るとこだったけど、そんだけハッキリ言われちゃ協力しない訳にいかないでしょ!レイラのそーゆーとこ、好きだぜ」
タイトなワンピの腰にヤミの腕が回された。どさくさに紛れてお尻を触られる事など朝飯前だっていうのに、この人に触れられると嫌な気持ちに1ミリもならないのって、少なからずときめいちゃってるのかなぁなんて分析する。
スタッフ同士の恋愛はご法度である上に、キャストと客との恋愛も暗黙の了解だ。私たちキャストは毎夜こうして違うオトコに愛を囁くけれど、本当の私を見てくれるオトコなんて、いるのだろうか?
時々無性に虚しくなってしまうのは、どうしてなんだろうか。
「私も、ヤミさんのそーゆーとこ、好きよ」
カウンターに肘を置いて頬杖をつく私は目を細めてヤミの次の行動を待った。
この人はキスの合図も音もちゃんと拾ってくれる。
「全く俺をどうしたいのよ、」
少しだけ困ったように眉毛を下げたヤミは、煙草を灰皿に置くと私を覗き込むように顔を伏せた。
煙草味のキスは、もうとっくに慣れた。