13.嫌な予感

リンの客、東の機嫌を直した私はそのままヤミのテーブルへと急いだ。

「ヤミさん遅くなりました。申し訳ありません」

胸元を右手で押さえてお辞儀をした。恥じらいを持っている女も好きなのは調査済み。
大股開いて煙草を咥えていたヤミは、私を見て首をコキッと鳴らした。

「待〜ちくたびれちゃったよお、レイラおせーから」

そんな悪態をつきつつも、怒ったりしないのはヤミの優しさだって思う。お水って仕事をよく理解してくれているオトコは、キャストにとっても助かる存在だった。

「あ、そいえばレイラ、この子知ってる?」

テーブルにベタ置きされていたヤミのスマホ。片手で操作してスっと画面を私に見せた。

「えっと、存じませんが…同業ですか?」

そこに写っているのは確かに同業の様にしか見えない。

「あ、これマリアですか?もしかして、」
「そー。さっきフィンラルから来たんだけど、この新人ちゃん、かなりの勢いで金落とさせてるみたいでねえ。もしかしたらヒストリア抜くかもって。まあでもアイツの見解だし分かんねぇけど」

見た事のない女だった。そしてマリアのナンバー1のヒストリアを抜くなんて、まず有り得ない。思わず黙りこくった私にクスッて眉毛を下げてヤミが笑った。伸びてきた大きな指先が私の鼻のてっぺんをほんのり押す。

「シワ寄っちゃってるよ、ここ」
「ひどーい。シワなんてまだありません!」
「そんな難しい顔すんなって。俺が見たわけじゃないから何とも言えねぇけど…なんか引っ掛かるんだよねえ」

ヤミの勘はよく当たる。そしてその勘はたいてい嫌な予感の方だ。私は一つ息を吐いてヤミの筋肉質な太腿に手を乗せる。当たり前に視線がこちらに飛んできて。

「もしもなにかあったら、守ってくださいね?」

私の言葉にヤミは機嫌よく煙草を咥えると、「仕方ねぇなあ」ふわりと頭を撫でた。
プロボクサーだから基本は手を出せない。けれどこの人はそこに居るだけでなんとも言えぬオーラを放っている。その存在だけで人を圧倒させるオーラを纏った人だった。
安心して私も微笑み返した所で「レイラさん失礼します。よろしいでしょうか」…膝まづいて私を呼んだのは七海店長。珍しいなと思いながらも七海の腕に捕まって立ち上がると「レイラさんの耳には入れておきますね、藍沢が少し体調不良で休んでいます。ですので今後の付け回しは私とナナバで行います」…そういえばハルの姿がない。

「体調不良って大丈夫なの?」
「軽い貧血かと思われます」
「あーあの子サラシきつく巻いてるから。七海、ちょっとサラシ緩めに行ってあげて!」
「私が、ですか?」
「そうよ?他に誰が?この事知ってるのなんて、」
「それはまぁ、そうですね。承知しました、すぐに」

カツンと向きを変えて控え室に向かう七海の後ろ姿に思わずニヤつく。ハルの隠れた七海への愛。勿論スタッフ同士の恋愛はご法度だけれど、好きな気持ちは止められない。好きな人がいるのはいい事だって、私は思う。

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