02.闇に堕ち、蝶と出逢う
店の奥もそれなりに広い。
キャストの控え室ほどではないが、黒服のロッカーや店長が使う事務室、金庫室と私が入ったことのない部屋もある。
「今夜ですが、噂を聞きつけた
クイッと掛けている色眼鏡を上げる彼は、ローゼを仕切る店長の七海建人。
五条オーナーとは旧友らしいけど、オーナーに対しても誰に対しても、七海店長は常に敬語だ。店長のくせに。
「問題ありません。事前にナナバさんとミーティングしました」
「レイラさんの太客は来そうですか?」
「恐らく。あと近々イベントのある会社の役員を候補にあげたので、きっと」
仕事が早いですね。
そう言って眼鏡の奥で細くなる七海店長の目元が、私の胸を叩くようになったのはいつ頃からだっただろうか。
でもそれは、奥底に沈めて蓋をしておかなければいけない想い。
この店ではキャスト、スタッフ同士の恋愛は御法度。それに私は恋にうつつを抜かしている場合ではないのだ。
「レイラさんは大丈夫だと思いますが…貴女も、無理をしないように」
「え?」
「忙しくなると周りが見えなくなる。ほら、気を抜いたら女の香りになってる」
私に一方踏み込んだ七海店長。
前屈みになり顔を首元に近づけ鼻を小さく揺らす。反射的に首元を押さえるも、顔の熱は簡単には引いてくれない。
目を見開いて固まっていた私に、七海店長は口許を緩めながら自分の手首に何かを吹きかけそれを私の
「これで問題ないでしょう。あくまで客前では男ですから貴女は。油断しないように」
「…は、い」
「その顔も禁止です」
伸びてきた長い指が頬に触れる。
これ以上この場にいてはダメだと、「失礼します!」と慌てて事務室を出た。
七海店長といると、何もかもが揺らいでしまう。
自分が女であることを思い知らされてしまう。
私にはそんな資格なんてないのに…。
「ハル、明日ヤミさんと同伴することになったから…って、顔赤いわよ?」
「ううん、大丈夫!スケジュール加えておく。今夜は誰が来てくれそう?」
「一応営業はかけといた!きっと実弥は来るよ」
目を細めて笑うレイラの顔を見て、初めてその顔を見た日のことが脳裏に浮かんだ。
私とレイラが出逢ったのは、遡ること半年前。
田舎から上京して右も左も分からない私は、都会の男に貢がされ騙され、気づいたら借金を抱えていた。
「クズみたいな男のせいで人生捨てるの?なら、わたしが貰うわ」
身売りをしようとネオン街を彷徨っていた私に手を差し伸べ、叱り、救ってくれたのがレイラであり、ゆき乃さんだった。
このローゼで働けるように話をしてくれて、住む場所がないと分かれば一緒に住めばいいと寝床を与えてくれた。
ただ、私には接客スキルがなく1ヶ月働いたあとに五条オーナーから、「向いてない」宣告をされたのだ。
それでも私の借金のことを知っていたゆき乃さんが五条オーナーと七海店長に掛け合ってくれて、こうしてレイラの付き人として、黒服としてこの場に立てている。
どうしてそこまでしてくれたのかは、分からないけれども。
レイラは私の命の恩人だ。
彼女が望むことはすべて叶えたい。例え周りがNoと言っても彼女がYesと答えれば、私にとって必要な答えはYesなのだ。
それ程までに、私はレイラに絶対的信頼をもっていた。
「ハル」
「はい」
「シーナに行く時はハルも一緒よ」
20時になり、魔法の時間が始まる。
蝶に群がる男たちが、蜜に酔いしれ金を落としていく。
レイラが望むなら、私は何処へだって着いて行くよ。