08.眩しい人

 鏡と睨み合っているとポロンとスマホが音を鳴らし画面にメッセージが映し出された。差出人の名前を見ただけで顔が熱くなり胸が高鳴る。ゆき乃に貰ったリップグロスを唇につけると、わたしは甘い動悸を抱えたままアパートの階段を駆け下りた。

「おはようございま、す…」

 語尾がしぼんでしまった理由は言うまでもなく、そこに居た建人さんが輝いて眩しく見えたからだ。初めて見る彼の車。わざわざ外に出てその傍に立ってわたしを待つ立ち姿。
 つい先日、ゆき乃に自分の気持ちを認めたばかりのわたしにはとても強い刺激となり、鼓動を旋律を狂わせていく。
 あと一段という所で、階段を降り切る前に固まってしまったわたしの元へ歩み寄った建人さん。休みの日はいつもこんな風にラフな髪型なのだろうか。眼鏡はしないのだろうか。柔らかなその髪の毛を風が撫でる。彼の瞳を見つめたまま動けないわたしに、長い指の綺麗な手が差し出された。

「おはようございます。どうかしましたか?」
「え、あの……眩しくて、」
「あぁそうですね、今日は天気がいい」

 そうじゃなくて。建人さんが眩しいの。

「行きましょう」
「…はい」

 真意は声にならなかった。急に喉元が狭くなってしまったみたいにいつも以上に口数が少なくなってしまう。それも仕方ないと思う。だって助手席から見る建人さんがあまりにも素敵だから。
 時折視線が重なり、その度に顔が熱くなり目を逸らしてしまう。別に下を向く必要なんてないのに。そしてその度に微かに聞こえる建人さんの笑いを含んだ吐息に恥ずかしさが込み上げてくる。
 もっと上手く会話が出来ればいいのに。もっと普通に出来ればいいのに。建人さんを前にすると、いっぱいいっぱいになってしまう。

「ハルさん」
「は、はい!」
「今日も可愛らしいです。その服も素敵ですね」
「…は、」
「普段と違う貴女を見られるのは私だけの特権ですね」

 信号で止まり、視線だけでなく顔をわたしの方へ向けると、建人さんは柔らかく微笑んだ。それを言うならわたしの方こそ、こんな表情をする建人さんはわたしだけなのだと思っていいのでしょうか。

「慣れてないもので…至らない点はあるかもしれませんが、建人さんの隣に立っても恥ずかしくないように善処します」

 自分の気持ちを伝えようとしたら、お堅い言葉になってしまい羞恥が湧き上がる。もう顔なんて見れない、と下を向いて目を瞑るわたしの頭に、大きな手が優しく触れた。
 信号が変わったからだろう、すぐにその手が離れてしまい寂しく思う。だけど顔を上げられなかったのは、手が触れる時に聞こえた柔らかな笑い声が鼓膜を揺らしたから。


 ジュエリーショップに入ったのは初めてで、目を見張るような輝きを放つものが幾つも並べられていた。何をどう見たらいいのか分からないわたしを隣で、建人さんは笑顔を向けた店員に「結婚指輪を」と要件を伝える。
 おめでとうございます、と向けられたその言葉に嬉しさが込み上げる。だけどふと周りを見渡して、そこにいた他のカップルを見て、少しばかり気持ちがかげってしまう。
 仲睦まじく、男性の腕に手を絡めてどの指輪にしようかと話をしている。幸せだと言わんばかりのオーラがそこにはあって、わたしと建人さんとの間にある微妙な空間とは似ても似つかないものだったからだ。
 間違いなく嬉しいはずなのに、どうしてこんな気持ちになってしまうのか。そもそもお見合い結婚なのだから恋愛結婚をするカップルと比べるのは間違っている。そこに愛があってもなくても決まっている結婚なのだ。わたしが建人さんを好きでも、建人さんがわたしのことを何とも思ってなくても――。

 店員が色んな指輪を準備している間、手元のショウケースに輝くネックレスをぼんやりと眺めていた。ピンクゴールドがハートの中で揺れている。
 お待たせいたしました、と店員の声にハッとして視線を上げる。目の前に並べられたペアの結婚指輪。途端に現実味を帯びて、妙に緊張してしまった。どれがいいとか全く分からない。ただ輝いて綺麗で感嘆しながら視線を動かすだけしかできない。

「ハルさん、付けてみますか?」
「でも…」

 躊躇うわたしに、店員も「どうぞ」と笑顔を向ける。膝に置いていた手を上にあげると、建人さんがわたしの手を取り、数ある中から取った指輪を薬指に嵌めた。
 触れられた指先が凄く熱い。

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