13.通い合う想い
一緒に探すとゆき乃は言ってくれたけど、伏黒くんとの時間を邪魔したくないと思って断った。目星はついているからと大丈夫、と嘘の笑顔を貼り付けて。
焦燥感を抱えたまま急ぎ足で会社へと戻った。最後に触ったのはいつだっただろう。お昼を食べた時はあったはず。まずは警備室に届けが出てないかを確認しなければ。
もう時刻は21時を回っていた。ビルの入口は暗くなっているもののまだ中は電気も点いているし入れそうだった。わたしは事情を説明して警備室へ行き落し物の届けを確認するもネックレスなど届けられていなかった。それなりに値のするものだから見つけても届けない人がいるかもしれない。どうしようかと迷ったが、一通り探させて欲しいと警備員にお願いし、懐中電灯を借してもらった。
5階でエレベーターを降りるも、フロア全体がもう消灯されて非常階段の灯りしかついていなかった。月曜日からこんな遅くまで残業する人はいないだろう。
わたしは暗がりの中、懐中電灯で照らしながら隅々まで探した。今日どこを歩いたのかを思い出しながら光るものが落ちていないか目を凝らして探すも、それらしいものは見つからない。
「…どうしよう……ない…」
会社じゃないのだろうか。そうなれば探す範囲が広すぎて見つかる可能性が低くなる。どうしよう。考えれば考えるほど鼻の奥がツンと痛くなって目頭を熱くさせる。泣いている場合じゃないのに。視界が滲んで探せなくなるのに。
見つからない焦りに加えて、誰一人いない夜の会社という雰囲気がわたしの恐怖を駆り立てた。ホラー作品が苦手なわたしにとって、非常灯の緑に灯された廊下が背筋を震わせた。
それでも食い下がるわけにはいかなかった。建人さんがわたしにプレゼントしてくれた大切なネックレスをそう簡単に諦めたくない。
もう一度廊下を探してから外に探しに行こうとした時、暫く動いていなかったはずのエレベーターが動いて思わず体が固まってしまった。こういう時、変な想像をしてしまう自分が嫌になる。ホラー映画の予告とかで見たことがある。開いたら誰も乗っていないとか、そういうシーン。きっと他の階に止まるんだ、と自分に思い込ませようとすればするほど恐怖心に
咄嗟にエレベーター近くの柱のそばに逃げ、しゃがみ込んで目を閉じ耳を塞いだ。通り過ぎるだろうと信じて願ったわたしの耳に、無常にも甲高いエレベーターの到着音が届いた。恐怖で手に持っていた懐中電灯がコロンと床に落ちる。
「…ぃや、」
「大丈夫ですかっ?!」
何が起こったのか分からなかった。暗闇の中、その声に安堵する間もなくわたしの体は温もりに包まれた。鼻を掠めるシトラスと少し汗ばんだ匂いが混ざった香り。良かった、と零れ落ちた低音が鼓膜を揺らし、抱きしめられている手に力が込められた。顔にあたる胸元をリズミカルに刻む鼓動。これはわたしのじゃない。
暗転していたフロアが廊下だけ点灯し始めた。顔を上げると、眉を下げてわたしを見つめる建人さんと目が合った。
「心配しました…本当に肝が冷えた。貴女に何かあったんじゃないかと思って」
「…え?」
「メッセージを取り消したまま何もないので電話したら繋がらないし、仕事終わりにアパートに行ってもまだ帰ってない…心配するに決まってる」
少し乱れた髪を掻き上げながら溜め息を零した建人さんの額には汗が滲んでいた。彼に言われてスマホの電源を切ったままだったのを思い出し申し訳なくなる。ごめんなさい、と謝罪の言葉を伝えると、また彼はわたしをその腕の中に抱き入れた。
「いくら待っても貴女が帰らないので、五条さんに連絡して貴女の友人に取り次いでもらいました。
建人さんが腕の力を緩めてわたしの顔を覗き込む。申し訳ないと思いながらも、こんな風にわたしを探してくれて案じてくれているのかと思うと、心臓がきゅっと甘く締まった。それと同時に脳裏に浮かぶ昼間の光景。ここまでしてわたしを探してくれた建人さんを、信じてもいいのだろうか。
きゅっと彼のシャツを掴んで深く呼吸をした。また残る恐怖心のせいなのか、声が震えてしまう。だけど今ここで聞かないと後悔すると思って、顔を上げて建人さんの目を見た。
「ごめんなさい…ネックレスを落としてしまって。それで探しに来たけどなくて…」
「そんなものまた、」
「ダメです! 建人さんにもらった初めてのプレゼントなのに…大事にしてたのにっ! どうして…どうして建人さんはわたしを心配してくれたんですか…家入さんと一緒だったんでしょう? わたし、わたし…」
肝心な所で言葉が続かないわたしの顔を持ち上げ、両頬を大きな手が包み込んだ。親指の腹で零れ落ちる涙を優しく拭う。整理しきれない感情に支離滅裂な事を言ってるだろうし顔だって涙でぐちゃぐちゃなのに、建人さんは柔らかく微笑んでくれる。
「そんなに泣かないでください。抱きしめるだけじゃ済まなくなる」
「……っ」
「どうしてって、そんなもの決まってるでしょう。貴女が…ハルさんの事を想っているからです」
「……建人さんが、わたしを?」
「えぇ、愛しています…貴女と見合いをした日、私は貴女に心を奪われた。むしろそれ以前から恐らく気にしていたのかもしれません。言ったでしょう、あの日は私にとって記念日だと。貴女を好きだと自覚した日です」
紡がれていく言葉が嘘のようだった。都合のいい夢なのかと思う程に。本当に、建人さんはわたしを…。
「言葉にしたら感情が抑えられなくなりそうだった。だから正式に結婚する時に伝えようかと思っていたんですが…こんな風に貴女を泣かせてしまうなら、もっと早くに伝えるべきでした」
「建人さん、わたし…」
心臓だけでなく喉元がぎゅっと詰まって言葉が続かない。それを無理やりこじ開け、肺に空気を送り込む。それからずっと伝えたかった想いを吐き出した。
「好きです。建人さんが、好きです」
熱が顔に集中し、心臓がどくどくと強く動いている。自分の気持ちを伝えるのは勇気がいる。建人さんが受け止めてくれると分かっていても。それでも伝えられた嬉しさで心は満たされていた。
「ハルさん…」
建人さんがわたしの名前を囁くように呼ぶ。わたしの大好きな声。それだけで全身が甘く痺れるような感覚になって身体が熱くなる。わたしを見つめてくれているだけで嬉しくて幸せだ。
彼の瞳に赤面しているわたしが映っている。熱を孕んだその目から視線を逸らせずぼんやりと眺めていると、それが徐々に近くなり大きくなっていく。
自分が映っている事が急に恥ずかしくなり、思わず視線を逸らす。その時だった。
「…あっ!」
エレベーターを出てすぐに置かれた観葉植物の鉢。その近くで一瞬光ったものが目に入った。慌てて立ち上がり近づくと、そこにあったのはずっと探していたネックレスだった。建人さんからの大切な贈り物。
「ありましたっ! やった、あった…建人さん、ありまし…――どうかしましたか?」
「いえ……ちょっと、いや、何でもありません」
「?……そういえば、今日帰るときに人とぶつかってしまったんです。もしかしたらその時に取れて飛んでいったのかもしれません。良かった…本当に良かったぁ」
ネックレスを両手で包み込み嬉しさのあまり抱きしめるように口元に運んだ。一人で感極まっているわたしの元に建人さんさんがやってくる。わたしの頭に触れ、優しく撫でながら微笑んだ。
「…羨ましいですね」
「え?」
「いえ、何でも……さて、帰りましょうか」
建人さんが何と呟いたのか聞こえなかったけど、わたしを立ち上がらせてくれた建人さんの手がそのままわたしの指を絡め取り、その温もりで包み込む。一瞬で緊張が走り思考が止まるも、今がとっても幸せだということだけは理解した。