01.不変的な日常

「人に流されやすく他人に行動を合わせてばかり。本当の自分を見られのが怖いのだな。あぁ男運も悪い。浮き沈みもない平凡な人生ですな」

 人の手のひらを長々と観察したと思えばそんな言葉を浴びせられた。
 ここは有名だと噂の占い師の館だ。この場所に来た理由はただの気まぐれと、少しの興味。わたしの人生この先どうなるのだろうと漠然と考えたからだ。
 目の前のオバサン占い師の言葉に、わたしはただ聞き入っていた。そして短い時間で自分の人生を思い返してみた。
 昔から、人の顔色を伺い他人に合わせて生活してきたかもしれない。その方が楽だった。一緒にいる子が好きだというものに興味を持ち、その子の興味が変わればわたしも変わった。
 将来の夢なんてものもよく分からなかった。自分が何をやりたいのか不明瞭だったけど、生活の為にまるで夢があって入ったかのように偽って就職活動をした。
 それから男運の悪さ。これはどうだろうか。最初の男は夢を語るだけのフリーターだった。車がないからとわたしが自分で運転して彼の家まで迎えに行っていた。その次は顔が良くて好きになったけど、お金が無いというのが口癖だった。その人がちょっと派手な女を好むのを知って服装も変えた。

「まぁはい…そうですね」

 この短時間で思い出せるだけでも当たっている。浮き沈みがないというのはさじ加減かもしれないけど、色んな壁にぶち当たって乗り越えてきたような気もする。それでも、大きな事故もなければ挫折も味わったことがないとすれば、浮き沈みはないのかもしれない。
 この占い師は本当に当たるのかもしれない。だとすればわたしの未来はどう見えてるのだろう。一番知りたかったそれを聞こうと口を開いた瞬間、続いた占い師の言葉にわたしの期待は崩れ去った。

「ただ、近々環境が変わる。結婚することになるでしょうな」





 始業時間30分前に出社をし、フロア内の観葉植物に水をあげ、全員のパソコンを立ち上げる所からわたしの仕事は始まる。
 ここはオフィスビルが建ち並ぶ街。その中にある共同ビルの5階と6階が株式会社天元てんげんのもので、わたしはその5階にある総務部に所属していた。
 中小企業なので総務という仕事内容は多岐にわたる。総務部の中には、人事や経理と課別れしてはいるものの、業務を兼任している人も多くわたしもその一人だった。
 会社の制服に身を包み、髪を一つに縛り丸い眼鏡を掛けている。絵に書いたような地味女がこのわたし、藍沢ハルだ。
 元々の真面目な性格もあるけど、特別何かに合わせる必要がない場合は面倒だからとこのスタイルになっている。余計に着飾ると仕事の邪魔になる。
 与えられた仕事はしっかりこなし、貰えるお金は貰う。空いた時間はプライベートに使いたい。仕事に求めるものはそれ以上でもそれ以下でもない。出会いを探そうとも思わない。

 始業時間のチャイムが鳴る少し前に続々と出社する人達に挨拶をしながら業務を進めていく。手元にある資料チェックをしていると、「藍沢さん」とわたしを呼ぶ声に顔を上げ、席を立ってフロア中央奥に座る経理課長の所へと向かった。

「おはようございます、七海課長」
「この予算案ですが前年度よりも多く見積もられているようです。理由が曖昧なので調べてもらってもいいでしょうか」
「はい、分かりました」

 差し出された資料を手に取り、お辞儀をして自席に戻る。七海課長は経理課だが、じきに総務部長になると噂の逸材だ。いつも綺麗にスーツを着こなし抑揚のない声で的確に指示をする。前任の課長と比べる訳では無いけど、七海課長の下では仕事がし易い。
 後輩のマイが隣の同僚と新作ネイルの話をしている。総務は忙しい時期はそれなりに多忙だが、日常業務は取り立てて忙しいわけでもない。こうして喋る時間はある。ただその会話を繰り広げている中で、わたしは黙々と地味な仕事を片付けていく。誰の仕事でもない雑務。そういうのが残っていると気になってしまうのだ。

「いただきます」
「あ、その卵焼き美味しそう!」

 昼食時間になると、持参した弁当を持って食堂へと行く。目の前に座ってわたしのおかずを許可なく口へ放り込むのは、6階の営業企画部マーケティング部というやたら長い名前の部署で働く一ノ瀬ゆき乃。彼女は同期の中で一番華があると思う。人懐っこくて明るくて、まるでわたしと正反対。恐らく関わることの無い人種同士が何故一緒に食事を摂っているのか、と周囲から思われているに違いない。
 彼女は、幼馴染みに近い同級生だった。親同士が仲が良かったというのもあり、長年関係が続いていた。ずっと一緒にいたわけではないけど、お互いのことはある程度知っている。わたしがどんな人間なのかを知っているのは、きっとゆき乃だけだろう。

「どうだった? あの占い師!」
「たぶんペテン師だと思う。最初は当たってるかと思ったけど、最後は的外れなこと言ってたし。いま思えば当たってたところも、外見から判断されたのかも」
「ふーん、じゃあ行くの止めようかなぁ」
「何を占うの?」
「あと何回モテ期が来るのか知りたい!」

 口角を上げて笑うゆき乃はわたしから見ても可愛い。その後、いま二人でハマっているアニメの話をしていると、「何の話してるの?」と割り込んできた男。ゆき乃の隣に自然に座った彼は、新卒で入りゆき乃と同じ部署に配属されたゆき乃の後輩兼、恋人の伏黒恵だった。
 営業回りから帰ったのだろうか。額の汗を腕で拭く姿は若さがある。そんな彼の汗をハンカチで拭い、水を差し出すゆき乃の顔は恋する女に変わっていた。

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