02.定められた未来
ゆき乃と伏黒くんが仲睦まじくしている姿を目にする機会は多く、それを見るとわたしも、と思う節はある。だけど積極的に何かをしようとは思わなかった。
仕事をしてプライベートではアニメやドラマ、漫画を見ている時間が楽しくてそれで十分だと思えてしまっていた。恋だってしなくても、そういうものでいくらでも胸をトキめかせることが出来たからだ。
そりゃいつかは、とは思っていても今すぐどうこうしたい訳ではない。今の生活に不自由がないからだろう。だからこそ、先日の占い師の言葉は全くもって信じられないし、そういう相手はこの数年いないのだから現実味が感じられない。きっと当たり障りのない事を言っているペテン師なのだろう。
定時になり続々とフロアから人が流れ出ていく。わたしも帰ろうかと使っていたカップを洗い終え戻ると、会議を終えた七海課長と営業企画マーケティング部の五条部長が談笑をしていた。
確か五条部長は七海課長と年齢は近く30代前半だったはずだけど、天才的な発想とユーモアで次々と仕事を取ってきたり、新企画を出したりと、かなりの凄腕だと聞いている。あの若さで部長に上り詰めただけのことはある。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
「藍沢さん、お疲れ様でした」
「お疲れ〜!」
二人にお辞儀をして手荷物を取ると、もう一度振り返り二人を見た。人がいるとつい目で追ってしまう反射的なものだ。喋っている五条部長に相槌を打つ七海課長。眼鏡の奥のその視線がわたしに向いたので、もう一度お辞儀をしてエレベーターに乗り込んだ。
電車に揺られ一人暮らしのアパートに着いた頃、鞄の中に入れていたスマホが揺れる。取り出してみれば久しぶりに表示された母の文字。何となく嫌な予感がしたものの、わたしは通話ボタンを押しそれを耳に当てた。
耳に届く母の声。伝えらたほぼ決定事項のその内容に、先日の占い師の言葉がずっと頭の中で繰り返されていた。
◇
青々とした木々が揺れ、柔らかな風が頬を撫でる。まだ微かに春の香りを感じられとても心地のいい日だった。
鏡に映る自分が別人のように見える。普段は最低限の化粧しかしないし、やはりプロの手が入るとこれ程違うものなのかと感心する。
わたしの髪の毛を解きながら、「いい天気で良かったですね」とスタイリストが笑顔で言った言葉に、その更に後ろでわたしを見ていた母が、「本当に、お見合い日和ですわ」なんて言葉を返す。
お見合い日和ってなんだよ、と心の中で思うも、わたしは口許を軽く緩ませただけだった。
あの日、母から告げられたのはわたしの婚約者の存在だった。今は亡き祖父が、昔交わした知人との約束だったらしい。孫同士を結婚させようと。ただの口約束だけなら良かったものの、酔っ払った祖父が書面状を書き、その知人とやらに渡したそうなのだ。
その祖父の知人はどうやらデンマークの方らしく、亡くなっているその人の荷物を整理していたらその書面状が出てきて、巡ってわたしの両親の元へと話がやってきたらしい。
最初に聞いた時、なんとも馬鹿げた話だと思った。そんなの無効だろうって。ただ、わたしの婚期を気にしていた母から言わせれば、こんなチャンスはないと言うことだった。
確かに、面倒な恋愛をすっ飛ばして結婚するとなればもう母から口煩く言われることもないし、それに恋愛に時間を取られることもない。そうなれば趣味に時間を割けられる、なんて思った。ただわたしだって相手を選びたい。勿論相手からしてもそうかもしれないけど、それでもブスでデブな男とは結婚したくない。
「緊張しなくてもいいのよ」
「別にしてないけど…」
着物を着ているため少し息が苦しい。慣れない格好に自然と歩幅が小さくなっているだけだ。料亭の廊下を仲居さんに案内され奥の個室へと進んでいく。
こちらです、と仲居さんが襖を開けて母が入り、足元に目を落としながらわたしもその後に続いた。
あぁこれでわたしの人生が決まるかもしれない。もし断る権利がなかったらどうしたらいいんだろう。そもそも遺言だから今日のお見合いはただの顔合わせだとしたら、もう逃げられないんじゃないか。
思い切って顔を上げたのと同時、「藍沢さん?」と見知った声が鼓膜を揺らした。
「え……、七海…課長……?」
高そうなスーツを着てわたしを出迎えた男性は、普段している眼鏡を外し、いつもより髪のセットを変えている七海課長だった。