傷ついたドラ猫

 地面を叩きつけるような雨。
 リズミカルな音が傘を通じて私の耳に届く。その楽しそうな音に反して私の心はこの雨空のようによどんでいる。
 この雨と一緒に流れて流れて、綺麗まっさらな心でいられたならどれだけいいか。そんなこと、今更無理なのは分かっているけれど。

 マンションの入口に、ふと目に付いた人影。近づくと所々に血が付いていて痛々しい顔をしていた。眠っているのか気を失っているのかは分からない。だけどそれなら場所を選んで欲しい。

「ねぇ、君…」

 恐る恐る話しかけて見ると、小さな呻き声が聞こえた。これは警察に連絡するべきか、救急車なのか。いや、申し訳ないけど今の私にはそれに対応する気力がなかった。
 迷った挙句、手に持っていた傘を彼の顔が隠れるように置いた。それくらいしか私には出来ない。
 ごめん、と心の中で呟きその場を離れた。

「……」

 オートロックを解除して中へと入る。その足が止まり、外に飛び出したのは無意識だった。どうしてそんな事をしたのか、そんな事を言ったのか。
 後悔することになると知らずに、私はまたその人物の前に立って、肩から滑り落ちて転がっていた傘を差し出した。

「うちに、おいで」

 私の言葉に持ち上がった瞼。私を見上げる鋭い目に思考の自由を奪われたような感覚だった。大柄なその男に肩を貸して気づけば部屋へと運んでいた。
 いま思えば、女ひとりで運べるような図体ではない。私に預けていた体重なんてたかが知れていたのだろう。靴を脱がせベッドに寝かせた。彼の服が濡れているとかベッドが汚れるとか、それもどうでもよかった。

「君、名前は?」
「……ん、ドラケン…」
「変わった名前ね。痛むけど我慢して」

 切れた口端に消毒液を含ませたコットンを当てようと手を伸ばした。その瞬間、それまで閉じていた目が開き、私の手首を突然掴んだ。

「俺より傷だらけじゃねーの? そんなつらして」

 腕を引っ張られ、簡単にその体の上に倒れた。吐息が触れ合うその距離で見つめ合う。また思考が奪われる。
 何かを求めていたわけじゃない。何もいらない。だけど今の私に、その温もりは蜜のようなものだった。毒だと分かっていても甘くてその唇を離せなかった。

 私はこの日、ドラケンという大きな猫を拾った。

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