意味なんてない
「はぁ〜」
「その重々しい溜め息、今日で何回目だよ。なんかあったのか?」
向かいのデスクの同僚村田にそう言われるも、「いや、別に」なんて返事しか出てこない。なんかあったのレベルではない。大ありだ。
勢いで体を重ねることはまぁあるとしよう。それはいい。合意の上なら問題はない。だけど相手が未成年、しかも義務教育中の子供ならどうだ。確実に問題ありだ。
そもそも中学生の見た目じゃない。夜なあんな場所にいるなんて思わないし、私の知ってる中学生はあんなに大きくないし、偉そうじゃない。それに…――あんなに色気もない。
「そう言えば営業部の山田部長。今度子供が生まれるらしいな! 結婚してたこともあまり知られてないよなぁ? 営業部の同期がお祝いを用意しなきゃってボヤいててよ…――」
続く話に相槌を打てていたのかは分からないけど、何事もなくデスクに戻ったのだから私の対応は悪くなかったのだろう。
そうだった、と彼とのことを思い出したのと同時に少し忘れかけていたことに自嘲を含んだ息が鼻から零れた。良くも悪くも、拾ったドラ猫の事で少し忘れることができていたらしい。ただ手放しで喜べないのは事実。本当にまた来たらどうしよう。いやいや、彼からしたら私なんてオバサンなんだから、それはさすがにないか。きっと一夜限りのなんちゃらよ。
「……なん、で」
「お、おかえり〜。遅かったな」
マンションの入口で、よく不良漫画で見るような便所座りをしていたのは紛れもなくドラケン。まだ顔の怪我は残っているものの腫れは引いている。いつから待っていたのだろう。これじゃ、マンションの住人にいつか通報されるレベルだ。
「遅かったって…なんでこんな所で待ってるのよ! 近所の目が、」
「あ? ゴチャゴチャ言うなや。連絡先も知らねぇしオートロックだしここで待つしかねぇだろ」
「そ、それもそうだけど…とにかく早く入って!」
彼の背中を押しながらオートロックを解除してエレベーターに乗り込んでから改めて思う。なに自分から引き入れてんだ私は。あのまま無視しておけばよかったのに。一度は素肌で触れ合った関係だ。そのせいで微かな情でも入ってしまったのか。いや、一度ではないけれど。
「グイグイ押しちゃって、やる気じゃん! ベッド行く? それともシャワー?」
「何言ってんのよ、エロガキ!」
「ハハ、そのまんまじゃねーか」
「……ちょっと話しましょう」
そう言葉にして小一時間経つ。目の前には私の作った食事にがっついてる熊のような男。まるで子供のように嬉しそうに目を細めながら。
「ふぅ、食った! ごちそーさん!」
「私は食堂のオバサンじゃないわよ」
「オバサンっつー歳かよ」
「……ねぇ、私もうすぐ26歳なの。君と両手じゃ収まらないくらい離れてるの。正直言って、あの日はどうかしてた。その…私にも色々とあって、君を家に入れちゃったけど」
「で? 俺とセックスしたんだろ?」
「……ぅ」
「別に合意の上だ、問題ねぇ。そこじゃねぇ。まぁ…どんな理由かは知らねぇけど、一度は俺の手を取ったんだろ? 俺が必要だったってことじゃねぇか」
「何言ってるの? 意味が分かんない」
「意味なんて考えられる程、俺は頭良くねぇよ」
近づく顔を背けるも、無理やり顎を掴まれて唇を押し付けられた。思いっきり胸を叩くもビクともしない。下唇に這う舌がそのまま口内に入ってくる。本当に中学生なのか疑いたくなる程だ。
「……ん、して……離してっ!」
「痛っ、脇腹抓んなや!」
「中学生はお家に帰ってネンネしなさいよ! ご両親が心配するでしょ!」
「てめぇ、ガキ扱いすんな! それに言っただろ、俺には帰る家はねぇ。親もいねぇよ、親代わりはいるけどな。だから安心しろ」
「……え、いないの?」
「あん? 顔すら知らねぇ。そんなこたぁどーでもいいんだよ今更。あ、ちょっと待て電話だ……もしもし、マイキー?」
目の前で携帯を耳に当てて喋る姿を、私はどんな顔で見ていただろう。いつの間にか電話を切った彼は、「悪ぃ、ちょっと行ってくるわ」と私の頭をポンと撫でて立ち上がった。
「こんな時間に、危ないわよ」
「これからが俺らの時間だっての」
「……」
「…離してくんねーの?」
無意識に掴んでいた彼の腕。何やってんだろうって思う私と、何も考えていない私が脳内で葛藤しているようだった。
ハッキリ言って、面倒なことは嫌だ。中学生相手も無理だ。だけど、そう簡単に手を離せなかった。既に知ってしまったその温もりを。例えそれが、甘い毒だと分かっていても。
「……帰ってきたら、ちゃんと話しなさいよ。君のこと」
「あん?」
「まずはそれからよ」
「…君じゃねぇ。ドラケンだ、ハル」
口角を上げて笑った顔は幼い。眩しいその笑顔に胸が高鳴ったのは気のせいだろう。面倒くさそうな靴を履いた後、私を頭ごと抱えた彼が額にキスを落とし出ていった。熱くなったそこに触れながら、誰もいない玄関から動けなかった。
本当に、なにやってんだろう私は。