深入り禁物
共同生活をしても干渉しない。それが私の中でのルールだった。もちろん生活していて困ることは言うし、最低限やって欲しいことはある。だけど、どこで何してるとか、そういう事は聞かない。それ以上踏み込んだらいけないと、私の理性が言っているようだった。
そのマイルールにもう一つ私が守りたいものがあった。それは「外では会わない」ということ。
まず会う理由もないし接点もない。だからそんな重要なルールではないけれど、この奇妙な関係を誰かに聞かれても説明できないからだ。
そう思っていたのに――
「え、なんで?! 本数減ってる!」
残業を何とか終わらせ走って駅まで行ったものの、知らない内に把握していた時刻表から運行が変わっていたせいで、乗り換え先の電車がもうない事を駅前で知った。仕事に集中していたせいで、急いで駅に来ることしか頭になく何も調べていなかった。
最悪だ。ここからタクシーだとどれくらいかかるだろう。仕方なくタクシー乗り場に向かうも、同じような人達なのか、列が長蛇になっていてそれだけで気持ちがゲンナリした。
とりあえず、線路沿いに歩こう。その内にタクシーなんて掴まるかもしれない。そう思って暫く高架を頼りに歩いていると、鞄の中で携帯が震えていることに気がついた。画面を見ると、登録されたばかりの「ドラケン」という名前が表示されている。
もしかして今日は早い日なのだろうか。連絡してあげれば良かった。携帯を耳に当てたのと同時に、その声に私の鼓膜は破れるかと思った。
「おい! 何回電話したと思ってんだっ!」
「え、ごめん気づかなかった」
「こんな時間まで何してんだよ。何処にいんだ?」
「残業だったの。もしかして待ってた? ごめんね、連絡すれば良かった。今日は遅くなるからあっちの家に、」
「俺の話を無視すんじゃねぇ! 何処にいんだよ、今!!」
「あーっと、電車なくなっちゃったらとりあえず歩いてて。どの辺だろう…もうすぐ新宿かな? 大丈夫だよ、タクシー掴まえて帰るつもりだから」
「……そこ動くんじゃねぇ、待ってろ」
「え?」
聞き返した私の声は、通話終了の無機質な音に飲み込まれた。待ってろって何でよ。意味が分からない。もう暗いし酔っ払いに絡まれたくないし。
そう思って駅の方に足を動かした。タクシーを早く探さないと。すでにパンプスが靴擦れしていて痛くて、私は早く帰りたい一心だった。
あと少しで駅だという時、低く煩い音が近づいてくるのが分かった。その音だけで身が縮まるような、威圧感のある音。無意識に鞄を抱きかかえ、駅まで走った。周りが暗いから余計に怖い。靴が脱げて足が止まった時、自分を照らすライトが眩しくて目を瞑った。ヤバい、変なやつに絡まれる。
「動くなっつっただろぉーが!」
「…へ? ドラケン?」
「早く乗れや。この辺は俺らのシマじゃねぇから、さっさと帰るぞ。見つかったら面倒くせぇからな」
え、シマとか意味分かんないし。そもそも面倒な事に巻き込まないでくださいよ。ていうか、中学生がバイク乗っていいんだっけ。
混乱して動けない私にバイクを降りて近づく彼。ヘルメットも被ってないじゃん、と心の中で叫んだ瞬間、別のバイク音が鼓膜を叩くように迫ってきた。
その途端に、盛大に舌打ちをしたドラケン。私の両脇に腕を差し込み、「しっかり掴まれよ」という声が聞こえるまで僅か数秒だったと思う。気づけば私は彼の背中に身を預け、腰に手を回し、公道を猛スピードで走っていた。意味の無い涙は頬に触れることなく、風に乗って飛んでいった。
「着いたぞ……おい、ハル…大丈夫か?」
バイクが止まってそう言うも、何故だか体が動かなかった。ドラケンの腰に巻き付けていた腕が、脱力の仕方を忘れてしまったかのように
私の手に重なった温もりが手を包み込む。そのまま手を触れたまま器用に私の腕を剥がして自分だけバイクから降りた。
「怖がらせちまったか……悪かった」
「……ううん、そうじゃなくて。いや、そうなのかな…ちょっと色々と未経験な事が一気に押し寄せてきたから…よく分かんない…」
「…降ろすぞ」
私の頭に手を置いて人撫でしてから軽々と私を降ろすドラケン。地面に足をつけた瞬間、靴擦れの痛みでよろけてしまう。それを片腕で咄嗟に支えられて、彼に男らしさを感じて赤面した。
「あぶねっ……マジで大丈夫か?」
「走ったりして靴擦れしちゃって…イテテ」
「そういう事は早く言えや」
俺を無視して動くからだ、とか、そもそも早く連絡して来いだとか。そんな事をグチグチ言いながらも、ドラケンは私を抱きかかえて部屋まで運んでくれた。
この歳になって横抱きで運ばれるなんて初めての経験だった。バイクだってそう。乗るのも乗せられるのも初めてだ。恐怖とあの疾走感のせいで心臓がずっとバクバクしているんだと思っていたけど、今もそれは続いている。これは一体、どういう事だろうか。
「そのままじっとしてろ。今度は動くんじゃねーぞ」
「…はい」
ソファに下ろされ、指を刺される。なんだかどっちが大人か分からない。一旦部屋を出たドラケンは、風呂桶に水を入れて戻ってきた。私の前に膝をつけて座るとズボンを捲って両足をその中へと入れる。冷たい水が傷に滲みて顔が歪む。ドラケンの視線が一旦私へと向けられるも、すぐに足元へと戻っていった。
冷たい水なはずなのに、私の足は熱を持っている。その理由は触れる指のせいだろう。拭きあげるために桶から足を出し丁寧に拭いていく。くすぐったさなのか、それともまじまじと見られながら拭かれているからなのか、羞恥が湧き上がり変な気持ちになっていく。
「ありがと…ん、もういいよ。あとは自分で、」
「遅くなるなら連絡しろ」
「…無免許の中学生になんて頼めないわよ。大丈夫、次からタクシーちゃんと使うから」
「つーか、こんな時間まで仕事なんてしてんなよ」
「大人になったら分かるよ。やりたい事だけやっていられるのは学生のうちだから」
「…チッ、ガキ扱いすんなや」
どうして不良はすぐに舌打ちするのだろう。すぐに怒るのだろう。どうして……そんな目を向けるの。
私の足を顔に寄せ口元へと運ぶ。ドラケンの瞳に孕んだ熱が、私に伝染していくようだった。