コントロールが効かねぇ


 私が新しく配属された経営戦略部の部長は、社内でとても有名な人だった。
 冷酷無慈悲で残忍、睨まれたらクビ、失敗したら蹴り落とされる、仕事の鬼―――なんて、数々の噂を入社してすぐに聞いたことがある。
 その噂が本当かどうか、別の部署にいて関わることがなかった私には真偽を確かめる術はなかったが、毎年更新されていくその噂に、怖さと相まって少し興味があった。
 そんな時に舞い降りた辞令。初めて対面した時の緊張は今でも覚えている。そして社内に巡り巡っていた例の噂が、嘘だと言うこともすぐに分かった。

 リヴァイ部長は、確かに怖い。見た目は小柄だけど整った顔立ちは密かに狙う女性社員がいるという事実を裏付けていた。
 だけど笑う事もなければ口を開けば仕事の指示と静かな罵声が飛ぶ。確かに他の上司に比べれば厳しいと思う。だけど、言っている事は間違っていないし、仕事が出来るからこそ導きのある言葉なのだろう。
 私も失敗した時はグサリと刺さる言葉を言われたけど、失敗した事の方が悔しいとさえ思った。それに元から引きずる方でもない。何度か言われた後、気づいたことがある。
 リヴァイ部長は、その人が次に失敗しないように必ずフォローを入れている。さり気なく。皆が気づかないくらいさり気なく。だからあんな噂だけが飛び交っているのだろう。





 仕事が出来る男性は一際ひときわ輝いて見える。そんな憧れという感情が恋に変わったのは、部長が出張で出られなくなった取引先との食事に一人で参加する事になった時だった。
 顔見知った会合だったので、私一人で何も問題はなかったのだが、お酒が入ると妙に距離が近くなる人が一人いる事が部内全体の懸念事項だった。
 だけどそれも上手くかわせる程、私は成長していた。そう思っていたけど、会計後に相手の一人を待っていた間、例の面倒臭い人が連絡先を教えろと絡んできた。
 取引先相手に強い言葉は言えない。そもそもこの人達はリヴァイ部長の相手だ。下手なことはできない。
 だけど、伸びてきて触れたその手が、自分が思っていた以上に不快感があり、強い力が恐怖を与えた。


「あの、さっきも言いましたがそういうのは――」
「おい何してやがる。俺の部下に許可なく触ってんじゃねぇ。テメェんとこと取引やめてもいいんだぞ。いい大人が悪酔いしてんじゃねぇ」
「リヴァイ、部長……なんで、」
「行くぞ」


 私の手を取り、その場から連れ去ってくれるリヴァイ部長は、今日は大阪出張だったはず。帰りは遅くなると聞いていた。それなのに何故ここに居るのだろう。私の手を掴んでいるのは、別人だろうか。


「大丈夫だったか?」


 暫く歩いた後、手を握ったまま振り向いたリヴァイ部長の顔を見て、柄にも無く目の奥が熱くなって視界に温かな膜が張る。上擦った声が、裏路地の静寂を破る。


「リヴァイ部長どうして…今日は来れないって」
「そうなんだが、」


 少し歯切れの悪いリヴァイ部長の視線が一瞬逸れる。その後すぐに向けられたその瞳は、焦りにも似たリヴァイ部長らしからぬ色を帯びていた。
 まさかとは思ったけど、いつも完璧で表情ひとつ崩さない彼が、私を真っ直ぐ見つめて手を離さない。心底安心したような顔を向けている。
 繋がる手から感じる熱に力を込めると、リヴァイ部長の目が少し大きく見開いた。


「もしかして、心配して来てくれたんですか?」
「……あぁ、そうだ」
「どうしてあんな事言ったんですか? 取引がなくなってしまうかもしれないですよ」
「無礼なのは向こうだ。それに部下を守るのが俺の仕事だ」
「でも部長らしくないです。あれくらい、良くあることじゃないですか。わざわざ出張先から来ることじゃな――」


 突然引かれた手。最後まで言葉を言えなかったのは、唇に触れた温もりの所為。リヴァイ部長にキスをされていると理解する頃にはそれは離れ、熱を帯びた視線が注がれる。


「クソっ、コントロールが効かねぇ……」
「え?」
「自分でも何故ここに来たのか分からねぇ。でもお前一人にさせたくなかった。部下だからじゃねぇ…ゆき乃、お前だからだ。ずっと頭から離れねぇ。クソ野郎に触られてんのを見て虫唾が走った」


 照れを誤魔化すように自分の前髪を掻きあげる。その仕草も表情も、初めて見るリヴァイ部長だった。冷酷無慈悲だなんて笑っちゃう。私の為に来てくれたなんて、なんて可愛い人なんだろう。


「…なに笑ってんだよ」
「可愛いなと思いまして…私に恋してる部長」
「あぁ?」


 揶揄う私を睨むように見つめるリヴァイ部長だけど、全然怖くなんてなくて、照れながらも否定をしないリヴァイ部長をやっぱり可愛いと思ってしまう。
 口許を緩めたままの私に舌打ちをすると、その距離を詰めて手が後頭部へと回った。耳元に寄せた唇から囁かれた言葉に、私の心臓から恋する音が鳴った。


「ゆき乃が好きだ。俺をこんな風にさせちまった責任、しっかり取れよ」


 顔を赤くした私に、噛み付くような深いキスが落ちてきた。


―Fin―

novel top / top