その熱に絆されて


 夏の天気は変わりやすいとは言うけれど、ここ数年の異常気象は度を超えていると思う。お陰で天気予報なんてあってないようなものだというのは理解していたけれど、晴天が続いていた所為で今朝家を出た時にはその事をすっかり失念していた。

「…うわぁ」

 肌に張り付く布がこれほど気持ち悪かったのかと初めて知った。最寄り駅に着いてすぐ、見えていたはずの星が影り、バケツをひっくり返したような強い雨が瞬く間に地面を濡らした。
 当然傘など持っていなかった私の足は一瞬躊躇するも、スマホだけ濡れないように鞄の奥底にしまい込んでからその雨の中を駆けてマンションまで走った。
 駅からそう遠くない距離とはいえ、数秒もすればびしょ濡れになる程の雨はいとも簡単に私の全身を濡らした。出勤前じゃなくて良かったと、ぐちょぐちょと水音がするパンプスを踏み鳴らしながら玄関を開けた。

「ただいまぁ…」
「お帰り! 凄い雨だったが大丈…夫、ではないな! 連絡をくれれば迎えに行ったのに」

 玄関で靴を脱ぐのにもたついていると、リビングから杏寿郎が顔を出し、私の姿に慌てて駆け寄ってきた。そう言えば今日は振替で休みだったのを忘れていた。その手があったか、と今更ながらに思う。
 ちょっと待ってろ、とバスタオルを取りに行った杏寿郎は、私の頭にそれを掛けると、無造作に髪を拭いてくれる。

「いいよ、自分でするから」
「こんなに濡れては風邪を引いてしまう」
「うん、だから先にシャワーするよ」
「そうか」

 納得した返事をした杏寿郎だったが、突然私の体を抱き上げた。意表を突かれた行動に間抜けな声が漏れ、無意識に彼の首に腕をかけた。

「な、なに?! 降ろしてよ、杏寿郎が濡れちゃうじゃん」
「ハルは足まで濡れてるだろう。だから脱衣場まで運ぼうとしたのだが…確かに、俺も濡れてしまったな。ハハッ!」
「もう! なに呑気に笑ってんのよぉ」
「仕方ない。俺も一緒にシャワーをしよう」
「え?」
「ん?」
「なんで?」
「濡れてしまったからな!」
「いや、私の後でお願いしますよ」
「俺が風邪を引いてしまうだろう。一緒に浴びれば二人ともすぐに温まれるし一石二鳥だ」

 私を真っ直ぐ見つめて口角を上げて笑う杏寿郎の瞳は、曇りなき眼とは縁遠い、悪巧みを孕んだ瞳をしていた。

「わざとでしょー!!」
「なんの事だか知らないな! さぁ早く脱いで。脱げないなら俺が、」
「自分で脱げるから!」

 濡れているからと脱衣場ではなく風呂場に私を降ろした杏寿郎が素早く自分の服を脱いで、それから私の服に手をかける。濡れている服が張り付いてもたついてしまう。脱がされるという行為がどうにも恥ずかしい私は、今の状況に少しだけ体温が上がった。
 二人でお風呂に入ったのは過去に一度ラブホに行った時だけだ。明るい場所で裸というのがどうにも恥ずかしかったのだけ覚えてる。

「冷えてるな」

 夏とはいえ、水で濡れた肌はひんやりとしている。私の服を脱がした杏寿郎は、温水にしたシャワーを私に向けてかけてくれる。ただ大人ふたり、しかも杏寿郎のように体格のいい人と二人で立つには少し狭いから自然と密着する体。シャワーを当てずとも、杏寿郎の体は温かかった。

「杏寿郎さ、別に拭くだけで良かったじゃん。体温高いんだから」
「まぁそう言うな」
「なんか、められた気分…」
「膨れた顔のハルも可愛いぞ」

 私の体に温水を当てながら、杏寿郎が顔を寄せて私の冷えた唇を塞いだ。瞬時に彼の熱で温められた唇に心も身体も絆されていくようだった。
 水圧のあるシャワーが胸の先端に当たり、擽ったい感覚から気持ちよさを運んでくる。硬くなったそこは小さな刺激で甘く疼き、水とは違うものが私の中から流れ出たような気がした。

「んっ…はぁ、杏寿郎っ……待って…」
「…っ、今更止めてやれない」
「…………ぃで」
「ん?」
「声響くから…激しく……しないで」

 きっと私の顔は真っ赤だろう。こんな言葉人生で初めて言った気がする。本当ならゆっくりご飯食べて出来ることならベッドで抱かれたい。だけど、今この場で彼の熱が欲しいと思ってしまったのだ。
 私を見つめる杏寿郎の瞳が一瞬大きく見開く。それからすぐに笑みを吐息と共に吐き出すと、色気を纏わせ私の頬に手を添えた。指を滑らせ、下唇に優しく触れる。もう片方の手は私の腰からお尻を撫でている。

「君からそのような言葉が聞けるとはな」
「…ん、」
「可愛いお願いだが、ハルに触れて激しく抱くなというのは、悪いがその方法を知らないから聞いてやれないな」

 真顔ですっとぼけたようにそう答えた杏寿郎。だけど唇を塞がれる直前、薄目の杏寿郎が口端を上げて笑ったのが見えた。
 煉獄杏寿郎は天然の皮を被った、とんだ策士のようだ。




(甘い背徳の刺激に溺れていく)

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