もっと甘えてください
どうして一日は24時間しかないのだろうか。
新たな期が始まり、新入社員の研修があったりと毎日がいつも以上に目まぐるしい。家にいるよりも職場にいる方が長い。ただ寝るために帰っているだけのアパートに、今日もまた棒になった足を引きずって帰宅した。
一段と怠さのある身体をソファにうつ伏せに横たえる。今にも瞼が閉じてしまいそうになりながらも、鞄から取り出したスマホを開くと、いつ届いたか分からないメッセージを漸く既読にできた。
「…建人さん……」
暫く会えていない恋人の名前を呟く。証券会社に勤める彼は、わたし以上に多忙であろう。それなのに、こうしてわたしが無事に帰ったかどうか、無理していないかと、頻繁に連絡をくれた。
彼からのメッセージを見るたびに会いたい気持ちが募ってしまう。先週末は、お互い休日出勤で会えずじまいだった。きっとこの気怠さは、彼に会えていないが故の脱力感に違いないとさえ思う。
「…会いたい」
重たくなっていく瞼に抵抗することも出来ず、わたしはそのまま眠りに落ちてしまった。
◇
ヒヤリと冷たいものが肌に触れ、意識が醒めていく。思った以上に瞼が上がらず、視界も滲んでぼんやりとしていた。
あれ、いま何時だ? もしかして寝坊した?!
焦って起き上がろうとしたわたしの元に、「目が覚めましたか」と心地の良い低音が鼓膜を揺らした。
「え……、えっ? どうして建人さんがここに? そうだ仕事、いま何時っ、」
「落ち着いてください。説明しますから」
勢いよく上半身を起こしたわたしの身体をゆっくりと支えながら横にした建人さん。ソファで寝ていたはずなのに、いつの間にかベッドに移動していて、何なら服も部屋着に着替えていた。
考えようとするとズキンと頭痛がする。吐く息が少し熱いのは気のせいではないらしい。
「昨夜、貴女からの連絡を待ってからすぐに電話しました。それなのに電話も出ず、今朝になっても既読にならない。そんな日は今までになかったので…合鍵、使わせてもらいました」
「それは別にいいけど…」
「熱があったので今日は休むと会社に電話をしておきました。ちなみに今は昼前です。どうして体調が悪いのに休まないのですか? 貴女のことだから無理をしたんでしょう。熱を出して倒れている貴女を見つけて、私がどれだけ……いや、責めているわけではありません」
口調は淡々としてはいるものの、わたしを見つめる眼鏡の奥の瞳は凄く心配してくれていたのが分かった。熱の所為なのか、会いたかった彼が目の前にいるからなのか。じわりと目頭が熱くなってわたしの口からは小さな謝罪が零れた。
「迷惑かけて、ごめんなさい…」
目尻から溢れた涙が肌を伝って枕を濡らした。建人さんは静かに息を吐くと、「いいですか、ハル」とわたしの髪を撫でながら頬に手を添えた。
「迷惑なんていくらでもかけていい。そんな事は苦ではない。それよりもハルが我慢をしている方が私は辛い。頑張ってることは分かってますが、遅くまで仕事をしているのを見ていると心配で気が持たない」
「建人さん…」
「もっと甘えてください」
親指の腹で涙の跡を拭うと、顔を近づけて唇を額に押し付けた。熱で身体が火照っていても、唇から伝わる熱に胸がキュッと締め付けられた。
こんな時に物足りないと思うわたしは、きっと欲求不満なのだろう。建人さんを見つめ返すと、困ったように眉を下げた。
「今、その顔は反則です」
「建人さん…会いたかった。寂しかった」
「…っ、理性保てる自信がない」
そう言うや否や、わたしの唇を啄みながら塞いでいく。シングルベッドが窮屈になり軋む音が響く。柔らかな舌が唇を割って入ってきて、熱っぽいわたしのそれを絡めとった。上顎を舌先でなぞられると、抑えられない声がくぐもって建人さんへと伝わる。
「私も、ハルに会いたかった」
大好きな建人さんの声が、鼓膜を通って全身を駆け巡る。ずっと足りなかったものは建人さんの温もりだったんだ。
会えなかった時間を埋めるかのように、わたし達はお互いの温もりを確かめ合った。
これからはもう少し甘えてみよう。そうしたら、建人さんもわたしに甘えてくれるだろうか。
―Fin―