隠した本音


――あの二人って付き合ってるように見えない。

 もう何度目か分からないけど、その言葉は私の鼓膜を小さな針で突くみたいに微かな痛みをもたらす。もう聞き慣れて麻痺してる。というか、そんなの私が一番分かっていることだから。

「おはようエマちゃん。マイキーくんいる?」
「え〜! ハルちゃんが朝来るなんて珍しい! マイキーまだ寝てるから、ハルちゃん起こしてくれる〜?」

 何となくいつもと違うことをしたくて、ドラケンくんに話したら「たまには朝一緒に登校してみろよ」って言われたからドラケンくんに変わって朝起こしに来てみた。
 私がマイキーくんと付き合いだしたのは一ヶ月ほど前からだけど、元々同じ学校だったし見知っていたし、だから彼から「好きだ」って言われて変わると思った関係も、傍から見たら何の変化も起こっていない。実際、これと言って特別なことは何もない。私自身が、彼に対して何も変わっていないのかもしれない。

「マイキーくん? まだ寝てるの?」

 一応ノックをして母屋から離れた彼の部屋に入った。まだ数回しか来たことはないこの部屋は、マイキーくんのお兄さんの雰囲気が残っているからか、少し大人な感じがする。
 ベッドに近づくと髪の毛がボサボサのマイキーくんが、ボロいタオルケットを握りしめて体を丸めて小さく眠っていた。その幼い寝顔は学校でも見たことはあったけど、彼の部屋だからかベッドで寝てるからか、新たな一面を知れたような気がして私の心のストッパーが外れたような気がした。

「ねぇ、マイキーくん…」

 こんな小さな声ではきっと目を覚まさない。それを知っているからこそ彼が眠るそこへ座り、タオルケットを握っていない方の手に小さく触れた。こんな風に触れるのはいま思えば初めてかもしれない。
 喧嘩をする時は足を使うと聞いたことのある彼の手は、傷なんてないとても綺麗な手をしていたけど、やっぱり男の子の手だった。

「マイキーくん…マイキー……万次郎くん…まんじろう…って、照れるなこれは」

 色んな呼び方を小さく囁いてみる。本当は付き合ったら特別な何かがずっと欲しかった。誰にもっても特別な存在の彼は、色んな人に慕われていた。
 ドラケンくんだってそう。私なんかよりもずっと彼と一緒にいて、そこに私が入る隙なんてない。男同士のそこに入っていこうなんて思わないけれど、だからといってマイキーくんを独占したくないわけじゃなかった。
 付き合うまで芽生えなかった独占欲を必死に抑え込むために、無意識に今まで通りにしていたのかもしれない。本当は…もっと私を見てほしいし、私のだって言いたいのかもしれない。

「重いな、私…」
「ハル?」

 重なった声に驚いて顔を上げた。閉じられていたはずの瞼はすでに上がっており、寝起きの彼の瞳が私を真っ直ぐ見つめている。
 いつ起きたんだろ。まさか聞いてないよね?
 咄嗟の出来事に何も言葉が出てこなくて、その代わりに一瞬で熱を持つ顔は確認しなくても分かった。
 その先は無意識だった。恥ずかしさが先行して咄嗟に逃げるように立ち上がった。こんな顔見られたら無理だ。そう思っての行動だったけれど、扉の方に向かっていたはずの体は何故だかその扉が遠ざかるように私の体は背中の方へと引っ張られた。

「なんで逃げんだよ」

 鼓膜を揺らしたのは、寝起きだからなのかいつもとは違う掠れたマイキーくんの声だった。背中に伝わる体温が自分のものか彼のものかも分からないくらいに密着していて、腕が巻き付いて身動きが取れない。いや、たぶんこの状況に私はきっと強く抱きしめられていなくても動けなかったかもしれない。

「起こしに来てくれたんじゃねーの?」
「おおお、おはよう。マイキーくん…」
「……やだ」
「え?」
「もっかい呼んでよ、さっきの」
「聞いて…た?」
「ハルが呼びたいように呼んでよ、俺を」

 ぎゅっとマイキーくんの腕に力が入る。心臓が破裂しちゃうんじゃないかってくらい高速で動いて全身に熱い血が巡っている。聞かれていて恥ずかしかったけど、それよりも期待の方が上回った。きっと私が勇気を出せば、望んだ関係に進める気がしたから。

「ハル…」
「……まん、じろ…」
「よく出来ました」

 ポンと私の頭を優しく撫でる。普段の彼からは想像できないくらい、まるでお兄さんのような態度に心臓がくすぐったい。
 ドラケンくんにもエマちゃんにも甘えてる万次郎だけど、私に甘えることなんてなくて。だからそれを寂しいと思っていたけれど、たまには私が甘えてもいいのかなって錯覚を起こす。

「あのね、まんじろ…」
「うん」
「私達、付き合ってるように見えないんだって」
「は? 誰がんな事言ってんだよ」
「いいの…だって的を得てるというか、私だって付き合う前と何も変わらないって思ってたから。だけどそれも悔しくて…万次郎のこと好きなのに。だけどドラケンくんみたいにもなれないし、エマちゃんみたいにもなれない。私だって特別な何かが欲しいなって思って…それで、呼び方を…変えてみようかなって」

 喋っているうちに恥ずかしくなってきた。自分の気持ちを言葉にして熱くなる。万次郎が背中にいるのがせめてもの救いだ。
 そう思っていたのに、気づけば万次郎の顔が私の真正面にあって、いつの間にか体がベッドに押し倒されて彼が上から見ているのだと遅れて脳が察知した。
 どうして、と思うよりも私を見つめる万次郎の顔に意識がもっていかれる。少し照れてるような唇を尖らせてすねてるようなそんな複雑な顔をしている。

「ハルがそう呼んでくれるのは正直嬉しい。どんな呼び方でも、ハルが俺を呼んでくれるならそれだけで嬉しい」
「万次郎…」
「それに付き合ってるように見えねぇってのは、俺も悪い。その…好きだって言ったはいいけど、正直どうしたらいいか分かんなくて。お前に触ったりしたら歯止め効かなくなりそうで…」

 少し目を泳がせながらそう言って頬を赤らめる彼に手を伸ばした。なんだ、万次郎も私と同じだったんだ。そう思ったら、あんなに悩んでいたのが嘘みたいに思えてきた。
 私が頬に触れるとピクッと眉を動かした。その手に重ねるように彼が優しく触れる。

「好き、万次郎」
「俺も…言っとくけど、ハルはケンちんやエマとは違うから。同じじゃなくていい。あいつらの前だと俺は甘えちゃうけど、ハルの前はカッコつけてたいしハルが甘えられるような男でいたい。たまに、甘えたくなるけど」
「ふふ、いいよ甘えても…それに私も、たまには甘えたい」
「うん。いっぱい甘えろよ」

 重なり合う手も、交わる視線も熱を帯びていくのが分かった。ゆっくりと近づく彼の顔にそっと瞼を閉ざす。彼の吐息を感じた瞬間、

「あのー、もうご飯できてますけど〜」

 外から聞こえたエマちゃんの声に二人で目を見開いた。顔から火が出そうな程に真っ赤な私を見て小さく笑った万次郎は、「すぐ行くー」と外に向かって返事をする。
 おあずけか、と上半身を起こそうとした私に、柔らかな感触が与えられた。

「油断すんなよ」

 そう言って口許を緩めると、今度は後頭部に手を回してもう一度私の唇を塞いだ。やっと触れたその温もりに、溺れるように酔いしれた。




(名前で呼ばれると特別な感じする)
(特別だもん)
(もっとちゅーさせて)

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