最高のプレゼント
「ねぇケンチン」
「あ?」
「あれ、ハルに見えない? 俺だけ?」
ケンチンとファミレスに向かう途中、大通りを挟んだ向こう側に恋人を見つけた。いくら人が多くても車が行き交っていても、俺はハルを見間違えない自信がある。
「あの隣にいる男、誰?」
「知るかよ、高校の同級じゃ…っておい、変な気起こすんじゃねぇぞ。ハルちゃんの兄貴かもしんねぇだろ」
「ハルに兄貴はいない」
「あ〜そうだっけか」
「俺、最近会えてねぇのに。バイトって言われて…」
遠目で見たのはハルと知らない男が喋りながら歩いている所だった。今日はバイトって言ってた気がする。ていうかここ最近ずっとバイトだからって会うのを断られていた。
俺も兄貴の命日とか色々とあって、落ち着いたら会えるし連絡は毎日取ってるから大丈夫だろうって思ってた。それなのにあの男は誰だ。
もしかして、ハル――
「ハルちゃんは有り得ねぇだろ、浮気なんて」
「分かんないじゃん。そんなの」
「マイキー、束縛し過ぎると嫌われるぞ」
「…束縛じゃねぇよ。愛だ、愛」
束縛になるのか、これは。普通嫌だろ、恋人が自分の知らねぇ男と喋ってたら。知ってる男でも俺はきっと嫌だって思う。ハルの姿はすぐに雑踏に埋もれて見えなくなった。それでも俺はその場所から目を離せなかった。
その後、いつもなら嬉しいはずのお子様ランチもケンチンが旗を二本立ててくれたけど全然嬉しくなかった。
携帯を何度見てもハルからの連絡はない。無意識に零れた舌打ち。ハルから連絡のない物なんて意味が無い。俺は電源を落として愛機に跨り夜道をかっ飛ばした。
もう住宅街の灯が落ち闇が支配する時間。離れにある自分の部屋に入ってソファに座る。そういえば、とその時電源をオフってたことを忘れてた携帯を取り出す。途端に鳴り出すそれは、日付が変わり自分の誕生日を知らせる通知だった。複数届いたメールの中にハルがいるかもしれない。そう思って受信フォルダを開こうとした瞬間、静寂の室内に小さく響いた声に目を見開いた。
「ん…」
「ハル……?」
「まんじろ……寝ちゃった、ごめん」
「何してんだ、こんな所で」
目を擦りながらソファで体を起こすハル。何でここにいんだよ。いつからいんだよ。本当は会えて嬉しいはずなのに昼間見たあの光景が目に焼き付いて離れない。
低く零れた声に、表情を歪ませたハル。言葉を選んでいるのか視線が少し泳いでいた。今すぐ触れたくて仕方ないと動きそうになる手を、強く握って拳を作る。
「ドラケンくんに聞いたの。電話しても全然繋がらなかったから…何かあったのかと思って」
「何か? あったのはそっちじゃねぇの?」
「……ごめん」
ごめん? それは何に対するもんだ?
怒りが爆発しそうになって握りしめた拳が震える。心の中に収めきれない感情を何とかしようとしている俺に、トンと何かがぶつかった。
体に巻き付く温もり。それがすぐにハルのものだとは分かったけれど、俺の思考は停止した。感情が混乱している。ハルからは何だか知ってる甘い匂いがした。
「それ……なんの、ごめん…?」
「今日見たんでしょ、私のこと。万次郎が勘違いしてるってドラケンくんが言ってたから」
「……」
「最近バイトばっかでごめん、会えなくてごめん、悲しい気持ちにさせてごめん……会いたかったよ」
「ハル、俺…」
「お誕生日おめでとう」
体を離したハルが少し涙目で俺を見ると、目を細めて笑った。それからソファに置いてある紙袋から箱を取り出した。開けなくても分かる、ケーキの箱だ。
「開けてくれる?」
ソファに座りその箱を開ける。こんなにも気持ちがドキドキと高揚するなんていつぶりだ。隣で俺の反応を伺っているハルが可愛いと思いながらもまずはケーキだ。そう思い箱からそれを取り出した。
「え……これ、」
「じゃーん!! 万次郎の大好物のどら焼き! しかもビックサーイズ!」
箱から出てきたのはケーキじゃなく、大きなどら焼き。しかもその真ん中にロウソクがぶっ刺さってる。
いや普通ケーキだろそこは。確かに好きだけど。なんか…なんか……。
「…ぷ、あははは! ハルってばセンス悪いよこれ!」
「え?! なんでよ!」
「誰だってケーキ出てくるって思うじゃん? どら焼きにロウソク刺すかなぁ…普通……ククッ」
「でも万次郎が好きな物って思って、私…」
俺の予想外の反応にオロオロするハルを、片手で抱き寄せた。笑っちまったけど、本当はクソ嬉しい。だってこれ、ハルの手作りだろ。俺のために。
「ありがと……すっげぇ嬉しい!」
「万次郎ぉ」
「食べよっか」
両手で掴んで口へと運ぶ。うん、うまい。期待に目を輝かせて俺を見てるハルは、「どうどう?」と待っている。だから、感想を伝えるために、そのままハルの唇に触れた。不意打ちのキスに、目を開いたままのハル。
「甘くてうまいだろ、な!」
「…ずるいよ、いきなりキス、だなんて」
「嫌だった?」
「……ううん。嫌なわけない…好きだよ、万次郎」
「じゃあもっとだ」
まだ口の中に残ってる甘さを、舌を使ってハルへと移す。俺の腕を掴んでそれに応えるハルに、特別な感情が込み上げる。
大事な奴等は大勢いる。守りたい奴も多い。だけどそのどれを差し置いても大切で愛おしいのはハルだけだ。
こんな風に祝って貰えるなら、誕生日も悪くないかもしれない。
最高のプレゼント
(それで、あの男だれ?)