君と私の甘い鼓動
「いらっしゃいませ〜!」
出入口の扉の開閉音が鳴り響く。私は棚の前出し作業をする手を止めてレジへと向かう。入ってきたお客さんがペットボトルを一本置いた。
学生服のズボンにパーカー。金髪の下から覗く猫目が私を捉える。
「…150円です」
「はい」
彼の手の中には小銭がある。でもそれはトレーに置かれることはなく、私が手の平を差し出すとその上にジャラジャラとお金を置いた。
その時に微かに触れた指先。トクンと胸が鳴った音は私…だけでなく、目の前に立つ頬を真っ赤に染めた彼からも聞こえた気がした。
「……待ってる、ッス…」
小さくそう言うと、買ったペットボトルを手に持っていそいそと外へと出ていく。残された私は甘く動悸がする心臓を静かに一人、ぎゅっと服の上から押さえた。
21時にバイトを終えてコンビニを出る。裏手のゴミ捨て場あたりの街灯のあまり当たらない所に停めてあるバイク。そしてその傍で座り込んでいる、彼。
「千冬くんっ!」
「…お疲れ」
駆け寄るとスっと立ち上がる。それからバイクに掛けていた学生服の上着を私の腰に巻き付けた。近づく距離に心臓がバクバクいっている。私よりも背の高い千冬くんの唇が目線に入ってきて思わず唇に力が入った。
「そ…んじゃ、行くか」
私用のヘルメットを被せてくれて、千冬くんの愛機に乗せられる。千冬くんも跨ると、私はまだ少し緊張しながらもその腰に腕を回した。
こうしてバイトが終わると家まで送ってくれる。そんな日々をどれだけ過ごしただろう。夜道は危ないと言われたけど、私には辞める選択肢はなかった。この場所は私達の出会いだから。千冬くんがこうして守ってくれるから、夜道だって怖くない。
私が腕を回すと毎回ピクリと少し動く千冬くん。顔は見えないけど、「しっかり捕まれよ」と男らしい声が落ちてくる。それから私の手に彼の温もりが重なった。
「ハルさんの手、あったけぇ」
「千冬くんは冷たい…ごめんね、待たせちゃって」
「それは言わない約束だろ? 俺が好きでやってんだから」
「…いつも、ありがとう」
コツンと彼の背中に顔を預ける。微かに肌に触れる鼓動は速くて、千冬くんの熱が伝わってくる。思わず腰に回してる腕に力が入る。千冬くんが出発の合図をして、私達を乗せたバイクが静かにコンビニを出た。
毎日千冬くんのことを考えて、こうして千冬くんに送って貰えて、どんどん好きが止まらない。それなのに千冬くんとはこうして触れるだけ。もっと触れたいと思うのは私だけなのかな。
私の家の近くの公園にバイクが止まる。いつもそこからは歩いて送ってくれる。千冬くんなりの気遣いだった。公園に着いても腕を離さない私に、千冬くんが戸惑いの声を見せる。
「ハルさん…? そ、そんなに引っ付いてどうしたんすか? 運転粗かった?」
「千冬くん」
「な、なに?!」
「離れたく、ないなって…」
勇気を出した言葉は思ったよりも小さくて、だけど千冬くんはちゃんと受け取ってくれた。黙られたらどうしようという不安を感じない程、むしろ少し被せるように、「俺も…」と呟き、私の手に自分のを重ねてくれた。もうその手は温かかった。
「ねぇ、顔見せて」
「だ、ダメっす! 今はちょっと、」
少し無理やり彼の顔を覗き込む。案の定顔を真っ赤にしてる千冬くんは可愛らしい。私だって緊張してるけど、同じように緊張してくれている千冬くんを前にすると、すごくすごく幸せな気持ちになれる。
「もうっ…見んなよ……恥ずい」
「可愛い、千冬くん」
「男なのに可愛いなんて嬉しくねぇよ…ハルさんにはカッコよく映らねぇと困るし」
「…十分カッコイイよ、千冬くんは」
千冬くんだけバイクを降りて私と向き合う。バイクに乗っている私の方が少しだけ視線が高い。顔を赤くした猫目な彼の視線が私を射抜く。ゴクリと唾を飲み込む音がした。
「可愛いのはハルさんのほう。俺の心臓がずっとうるせぇのはハルさんのせいだから」
「うん」
「だから、せ……せき…」
「うん、責任取らなきゃね」
そう言って私は彼の唇に自分のそれを重ねた。本当はしっかりリップ塗って、とかそれまでずっと考えてきた千冬くんとのキス。それは出来なかったけど、もう体が勝手に動いていた。
触れた瞬間、目を見開いていた千冬くんを薄目で確認する。だけど瞼をゆっくり閉じて、私の後頭部に手を回すと、唇を何度か触れ合わせた。
「ファーストキスって、イチゴ味じゃねぇんだ…」
そう呟いた千冬くんは、しばらく確かめるように私の唇を優しく触れていた。
何度も、好きと囁きながら―――。
君と私の甘い鼓動
(一緒にのぼる、大人への階段)