君には敵わない


「タカちゃん、おはよう!」
「ふぁ〜…はよ」
「寝不足? 珍しいね」
「ちょっとなぁ」

 背後からひょっこり顔を出して挨拶をするのは、近所に住む幼馴染のハルだ。暑いねぇ、なんて手で顔を扇いでる。それが俺を見つけて走ってきたからだって分かってて、しかも隠そうとしてるあたりがすっげぇ可愛い。
 顔がこれ以上赤くならないようにと煩悩を引っ込め、俺はカーディガンのポケットに入れていたそれを握りしめてハルの顔の前に差し出した。
 自然と止まるハルの足。俺も同じように足を止めて、それを凝視しながら「なに?」と小首を傾けるハルを可愛いと思いながらジッと見つめる。

「ネコ? キーホルダー?」
「そ。ルナとマナに作ったんだけど余ったからハルにもやるよ」
「え?! これタカちゃん作ったの? 凄い!」
「別に…凄かねぇよ」
「ううん、凄いよ! 嬉しい、ありがとう!!」

 ハルの掌に置いたキーホルダーはすぐさまハルによって抱き締められた。本当に嬉しそうにぴょんぴょん跳ねてる。ネコになりてぇ、なんて内心バカな事を思ってるなんてハルは知らない。俺がひとつついた嘘もきっとハルは気づかないだろう。

 ハルへの恋心がいつからなんて分からない。元々親同士が知り合いで、俺の母親は仕事でいない日もあったからハルの親が飯とか世話を焼いてくれてた。そのうち、ハルが家に来て手伝ってくれたりするようになって、気づいたらハルの一挙手一投足に心が動いていた。
 そして、ハルもきっと同じように思ってくれている。俺を慕ってくれている…と思う。だけどその気持ちを伝えられないのは、俺が東卍トーマンに属しているから、ハルを下手に巻き込みたくねぇってビビってるからだった。
 ハルにもし何かあっても俺が守る。それは変わらない。だけど俺の世界に連れ込んで怖がらせて、あの笑顔の色が変わってしまったらと思うと、言葉が出てこなかった。





「部長、まだ残りますか?」
「…もうちょいやってくわ。ってもうこんな時間か」

 手芸部の皆がぞろぞろと帰っていく。つい服作りに没頭してて教室内に夕日が差し込んでいることにも気づかなかった。今日は集会だから早く夕飯作んねぇと。色んなことを脳内で片付けてから、今朝のハルの言葉を思い出した。

――集会なら、私も夕食作り手伝うよ。一緒に帰ろう。

 そうだ、ハルは?
 いつも一緒に帰る時は早めに手芸部に顔を出してたはずだ。そんで俺がミシンやってんのを見たり俺の集中力を乱してた。なんで今日集中できたのか、もっと早く気づくべきだった。
 急いで教室に向かうもそこには誰もいない。もしかして何かに巻き込まれたか? 携帯を片手に仲間に連絡しようとした矢先、中庭の方から声が聞こえて足を止めた。

「お前、マジでちょろちょろウザイ! 三ツ谷くんだって迷惑してんの分からないの?」
「……」
「お前のこと何とも思ってないから、東卍トーマン内に知らされてないんだよ! 女なら守ってもらえんの! 三ツ谷くんの女になれないのにいつまでもちょろちょろしてて可哀想〜!」
「……」
「分かったなら、これ以上三ツ谷くんに馴れ馴れしくすんじゃねぇ」

 ハハハと笑う複数の女達。無意識に眉間に力が入り奥歯を食いしばっていた。ここからじゃハルの背中しか見えない。でもきっと泣いてる。
 普段なら女相手に凄む事もしない。手を上げることもない。でもこれは我慢できねぇ。そんなクソみたいな理由でハルを傷つけたら許さねぇ。

「馴れ馴れしくして何がいけないの?」

 何してんだ、と前に出ようとした時、ハルの声が聞こえて足を止めた。張り詰めたようなその声に俺の足が無意識に止まる。下を向いていたその頭は上がり、女達を真っ直ぐに見上げるハルが言葉を続けた。

「好きだから近くにいたいって思うのは当然でしょ? タカちゃんが迷惑って思うなら私に直接言うだろうし、見ず知らずのあたな達に言われる筋合いない。私が傍にいたいからいるだけ。東卍トーマンのみんなに守ってもらおうだなんて思ってないから」
「はぁ?! 生意気なこと言ってんなよっ!」

 振りあがった腕がハル目掛けて下ろされる。咄嗟に掛けよりその腕を掴んだ。

「誰に手ェあげてんだぁ?! ふざけた事してると殺すぞ。ハルは東卍トーマンじゃなくて俺が守るからいいんだよっ! これ以上コイツに構うんじゃねェ」

 不良相手に出すような低音が思わず出る。抑えたはずの怒りは、どうやら俺のキャパを超えていたらしい。女達は俺に謝りながら急いで逃げていく。俺じゃなくてハルに謝れ馬鹿野郎。
 ふぅ、と息が零れ視線をハルに向けると、「タカちゃん…」と小さく俺の名前を呼んだ。

「大丈夫だったか? つーか、呼び出されたならまず俺に言えよ…って、俺が原因って分かんねぇよな。悪かった、俺の所為だな。怖かったろ」

 ポンとハルの頭に手を乗せる。じわりと潤んでいく瞳。だけど涙が流れる事はなく、ハルは首を横に振った。

「怖くなんてなかったよ。だって間違ったことしてないし、言ってないし。それに、タカちゃんがくれたネコちゃんのキーホルダーが勇気くれたから」
「そっか」
「でも……」

 ハルが下を向いて俺のカーディガンの裾を掴む。それから俺の様子を伺うかのように上目で俺を見つめる。

「俺が守るって、本当?」
「あぁ、本当だ。また俺のことで呼び出されたら言えよ」
「ううん…これは私の戦いだから。私に文句があるなら私が受けて立つよ」
「ははっ、かっけーなハル。でも大人しく俺に守られておけ」
「……ねぇタカちゃん、私、」
「好きだ、ハル」

 女から言わせるなんて男がすたるだろ。俺の言葉に顔を赤らめ、目を潤ませるハルを思わず抱きしめた。初めて抱きしめるハルの体は思ったよりも小さくて、すっぽりと俺の腕の中に収まってしまう。

「私もタカちゃん大好き」
「あぁ」
「でも、私…心狭いの。さっきも殴られそうになった怖さよりも、タカちゃんが止めるためだとしてもあの人の手を触ったことが嫌で。私以外の人に触らないで欲しい、なんて…思っちゃうような女だよ?」
「ははっ、最高に可愛いじゃんよそれ」
「…最高なの? それって」
「あぁ。それに……俺も、ハルが思うような男じゃねぇぞ。本当はずっとこうしたかったけど覚悟がなくて言えなかった。それにあのネコ。本当はお前にあげるためだけに寝不足になってまで作ったのに、わざわざ妹達の名前出してついでなんて言わねぇと渡せない男だぞ。…情けねぇだろ」

 モゾモゾと俺の腕の中から顔を上げるハル。白状して顔が熱い俺と同じように、ハルの顔も真っ赤だった。

「それって最高だよ! カッコイイ男だよタカちゃんは!」
「あと……」

 ハルの耳に唇を寄せて小さく囁く。ボンと音は聞こえなくてもハルの頭上から熱が爆発したような気がして、余計に愛おしさが込み上げる。
 私も、と蚊の鳴くような声が鼓膜に響く。俺はハルの頬に手を添えて、ずっと触れたかったそのピン色の唇に優しくキスを落とした。




(ずっとキスしたいって思ってた…)

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