君が教えてくれたこと
「あ、お帰り〜」
「…勝手に入んなって言ったろ」
学校から帰って部屋に入ると、そこに居るのは飼い猫のペケJだけのはずなのに、俺のベッドにうつ伏せで横になりながら本を読んでいるハルが、「まぁいいじゃん」と呑気に返事をする。ハルは同じ団地に住んでいて、親同士が仲良くてよく部屋の行き来をしていた。正直、母ちゃんがめちゃくちゃハルを可愛がってる。だからこうして息子の俺を差し置いて部屋に先に入ってるわけだけど。
「そんなこと言っていいのかなぁ、千冬ぅ! これ、新刊だよ」
「おおっ、待ってたぜ!」
ハルの手にある新刊の少女漫画。自分で買うのは恥ずかしいからいつもハルに見せてもらっていた。すっげぇ続きが気になってたんだよなぁ。やったぜ。
荷物を放り投げてそれを手に取ろうとしたら、ハルがひょいっと腕を上げてそれを俺から遠ざけた。バランスを崩してベッドに顔をぶつけた俺をニシシと笑っている。ふざけんなクソッ。
「だっさーい!」
「ウルせぇっての…つーか、お前パンツ見えてるぞ」
嘘だった。
どーせ見えてないんでしょ、と鼻で笑うハルが想像できた。その言葉を待っていたのに、ハルは慌ててうつ伏せていた体を起こし、スカートをサッと直して座り直した。顔を真っ赤にして、「み、見た?」と小さな声で上目で聞いてくる。
あ、れ……。
「ほ、本当に見たの?」
「えっと…」
「千冬に見られた……最悪っ」
「ちょ、おい! ハルっ!」
涙目になりながら赤い顔をして、ハルは逃げるように俺の部屋から出て行った。何だよあれ…何だよあの態度は!
いつもと違うハルだったからなのか泣きそうだったからなのか、バクバクと心臓がうるさいくらいに鳴っていた。ギュッと締め付けられて苦しい。だけどこの感覚は、今に始まったことじゃない。ハルを見て動悸がするようになったのは、いつからだっただろう。もう覚えてねぇよ。
それからハルを学校で見かけるも、気づけば姿が見えなくてまるで俺を避けてるように思えた。頻繁に俺の部屋に来てたのにそれもなくて、母ちゃんが「ハルちゃんと喧嘩したの?」って心配してた。何だよ急に、マジで意味分かんねぇ。
帰ってハルが持ってきた少女漫画を読む。仲違いしていた二人が想いを通わせるシーンだ。いつもならそれを読んで胸がキュッとするのに、俺の脳にはあの日の泣きそうなハルの顔が張り付いて離れない。とりあえず嘘ついたことは謝らねぇとな。悶々とする気持ちを抱えたまま、本を持って別棟のハルの家へと向かった。
インターフォンを押すとハルんちの母ちゃんが出てきたけど、ハルは俺のところに行くと言って出て行ったと聞いて慌てて階段を駆け下りた。期待と不安と、言葉にできない感情がごちゃ混ぜだ。それでも、ハルに会いたい。顔が見たい。
「ハルっ!」
部屋に入ると、ベッドではペケJが丸くなって寝ていた。ふと視線を移すと、部屋の隅で体操座りをしているハルが小さく「おかえり」と零した。スカートの下にどこから引っ張り出したのか俺の体操着を履いてる。あれってパンツと一緒の引き出しに入れてなかったか? 見られたじゃねぇかパンツ!
動揺を隠してハルに近づき、隣に腰を落とした。微かに感じる温もりに安心する。このあとどうするのかなんて何も考えてない。さっきから考えようとしても頭回んねぇ。それでも、逃がしたくねぇ。
「…ハル」
「ん」
「ばーか」
「…は?!」
モジモジとスカートを弄っているその手を上から掴むように握り締めた。「ちょっと…」と手を引っ込めようとするけど更に強く握り締める。離れないように。離さないように。
「調子狂うことすんなよ…」
「え…?」
「急に来なくなったり、避けるようなことしたり……は、恥ずかしがったり」
「……」
「嘘だよあれ。見てねぇよお前のパンツ…からかっただけだ」
「……」
「そもそもあんな格好で男の部屋で寝転がってるハルが悪いだろ! 俺の気も知らねぇで…見れるもんなら見てぇわ俺だって」
黙ったままのハルがブッと笑う。この空気をなんとかしようとテンパって意味わからない言葉が次々出てくるし、全然キマらねぇし、最悪だ。誤魔化すように髪の毛をガシガシ掻いてると、ハルが俺の名前を呼んだ。ダセぇなと思いながら顔を上げた瞬間、頬に柔らかなものが一瞬だけ触れた。それがハルの唇だって分かったのは、ハルの顔が真っ赤だったから。俺の頬が熱かったから。
「…千冬になら見せてもいいよ、全部」
「は…ぇ……」
「私のこと全然女として見てくれないから悔しくてわざとベッドに寝転がってたの。知らないでしょ」
「マジ、かよ」
「ずっと好きだったの」
何それすっげぇ可愛いじゃん。思わぬ告白に顔が熱くなり無意識に手で口を覆うように顔を隠した。心臓がバクバクうるさい。ハルが好きだってうるさい。
「…俺も、ハルがすげぇ好き」
「気づくの遅すぎ」
「ごめん…」
「でも、好き」
ハルの口から紡がれる「好き」が俺の心臓を甘く突いてくる。疼く気持ちを抑えきれずにハルを抱きしめると、ハルは俺に擦り寄って抱きしめ返してくれた。
「キス、してぇ」
呟いた俺の言葉に少し体を離したハルは、静かに俺を見つめ上げて小さく頷いた。少女漫画のようにイケてる主人公でもねぇしハルからの告白なんて男として情けねぇけど、それでも……ハルを好きだって気持ちに嘘はない。
緊張しながらもピンクの唇に小さく触れて、おでこを擦り合わせた。顔が熱くて燃えそうだ。
「キスって柔らけぇな」
「いいよ、もう一回しても」
「…いいのか?」
「いっぱいしてよ。千冬だいすき」
「もぉ〜……可愛すぎかよ」
きっとどの少女漫画よりも、ハルの存在が胸キュンだわ。
君が教えてくれたこと
(いつかパンツ見せてくれよな)
(パンツだけでいいのぉ?)
(え……)