赤鬼と青鬼
「ナホくん、ソウくん。もう起きてよ。早くしないと遅刻しちゃう!」
二段ベッドの布団から覗く赤髪と青髪。それがふわふわと揺れるほど体を揺さぶるも、簡単には起きてくれない。仕方ない、とわたしは持ってきた二つの目覚まし時計をセットしてそれぞれの耳元に置いて支度をした。五分後、笑顔を貼り付けて悪態をつく赤髪と、まだ眠そうに目を擦りながら怒り顔でお礼を言う青髪が起きてくるだろう。
ここ河田家の朝は慌ただしい。わたし一人なら余裕のある時間も、なかなか起きてくれない二人を動かすのは一苦労だらかだ。でもその役を買って出ることで、わたしはこの家に気兼ねなく居られるんだと思う。
藍沢ハル、中学二年生。
早くに母を亡くし父子家庭で育てられていたものの、父が海外転勤となり、元々ぶっ飛んでる思考の父は何故か旧友の河田のおじさん宅にわたしを預けた。一度海外に行った時に空気が合わなかったのも一因だ。そんな生活は小学校に上がってすぐからだから、もうわたしにとってはこの河田家に育てられてたようなものだった。
河田のおじさんとおばさんの事をいつからかお父さんお母さんと呼び、二人の子供、双子のナホヤくんとソウヤくんとは
そんなわたしの役目は、共働きで忙しくしている両親に変わって、ナホくんとソウくんをちゃんと学校に行かせることだった。いつからか二人は喧嘩をしたり、いわゆる不良という道へと進んでいる。実のところ、河田のお父さんも昔そうだったらしい。問題を起こして謝ることがあっても、お母さんは「昔のあなたにそっくりねぇ」なんて笑ってる。
そんな河田家が、わたしは大好きだった。家族として接してくれて、きっとここに来なければ出会う事のない温もりを教えてくれる。海外にいるパパは頻繁に連絡くれるし寂しさなんて感じない。
それよりなにより、わたしの一日は忙しいのだ。
「食べ終わったらちゃんと食器浸けといてね! わたし今日早く行くから」
「あン? 聞いてねぇぞ」
「だって昨日急に決まったんだもん」
食パンを頬張りながらナホくんが笑顔で文句を言う。「ならもっと早く起こせや」とスマイリーなんて名前とは程遠い暴言を簡単に吐き出す。一方で、怒った顔というか真顔というか、無心で用意した朝ごはんを口に運んでいるソウくんは、「危ないから一緒に行くよ」とモゴモゴと話す。
「いいよ。学校くらい一人で、」
「そんなん俺らが許すと思ってンの? ふざけんなよ」
「ハルが一人で行って何かあったら大変だから、俺たちが守るよ」
「学校の登下校中に何かあることなんてないと思うけど…」
普通なら。だけど二人は不良で、目黒のツインデビルと呼ばれ、今では東京卍會という暴走族チームに所属している。そしてわたしは、そんな二人の妹として周囲に認知されているらしい。名字が違うことなんて誰も確認してくれない。だから二人がわたしを守ろうとしてくれるのは有難いけど、一緒に登校するのはいつまでも兄離れできないみたいで正直恥ずかしい。
「もしハルに何かあったら、俺らソイツ、殺しちゃうよ?」
「…ナホくん笑顔でそんなこと言わないでよ。分かった! じゃあ早く支度してね」
わたしの言葉に二人は猛スピードで支度をする。ナホくんもソウくんも、わたしをかなり溺愛している。その自覚がある。そしてそれを、兄離れしたいとは言いつつも心の奥では嬉しいと思っているわたしがいる。その矛盾に気がついたのは、最近なんだけど。
登下校は基本的に二人と一緒だけれど、一応わたしの交友関係も気にして無理やり一緒に帰るとは言わない。ただ学校帰りは買い物したりすることが多く、どちらか片方が荷物持ちとしてついてきてくれたりしている。
この日は、
西日が傾き住宅街をオレンジ色が包み込む。もうすぐ家に着くという所で、「藍沢さん…」と小さく声を掛けられてその足を止めた。近くの公園で恐らくわたしを待っていたのは、同じクラスの男の子だった。周りをキョロキョロ見る辺り、ナホくんとソウくんがいないか確認しているんだろう。
「なに? 今は二人ともいないよ?」
「良かった……あの、さ。俺…ずっと藍沢さんのこと気になってて、でもいつもお兄さん達がいるから声掛けれなくて。いつもここで待ってたんだけど、やっと話せるなって…」
しどろもどろに言葉を繋ぐ彼。いつも待ってたって言った? 聞き間違いだろうか。少し背筋が粟立つも、同じクラスだからと笑顔で相槌を打つ。
それが良かったのか悪かったのか。顔を上げて何なら少し鼻息荒げにグイッとわたしに近づいて、「俺、君のことが好きなんだ!」と告白をしてきた。わたしはその距離の詰め方に驚いてしまい、手に持っていた卵が入った袋を落としてしまった。
グシャリと卵が割れる音。それさえも目に入ってないのかジリジリ詰め寄る彼に、わたしはどうしてか足がもつれて地面に尻もちをついてしまった。こんな風に男の人と距離が近いのは初めてだった。いつも二人がいたから気づかなかったけど、ちょっと怖い。
「大丈夫? ほら起こしてあげる」
やだ、触らないで。怖い。
ナホくんソウくん、助けて――。
「テメェ誰の許可とってハルに近づいてんだァ?! そんなに死にてぇなら殺してやんゾ」
「怖がってるの分からないの? その汚ぇ手すぐ退かしてよ」
ギュッと無意識に瞑ったわたしの耳に届いたのは、音だけで怒りが伝わるナホくんとソウくんの声。わたしを抱きかかえて立たせてくれたソウくん、わたしの前に立ち背中で守ってくれたナホくん。安心する二人の存在に勝手に涙が溢れた。
視界で揺れる赤と青。これがツインデビル。赤鬼と青鬼と言われてるけど、わたしにとっては優しいお兄ちゃん達。
「「ハルに近づいてみろ、命はねぇぞ」」
二人の声が重なる。当然ながらビビって逃げてしまった彼だけど、その姿が遠くなって胸をなで下ろした。
「ハル、大丈夫? 怪我してない?」
「ソウくんありがとう。わたしが勝手に転けちゃっただけだから」
「どんクセェんだよハルはよぉ。ったく…おぶってやるから背中乗れよ」
「ナホくん…」
「スマイリー、それは俺がやるからいいよ」
「あ? 何言ってんだアングリー。お前はんな力ねぇだろ」
「はぁ?」
「ちょ、やめて! 二人で喧嘩しないでよっ…もう……卵がぁ…」
さっきの涙を引きずってか落ちてグシャグシャになった卵にさえ泣けてくる。ポリポリと頬を指で掻き目を合わせた二人が、右手と左手、それぞれにわたしの手を握りしめた。
「コンビニで買って帰ればいーだろ」
「泣かないで、ハル」
いつもはちょっと鬱陶しいとさえ思ってたこの距離も、実は居心地がよくて安心していたのだと思い知った。過保護に慣れすぎていたのかもしれない。それならもう、わたしはきっと二人以外の人とは仲良くできないんじゃ――
「…え、それは困る」
「「何が?」」
「ううん、なんでもない! あ〜二人が隣にいると安心する。来てくれてありがとう。なんかお腹すいちゃったね!」
「偶然通りかかって良かったぜ」
「何言ってんのスマイリー。ハルがいないからって探してたじゃん」
「おい、それ普通言わねーだろ。その方がカッコイイのによぉ」
「ふふっ…二人ともありがとう! ナホくんもソウくんも大好き!」
最後の言葉を口にしたことを、わたしはのちに後悔することになる。この日から更に二人の溺愛が加速するなんて、この時はまだ知らない。
赤鬼と青鬼