酔いが誘う知らない世界
教頭から小テストを増やすようにと言われてその準備をしていた私は、時計がすでに19時を回っている事に気がついて急いで学校を出た。
煉獄先生はまだ残っていた。帰る準備をしていると、「また日曜日に」と心地の良い声が届いて私は顔を赤くしながらも頷いた。どうにも照れてしまう。休日の予定を楽しみにしている自分に。
マンションに着いて玄関を開けると、すでに靴が幾つもあって散らかっている事にゲンナリした。同期としか聞いてなかったけどケータリングを頼むと言っていた時点で大人数なのは予想していた。でも帰国して早々これは許容したくない。ユヅキの家でもあるけど私の家でもあるというのに。
若干の苛立ちを抑えながらも部屋に入る。予想通りの散らかり具合に溜め息が出るも、いま片付けても同じだと放置することにした。
適当に挨拶をして私も何かを食べようと立ち上がろうとした時、「はい、これ食べて」と目の前に食べ物が盛られたお皿が差し出された。金髪に青色の瞳。同じ金色を持っていても煉獄先生とはまた違う。髪の毛も長めだけど、どちらかと言えば中性的な顔立ちだ。
アルミンと名乗ったその男は、私の隣に腰を下ろした。
「ハルは学校で何を教えてるの?」
急に馴れ馴れしく名前で呼ばれた。感情が顔に出ていたのかアルミンとやらが苦笑して、「ごめん、ユヅキと同じようにファーストネームで呼んじゃって」と弁解した。なんて察しがいいんだろう。
「別にいいよ、ハルで。学校だと先生って必ず付くから違和感があって。高校では古文を教えてる」
「古文?」
「日本の古い言葉とか物語。昔の人が書いた文を、その気持ちを想像しながら紐解いていくの。恋を題材にしてるものも多いから面白いのに、授業がつまらないのか寝てる生徒も多いんだけどね」
「へぇ! 何だか謎解きみたいだ」
目を輝かせて私の話を聞くアルミンは、次から次へと私に質問をしてきた。きっと日本の事が知りたいんだろう。異国で仕事をするのは大変だな、と食事を摂りながら丁寧に答えていく。知らぬ間に私自身に対する質問へと変わっていることに気づいたのは、食べ終えて片付けを始めようかと思った時だった。
「ハルは本当に恋人がいないの?」
「本当にって、どういう意味?」
「こんなに綺麗なのに放っておく人がいないんじゃないかなって思ったんだよ。眼鏡だってわざと地味なやつを選んでるのかなって。違う?」
察しのいい人は嫌いじゃないけど、それが自分に向けられるのは好きじゃない。私は真っ直ぐ視線を向けるアルミンから目を逸らして、「勘違いよ。日本に来るのにお世辞まで覚えてきたの?」と誤魔化した。そんな私にアルミンはそれ以上何も言わなかったけど、片付ける手を止めてその場を離れることもなかった。
周りを見るとみんなそれぞれ話をしたり寝始めてる人も多い。そろそろお開きな雰囲気なのに帰る気配がない。ユヅキを見ると、何やら馬面な男とベランダで話をしていた。
私はビンカンを詰めたゴミ袋を手に取ると玄関へと向かった。それを何故かアルミンが着いてくる。
「どこ行くの?」
「捨ててくるだけよ。各フロアにあるから玄関出てすぐそこ」
「僕が持つよ」
いいよ、と言い返す前に私の手からゴミ袋を取って靴を履くアルミン。何となく、彼は私の意見を聞いて行動するタイプだと思っていた。でも意外と強情なのかもしれない。
そこでムキになる必要もないと思い、一緒にゴミを捨ててまた部屋まで戻った。その間もアルミンは色んな話をしてくれた。ユヅキがどんな生活をしていたのかは殆ど知らなかったけど、仕事のことも生活のこともアルミンが代弁するかのように話してくれた。
私の知らない世界をアルミンが教えてくれているようだった。
「ねぇハル。もう少し話をしない? あ、でも……寝てる人起こしちゃうかな」
リビングでは雑魚寝のように寝ている人が半数いて、あとは客室に行ったのか姿がなかった。ユヅキもベランダからいなくなってるから、もしかしたら部屋に戻ったのかもしれない。
アルミンとはもう少し話をしたいけど、他の人達と混ざって客室に行くのは気が乗らなかったから、「部屋で話そうか」とアルミンを連れて自分の部屋に案内した。
部屋に入るな否や、備え付けられてるカウンターキッチンやらにアルミンが少し興奮している。私はあまり使わないのだけど、部屋から出ずに読書をしたい時とかには便利だった。それを話したら、「動かずに本をずっと読めるなんて最高だよ!」と目を輝かせていうから少し笑ってしまった。
「あ、ワインがある! ハルは飲むの?」
「ううん、あんまり。スパークリングワインをたまに飲むくらいかなぁ」
「僕飲みたい! ハルも付き合ってよ」
「でも……」
昨日お酒で失敗をしている。だから今日は飲むつもりはなかった。だけどアルミンが凄く飲みたそうにしてるから、「一杯だけね」と言ってそのコルクを開けた。
注いだ瞬間にグラスの中で弾ける玉が綺麗で見ていると、「ハルとの出会いに乾杯」とアルミンが私のグラスを鳴らした。口の中に広がるスッキリとした甘さ。お酒は強くないけどやっぱり美味しい。
「そういう言い方は外国では普通なの? 出会いに乾杯って」
「うーん、どうだろう。日本では言わないの? けど間違いではないでしょ、こうしてユヅキを通して出会えたんだから」
「まぁ、そうなんだけど……」
ふと煉獄先生を思い出した。煉獄先生は明朗快活で物事をはっきりと言うタイプだ。だからきっと同じように「出会いに乾杯」という言葉も言えてしまうかもしれない。でも、色恋には疎くて些細な変化にはなかなか気づかないと宇髄先生から聞いたことがある。前髪を切っても気が付かないタイプだと。
実際に、好意を感じ取っていてもそういう言葉を言われたわけではなかった。そういう私も敏感でもなければ自分の気持ちなんてもっと言えないのだけど。
「ハル? 聞いてる?」
「あ、ごめんなさい。少し考え事してた」
「もぉ〜!」
ぷぅっと頬を膨らませるアルミンは可愛い。小動物みたいだ。それを分かってやっているのかは分からないけど、今まで私の周りには可愛いと思う男性はいなかったから少し新鮮だった。
ごめんね、と軽く笑った私の空きかけのグラスに、アルミンが追加のワインを注いでいく。もう止めておこう、と何度も思ってはいたものの、アルミンとの会話が弾み、気づいたらワインの瓶がほぼ空になっていた。
「ハルってお酒強くないの? 大丈夫?」
「……ん…」
「ベッドまで運ぼうか」
アルミンに支えられてベッドまで歩く。意識があるのかないのかよく分からない酩酊状態だ。ベッドに上がる直前、足がもつれてそのままベッドに倒れるように転がる。私を支えていたアルミンが、いつの間にか私を上から見下ろしていた。
「……煉獄先生?」
視界がぼんやりとしていた。昨夜と同じ状況だからだろうか。揺れる金髪が違うものだと理解しているのに、私の口から漏れたのは想い人の名前。ダメだ、早く離れなきゃ。そう思っているのに身体は動かなくて、アルミンの手が私の頬に触れても微動だにできない。
「それ、誰? 恋人はいないってユヅキが言ってたから、もしかしてハルの好きな人かな」
「……んっ…」
「僕、ハルのこと興味あるんだ。もっと知りたい、ハルがどんな人なのか。どんな顔をするのか。どんな声を出すのか……」
「アルミン、待っ…」
頬を撫でていた指が眼鏡を外し、更に視界がぼやけた。まるで視覚を奪われたかのように滲んだ世界が広がっている。途端に耳にかかった吐息に、思わず声が漏れた。
「ひゃあ……ゃだ…」
「かわいい、ハル。素顔が見られるのって特別感あるよね」
「アルミ、んっ……!」
止めて、という言葉はアルミンの唇によって喉の奥へと押し返されてしまった。唇が塞がれ、すぐに入ってきた舌がまるで生き物のように私の口内を動いていく。奥に縮こまっていた私の舌を見つけると、すぐさまそれを絡めとって吸われた。
アルコールの所為で思考が鈍っている。私が好きなのは煉獄先生だ。彼以外の人に触れられたいとも思わない。それなのに、アルミンのキスを気持ちいいと思ってしまう。まるで脳が麻痺させられたみたいだ。
抵抗する声も空気に触れることなく、触れ合う唇の中でくぐもって耳に響くだけ。アルミンの手が服の中に入って背中にまわり、片手でパチンとブラのホックを外されているのに、脳も身体も言うことを聞いてくれない。
浮いたブラの隙間からアルミンの手が入り、掌で胸を揉みしだかれ指先がその先端に触れる。思わず漏れてしまった声が、ちょうど離れた唇の隙間から零れ落ち羞恥を運んでくる。
「……んぁっ、だめ……」
「ハル、着痩せするタイプ? 僕の手のひらに収まらないや」
「んっ……ぁあっ…ゃ……」
「本当かな。ハルのその顔、めちゃくちゃ僕のこと煽ってるの気づいてないの? 感じてよ、僕で」
「ひゃああっ、やぁ!……あぁ……アル…んんっ」
ブラを上に捲られてアルミンの舌がすでに硬くなった乳首をねっとりと舐め上げられる。舌全体で乳輪を舐め、舌先は乳首を弄ぶ。気持ちとは裏腹に、私の身体は従順だ。子宮の奥が甘く疼いてしまう。
これは夢だ。きっとそうだ。今までこんな行き当たりばったりでセックスした事なんてないのに。こんな事許されないのに。
触れるアルミンの手が優しくて何も考えられない。
「ここ、もういっぱい濡れてるね」
「あっ……だめぇ、アルミン…ぁああっ…」
「ハル、かわいい」
脳裏に靄がかかって、今すぐ思い出したい赤が混ざる金色の髪もハツラツとした声も顔もすべて霞んでしまう。私は淫猥な声を抑えきれずに、アルミンの背中に腕を回した。
酔いが誘う知らない世界