この想いを伝えたい

 宇髄先生から助言をもらい、当たって砕けろ精神で煉獄先生に想いを伝えることにした。すべてを伝える必要はないと宇髄先生は言っていたけど、私の性格上それを隠したままというのが出来ないだろう。だからすべてを話して好きだと伝えたい。例え、この恋が終わったとしても。


「出張……」


 午後の授業を終えて職員室に戻ると、煉獄先生の机がスッキリしている事に疑問を持った。急いでホワイトボードを確認すると、そこには夕方から出張と書かれていて、今日にでも煉獄先生と話をしたいと思っていた私は出鼻をくじかれた思いだった。
 そう言えば、ドライブをしていた時に言っていた。今週は研修や剣道部の外部コーチで忙しくなると。明日も時間はないんだろうか。いま伝えたいのに。いま会いたいのに。





 家に帰ると、室内が妙に慌ただしかった。保護猫の部屋からは数匹の猫の鳴き声が聞こえ、中を覗いているとそこにユヅキとマルコがシャワールームから猫を抱えてやってきた。お邪魔してます、とでも言うようにマルコが小さく会釈をする。


「ハルお帰り! あ、マルコこの子先に乾かしてあげて。ハルごめん、事情は後で説明する。まだ洗ってあげたい子がいるんだ」
「あ、うん。ご飯は? 簡単に食べられる物作ろうか?」
「わぁ嬉しい! サンキュー!」


 保護猫達のことはユヅキから聞いてはいたものの、傷ついた猫達を前にすると胸が痛んだ。なんの役にも立たないかもしれないけど、少しでも私も力になりたいと思う。
 おにぎりを握っていると、玄関のチャイムが鳴った。通常ならマンション入口にいるコンシェルジュの人達から訪問客の連絡が入るはずだ。直接来るなんて誰だろう、と戸惑っていると、部屋からユヅキが、「ハル出てー!」と叫んだ。
 ユヅキの仕事関係だろうか。私はドアフォンを確認せずに玄関の鍵を開けた。そこに立っていたのは、ユヅキの同期であるジャンと、アルミンだった。意図せず胸の奥がドキンと深く脈打つ。


「ユヅキに頼まれて来た。ユヅキは?」
「えっと、お風呂場で猫ちゃんを洗ってるけど」
「アルミン、俺手伝ってくるわ」


 ジャンが私に要件だけを言い、意味有りげにアルミンを一瞥すると、私の横を通り過ぎてお風呂場まで直行した。呆気に取られている私なんてお構い無しだ。
 ちょっと待ってよ。アルミンはもうマンションに来ないって言ったよね。なんでいるの。ユヅキの嘘つき!
 今にも叫びたくなった思いを何とか抑えた。何故アルミンがいるのだろう。もう関わることはないと思ったのに。


「ハル」


 まだ玄関に立ち尽くしたままのアルミンが、靴を脱ぎ私の前で歩みを止める。縮まる距離に無意識に後退りをしてしまう。そのままジャンについて行けばいいのに、と思うも宇髄先生の言葉を思い出し、アルミンの足元を見ながら「こんばんは」と挨拶をした。我ながら愛想がない。


「そんなに警戒しなくても襲ったりしないよ」
「なっ……」
「けど、会いたかった。ハルに会いたかったよ」


 私の意図に反してカァーっと身体が熱くなる。アルミンの言葉はストレート過ぎて、照れてしまうのだろう。手を伸ばし私の頬をひと撫ですると、アルミンもお風呂場の方へと行ってしまった。お願いだから、その熱を帯びた目で見つめないで欲しい。

 それからすぐにリビングに戻っていた私の元へアルミンがやってきた。仕事着なのだろう、白衣を身に纏っていて雰囲気が一変する。
 どうやらユヅキが不在の間は交代要員が来るらしい。保護活動は夜通しだったりして生活が不規則になる。保護した猫達をしっかり観察する為にも、ユヅキ一人では限界があるからということだった。


「社員証をコンシェルジュの人に提示すれば通してくれる事になってるけど、この部屋の鍵は持ってないから必ずユヅキかハルがいる時にしか僕達は来ないよ」
「そんなに大変なんだね、保護するの。私なにも知らないや」
「保護した猫は、お世辞にも綺麗とは言えないし病気だって持ってるかもしれない。それでも僕達がその小さな命を守ってあげないと。まず捕獲が第一だけど、その後の観察も大事になるんだ。怯えてる子もいるからその子のペースに合わせてね。だからこうして人の出入りが頻繁にあると思う」
「それはいいけど……」


 少しだけ自分が恥ずかしくなった。アルミンがマンションに来た時に何しに来たのかと勝手に先日の思いを引きずっていた私とは違い、アルミンは仕事としてこの場所に来ていたのだ。次々と支度を始めるアルミンを見つめていると、「どうかした?」と小首を傾けて蒼い瞳を私に向ける。


「……ううん、何でもない。何か私に手伝えることがあったら言ってね。私も力になりたい」
「ありがとう。ねぇ、それっておにぎり?」


 カウンターに置いていたまだ作っている途中だったおにぎりをアルミンが指さした。私が頷くと、「食べたい!」と目を輝かせて近づいてくる。


「ユヅキ、没頭すると何も食べないから……もしかしてみんな夕飯はまだ?」
「うん、研究所から直行したから」
「じゃあちゃんとしたご飯作ろうか?」
「いや、すぐに作業するから大丈夫だよ。普段も時間のある時に軽く食べるときの方が多いんだ。ハル、それ食べていい?」


 握りたての私の手の中にあるおにぎりを指さすアルミン。海苔を巻き、「どうぞ」とアルミンにそれを差し出すと、おにぎりではなく私の手首を持ってそのままパクリと一口食べた。私の指も一緒に。


「ん、」
「ちょ、な、」
「うん、おいしい!」
「もう、自分で持ってよ! アルミンのバカ!」
「バカは酷いなぁ」


 笑いながら私の手から残りのおにぎりを受け取ると、カウンターに座りながらそれを頬張った。何個かお腹に入れ、背筋を伸ばすように両腕を上げて伸びをするアルミンに、私はいい香りがするとリヴァイさんが置いていった紅茶を入れてあげた。


「へ? 僕に?」
「うん。今から徹夜なんでしょ? 珈琲のが良かったかな。でもこれいい香りするの」
「本当だ。凄くいい香り」


 おにぎりに紅茶なんて合わないけど、私もアルミンと一緒にその香りを楽しんだ。
 それから、アルミンはずっと部屋に篭って仕事をしていたらしい。私が寝て起きて、ユヅキの朝ごはんを用意しているとアルミンが目頭を押さえながら部屋から出てくる。ずっと寝てないんだろうか。


「アルミン、お疲れさま。大丈夫?」
「ずっと痙攣している子がいたんだけどやっと落ち着いてくれたよ。ハルは今から仕事?」
「うん。朝ご飯作ってるから、ユヅキと食べてね」
「ありがとう」


 眠そうに近づいたアルミンが私の手を取った。振り払う間もなくその手がアルミンの頬に寄せられる。


「本当はハグでもしたいけど、毛がついてるし我慢する。でも、ちょっと充電させて」
「アルミン……」
「顔が赤いってことは、少しは僕のこと意識してくれてるの?」


 意識はしてるのかもしれない。だけど、それはアルミンの気持ちとは違う。私はその気持ちに応えることができない。胸の奥で私の心を照らすのは、ただ一人だから。


「ごめんなさい、アルミン。私……好きな人がいるの。だからアルミンの気持ちには応えられない」
「うん、知ってる」
「……でもこういう事されると、ドキドキもする」
「あーもう、ずるいよハルは」
「アルミンの仕事してる姿みれて良かった。ちょっと見直したよ」


 好きって言ってくれてありがとう。
 私の小さな囁きに、アルミンが顔を赤くして視線を逸らす。いつもの勝気な彼とは違う反応。もしかしたらこれが本当のアルミンの顔なのかもしれない。


「見直すだけじゃなくて、惚れ直してくれてもいいんだよ」
「そもそも惚れてません」
「ハルは頑固だなぁ」


 笑うアルミンに私もつられて笑った。過去に起きた事は消せないけど、こうしてアルミンと顔を合わせて話が出来るようにって良かったかもしれない。ちゃんと自分の思いを伝えることが出来た。自己満足かもしれないけど、少なくとも、これで私は前に進むことができる気がする。




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