散りゆく恋と、燃ゆる愛

 自分の気持ちを偽っていた事、過ちを隠したまま気持ちに応えられないと思った事、煉獄さんの想いから逃げていた事―――自分の思いつく限りの気持ちを、細々と吐露した。
 どんな風に思われるのか、怖くて自分の手を握りしめながら言葉を繋ぐ。受け入れてはくれなくても、私の本当の気持ちを伝えたかった。知っていて欲しかった。
 一呼吸を置いて深く息を吐く。私が話しをしている間、煉獄さんの顔はまともに見れなかった。
 暫くの沈黙のあと、「そうか」と煉獄さんの声が耳に届いた。


「顔を見せてくれないか、ハル」
「け、軽蔑しましたか? 私……初対面の好きでもない人とそういう事、」
「どうだろうな。正直色んな告白があって驚きはしたが……ハルの行動を咎めようとも軽蔑するとも思わない。むしろ、正直に話してくれて嬉しい。俺の想いを断った理由がちゃんとあって、それが俺を好きだから自分を偽れないという気持ちからと知って、正直安心している」
「煉獄さん……」
「ハルは俺のことが好き、なのだな」
「はい」
「俺も、ハルが好きだ。その話を聞いても聞かなくても、俺の気持ちは何も変わらない。それくらいの事でハルへの想いが消えることはない」


 嬉しくて、嫌われてないと安堵して、溢れる涙を両手で顔を覆い隠した。
 今までの私は、争いごとも面倒なことも避けて生きてきた。自分を曝け出すのが怖くて、人の顔色を伺って。自分を隠すだけで周りがうまくいくのであれば、それでいいって思っていた。でも、煉獄さんだけには嘘はつきたくない。私のすべてを知ってて欲しい。
 顔を覆っている私の手を優しく掴み、私の名前を呼びながらその手を包み込む。涙でぐちゃぐちゃであろう私の顔を見て、煉獄さんは微笑んだ。


「俺の恋人になってくれるだろうか?」
「……はいっ。好きです、大好きです。煉獄さ、」


 逞しい腕が伸びてきて私の後頭部に触れると同時、想いを伝えていた唇が甘く塞がれた。目を閉じその優しい温もりを感じていると、唇の隙間から湿りを帯びた舌が入ってくる。その瞬間、背筋がゾクゾクと震え身体の奥が甘く疼いた。


「君が酔うと開放的になるのは知っている。だがそれもすべてこれからは俺だけだ。その顔も、すべて」
「煉獄さん……、杏寿郎さんって呼んでも?」
「いいに決まっている。もっと呼んでくれ」
「杏寿郎さん」
「ハル、愛している」


 また近づく顔に目を伏せる。与えられる甘く痺れるような口付けを、息が出来なくなるまで繰り返していた。





 杏寿郎さんにマンションまで送ってもらった。車を降りる直前も、杏寿郎さんは私に触れるだけのキスをした。埠頭でキスをしてから火照っていた身体が落ち着いてきたと言うのに、またその甘い熱がぶり返す。まるで初体験をした後のような気恥しさに、私は急いでコンシェルジュの人に挨拶をしてエレベーターに乗り込んだ。
 エレベーターの扉が閉まる直前、「待って!」と声が聞こえ扉がまた開く。そこにはアルミンが少し息を切らせて立っていた。


「アルミン、今から?」
「うん。ちょっと新薬のことで相談があって。それにそろそろユヅキが保護しに向かうみたいだから」
「そう……」


 ゆっくりと上昇しているエレベーター。いつもと変わらない速度なのに、何故だかいつもより遅く感じた。
 アルミンに杏寿郎さんとの事を話す必要があるのかどうか。私の気持ちはもう伝えてあるけど、その先の結果を言うべきなのかが分からなかった。言う方は別に構わないけど、気持ちに応えられないと伝えた上でさらに言う必要があるのか。傷口に塩を塗るだけにならないのか。私ならそんな報告いらない。
 そんな事を考えていると、最上階へ着いたエレベーターが静かに止まり扉が開く。先に出るように私を促したアルミンにお礼を言い、玄関へと向かっていた時だった。
 突然引かれた手。耳にかかる吐息。後ろから抱きしめられたのだと脳が認識するのに時間が掛かり、突然の事に声も出なかった。


「な……離し、」
「お願い。これで最後だから」
「……アルミン?」


 思いもよらないアルミンの声色に、剥がそうとしたアルミンの腕を掴んだまま動けなかった。心無しか震えている。私の名前を呼んで、その腕をさらに強めた。


「伝えたの? 好きな人に」
「……うん。全部話したよ。それでお付き合いすることになった」
「……そっか。優しそうで素敵な人だったね」
「え?」


 咄嗟に振り向くと、眉を下げたアルミンな儚く微笑んだ。もしかして、車から降りる時にアルミンは近くに居たのかもしれない。そう考えると、アルミンの行動に肯ける。


「ハルは言わないと思ってた。自分の事を悔いてたから。ちゃんと向き合ったんだね」
「ユヅキのおかげ、かな。それにアルミンも」
「僕なんて……ハルの弱みにつけこもうとしたずるい男だよ」


 ごめんね、という切ない声が私の鼓膜を揺らす。それからアルミンが続けた言葉に、涙が溢れて止まらなかった。


「あの日、僕達には何も無かったよ。途中でハルが寝ちゃったから……ごめんね、騙してて。本気で手に入れたいと思ったんだ。好きだったよハル……幸せになってね」





 重厚な門。昔ながらの日本家屋。お屋敷という言葉がしっくりくるこの家は、杏寿郎さんのご実家だ。道場を営んでいるらしく、敷地内には大きな剣道場が隣接されていた。
 杏寿郎さんとのお付き合いが始まって最初の週末。私はこの煉獄家へ招かれた。正直、実家に来て欲しいと言われた時には驚いた。勿論私は杏寿郎さんとの将来も含めてのお付き合いのつもりでいたけど、それにしても急すぎではないだろうか。また私達は唇しか触れ合っていないというのに。


「初めまして、一条ハルです」


 杏寿郎さんから恋人だと紹介され、緊張しながら頭を下げる。杏寿郎さんに似たお父様と弟さん、それから凛とした佇まいのお母様はみんな私を快く招き入れてくれた。
 弟の千寿郎くんに「お姉さん」と呼ばれ、思わず顔が赤くなる。でもそれを否定していいのか分からず、苦笑いをしていると杏寿郎さんが笑って千寿郎くんに伝えた。


「少し気が早いが、いずれそうなるのだから好きに呼ぶといい。優しい姉ができて嬉しいな」
「はい!」
「私達の事も、お義父さんお義母さんと読んでくれて構いませんよ。ねぇ、慎寿郎さん」
「そうだな瑠火……素敵なお嬢さんじゃないか」


 食事を囲みながらそんな会話。絵に書いたような家族。思わず下を向いて唇を噛んだ。そうでもしないと目尻に溜まった涙が瞬きしたら落ちてしまいそうだった。


「ハル? どうかしたか?」


 杏寿郎さんの心配声が届き、私は素早く涙を拭うと顔を上げて笑った。私は幸せです、そう伝えるように。

 その日の帰り、ドライブをしながら杏寿郎さんにマンションまで送ってもらった。近くの路肩に停まった車。その後伸びてきた杏寿郎さんの手が私の頭を優しく撫でる。


「今日はありがとう。家族に君を紹介できて嬉しかった。だが少し疲れたか?」
「いえ、疲れたなんて。私こそ……」
「何か思うことがあるなら言ってくれ。俺はそういうのを察するのが苦手だ。ハルの考えてることを知りたい。だから教えて欲しい」
「……凄く温かかったんです、煉獄家の皆さんが。私の家族とは正反対で。なんて言うか、家族の愛を知らない私がその中に入っていってもいいのかなって」
「何を言っている。もうハルも俺たちの家族だ。知らなければこれから知れば良いではないか。俺はハルと温かな家庭を築いていきたいと考えている。それに、愛を知らないというなら俺が嫌という程教えてやる……まったく、ハルは泣き虫だな」


 頬に伝う涙を杏寿郎さんが指の腹で優しく拭う。触れたところがジンと熱く痺れた。いつもは凛々しい顔をしている杏寿郎さんの、眉を下げた優しく微笑む表情を何度見ただろう。これからもずっとそばで見ていきたい。そして私も知りたい、色んな杏寿郎さんを。
 頬を包む手に、自分の手を添える。熱を帯びた目で杏寿郎さんを見つめればその端正な顔が近づき、まるで吸い寄せられるように唇が触れ合った。
 そこから身体中に熱が注がれるように火照っていく。甘く痺れる口付けに、私は杏寿郎さんの手を握りしめ口端から零れた吐息と共に、人生初の台詞を零した。
 その時の、私を見つめる雄々しい杏寿郎さんの顔は一生忘れないだろう。




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