君の笑顔が一番の癒し**実弥

 窓から降り注ぐ陽射しとカーテンを靡かせる風が心地よいこの場所は、中高一貫校キメツ学園の保健室だ。
 高等部の保健医である一条ユヅキは、今日も白衣を身に纏い、体調不良や怪我で訪れる学生を診つつ、外からの風を感じながら事務作業を進めていた。
 シャーッとカーテンが引かれる音がして体を向ければ、先程まで寝ていた生徒が目を覚ましベッドから降りていた。体調不良ではない、サボりの生徒だ。


「あら、もういいの? 無一郎くん」
「うん。まだ眠いけど、もうすぐ昼だから」
「本当だ! もうそんな時間だったんだ」
「堂々とサボらせるなんて、ユヅキ先生って変だよね。怒られない?」
「それ、君が言うかなぁ! 例え怒られたとしても、この場所が必要な子がいるなら大歓迎よ」


 ユヅキがそう言って笑うと、無一郎は口許を少し緩めて笑った。
 普段は感情が分かりにくくボーッとした表情をしている無一郎でさえも、思わず笑顔にしてしまうこの場所は、学園の癒し処と言われている。
 無一郎以外にも、保健室にサボりに来る生徒はいるが、ユヅキはその理由を深く追求することなく受け入れている。
 ただ寝るだけの生徒もいれば、話し相手が欲しくてやって来る生徒もいる。時間の許す限りみんなの相手をしている彼女がいる保健室だからこそ、そう言われる所以であった。







 無一郎が出ていった後すぐに、ガラガラと音を立てて引き戸が開いた。
 今度は誰だろう、と手を止めて書類から視線を入口へと向けると、そこに立っていたのは生徒ではなく、普段からシャツを第二ボタンまで大きく開けている数学教師、不死川実弥の姿があった。
 インナーを着てはいるものの、シャツのボタンを開けている所為で、生徒の親からはクレームが入ることも多いがそんな事は一切気にせず我を通している。この学園にはそういう癖のある先生や生徒が多いのだ。


「誰も居ねぇのかァ」
「わたしが居ますよ、実弥先生!」
「違ぇ、生徒だァ……分かってて言うんじゃねェ」
「ふふ、すみません。また頭痛ですか?」


 実弥は、この保健室によく足を運んでいた。偏頭痛持ちだという実弥に、本来学校では薬を渡してはいけないのだが、彼は生徒ではなく教師だからいいかと、頭痛と言ってやってくる実弥に彼女は頭痛薬を渡していたのだ。
 悪いなァ、と言いながらそれをスラックスのポケットに仕舞う。
 その場で頭痛薬を飲まない理由はただ一つ。偏頭痛というのが単なる口実でしかないからだ。
 最初は本当に頭痛がして保健室に薬を貰いに来ていたのだが、いつしか彼女会いたさに、頭痛を理由にこうして保健室に来ているのだ。
 見た目に依らず、奥手な男である。
 そんな事を知らないユヅキは、少し顔が赤くみえる実弥に近づき、そっと手を彼の首筋に置いた。
 生徒ならおでこに触れるその手だが、背の高い実弥の額は届かないと判断し首筋にしたのだが、それが余計に実弥に熱を与えることになるなんて彼女は思っていない。
 不意に彼女の手が触れた事で思わず目を見開いた実弥は、口をポカンと開けて何も言葉が出なかった。
 脈が速くなって、顔が熱くなっていく。
 そうとも知らずにユヅキは実弥の首筋に何度か触れて、近い距離で彼を見上げ、「熱いですねぇ」と小首を傾けた。


「熱がありそうですけど、横になりますか? チャイムが鳴ったらお昼休みだし」
「熱はねぇから大丈夫だァ」
「でも、」


 ユヅキが触れていた手を、咄嗟に実弥が掴んだ。言葉が引っ込んだユヅキは、自分を真っ直ぐ見つめる彼にカァーと顔に熱が集まってくるのが分かったが、身動きが取れずにいた。
 二人の時間が止まったかのよう。耳元で心臓の音が聞こえてるんじゃないかってくらい煩い。


「そんな触られると、熱くなんだろォが…」
「実弥、先生?」


 この状態で、頬を赤らめ上目遣いで名前を呼ぶユヅキは、天使か小悪魔か。
 実弥が思わず、その体を抱きしめてしまいたいと思った瞬間に、校内に授業の終わりを知らせるチャイムが鳴った。
 お互いにパッと触れていた手を離した。ドキドキと鼓動を鳴らし、真っ赤になっている二人に、そよ風が頬を撫でていく。
 照れ隠しでユヅキが実弥にニコリと笑いかけた。この笑顔に彼の心はギュッと鷲掴みにされているのだ。


「お、お昼の時間ですね!」
「…だなァ」
「……」
「また、来ていいかァ」
「はい! いつでも待ってます! 頭痛無理しないで、いつでも来てください」


 ユヅキの頭にポンと実弥の手が触れる。
 そういう事じゃねぇんだがなァと思いながらも、彼女の柔らかな手に触れた事が嬉しく、満足していた実弥だった。
 少し目を細めてから出口へ向かった実弥を、彼女が名残惜しそうにそこに触れながら、熱い視線で見送っている事を、まだ彼は知らない。




(癒しという名の、恋の訪れ)

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