心焦らす共鳴**杏寿郎

 定期的に行われる慰労会。
 強制参加ではないが、学校の大きな行事が終わった後に、御用達の居酒屋で行われる飲み会は、いつにも増して賑やかだった。


「おい、ビール足んねぇぞ! 冨岡頼め」
「…俺はいらない」
「はぁ? 違ぇよ! お前が丁度良い所に座ってんだよ! 地味に良席座ってんじゃねぇぞ」
「不死川とユヅキはうまくいったようだな!」
「あぁ、そーみてぇだなぁ」


 杏寿郎の言葉に、その場にいた三人が視線を送った先には、実弥の隣に座って笑っているユヅキの姿があった。
 少し前までこの店で実弥への想いを吐き出していたというのに、とまるで親心が芽生えたかのように三人とも微笑ましい二人を見ていた。


「ありゃ抜けるな」
「……既に不死川がユヅキの手を握ってる」
「見えてねぇとでも思ってんのかぁ?! ムッツリスケベ野郎だな不死川は!」
「指も絡めている」
「ケッ! イチャついてんじゃねぇぞ」


 天元と義勇の会話を余所に、杏寿郎が腕時計を確認し、スマホの画面をチェックし始めたので、天元が「何だよ、呼び出しか?」と怪訝そうな顔をする。
 まだ中学生の弟がいるため、たまにそのような事はあったのだが、今回はそれとは違う。
 ビールではなく珍しく烏龍茶を飲んでいる杏寿郎は、隠すこともなく「いや、ハル先生だ」と天元と義勇へ告げた。


「実は今日、彼女は残業のようでこの場に誘ったが断られた。だから仕事が片付いたら家まで送ると伝えてあったのだ!」
「ほほう…なるほどなぁ! それで烏龍茶か。送り狼にでもなるつもりかよ!」
「送り…狼? なんだそれは」
「ハァ? ただ送るだけかよ…そんなの冨岡でも出来るわ!」
「心外!」


 天元の言葉を聞いて顎に手を置き考えていた杏寿郎には、義勇の叫びは届いていない。
 束の間の沈黙の後、若干顔を赤くした杏寿郎は、「そのような事はもっとお互いを知ってから…」等と饒舌になったので、天元は杏寿郎の肩に腕を回しニヤつきながら耳打ちをした。
 目を見開いたまま表情が固まっていた杏寿郎が動いたのは、彼のスマホが震えてすぐだった。





 学校まで迎えに来た杏寿郎に、「わざわざ、すみません」と頭を下げたハルは、杏寿郎がいつもと少し違う雰囲気である事を気にかけた。
 体調が悪いのかと聞くと、杏寿郎はハッとしたように目を開き「問題ない! では、送ろう」と歩き出した。
 あの夜から恋人同士になった二人だったが、これと言って進展はなく、ただ想いを伝えあっただけだった。
 二人でこうして帰ることは増えたが、大人の恋としてはもどかしく、天元曰く、生徒達のほうが進んでいるという程だった。
 少し歩いてから、杏寿郎は先程の天元の言葉を思い出し、少し斜め後ろを歩くハルを横目見た。すぐに目が合った事で、ハルが自分を見ていたのかと思うと体温が上がったが、ゴクリと喉を鳴らした杏寿郎は少し汗ばんだ手をハルへと差し出した。


「手を繋いでもよいだろうか?」
「は、はい!」
「何だか、緊張してしまうな…ハハ!」


 距離が縮まった事で、煩くなった心音を誤魔化すかのように笑った杏寿郎だったが、ハルが手をギュッと握り直してくれた事で、緊張はしていたが程よい安心感を覚えた。
 緊張しているのは自分だけではないのだと、顔を赤くしてるハルを見て分かった。杏寿郎は呼吸を整えると、ハルの手を引くようにゆっくりと歩き出す。


「ハル先生と恋人になれた事が未だに信じられなくてな。驚くほどに浮かれている。だからもし負担になるような事があったら言ってくれ」
「負担なんてないです! 私も、浮かれてます。こうして帰れるのも手を繋いでるのも…凄く嬉しいです」
「そうか。同じ気持ちなのは喜ばしいことだな!」
「あの、煉獄先生?」
「何だ」
「……良かったら、ご飯食べませんか? うちで。あ、もうなにか食べてきたならいいんですけど。でもお茶くらい出せますし…その……もっと一緒に、いたいなって」


 恥じらいながらも言葉を繋げたハルに、杏寿郎の心拍数は急上昇した。
 一生懸命な姿が愛おしく、今すぐにでも抱き締めたいと思った。伸ばした手をハルの頭に乗せると、「俺も、同じ事を思っていた」と杏寿郎はハルに笑顔を向けた。





「どうぞ、散らかってますが」
「失礼する!」


 程なくしてハルのアパートに着いた。
 散らかっていると言ったハルは先に上がると、机の上に置いたままの本などを適当に片付けた。
 シンプルな部屋だが、ソファには少し古びたクマのぬいぐるみが置いてあり、それが女子らしさを出していた。
 お茶を出し、杏寿郎に寛ぐように伝えたハルは、台所へと行き料理を始め、杏寿郎が部屋を眺めている間にお盆にいくつか料理を乗せて戻ってきた。
 家事のために纏められた髪やエプロン姿は、今の杏寿郎にとって更に心が高鳴るものだった。何度も心の中で「よもや」を繰り返してる。


「お誘いしてなんですが…あり物しかありませんでした。すみません」
「いや、問題ない! むしろあり物で作れるのが凄い。俺は料理は不得手だから尊敬する!」
「お口に合えば、嬉しいです」


 少し小さめのテーブルを垂直に囲うように座った二人の距離は、幾分か縮まったように見えた。
 杏寿郎が何度も「うまい!」を連呼するあまり、ハルは可笑しくて笑ってしまい、そんなハルを見て杏寿郎は照れながらも目を細めて笑った。
 片付けを遠慮するハルを説得し、二人で洗い物をし、食後の珈琲を手に並んでソファに腰掛けた。
 一人暮らしの部屋に置かれたソファは、大人ふたりが座って少し余裕がある程度の大きさだったが、体の大きな杏寿郎との距離は狭く、体の熱が伝わってしまいそうな程だった。
 最初、二人の間に座っていたクマのぬいぐるみだったが、杏寿郎がハルとの距離を詰めたいが為に、「すまないな」と丁寧に断り、棚の上に移動させた。
 それがハルにとっては嬉しく、杏寿郎への想いが更に膨れ上がっていた。
 触れたい、という思いが溢れていく。
 他愛もない会話を繰り返してはいるものの、二人の意識が重なり合い、何度か視線が交わりそこに熱が帯びていくのが分かる。
 真面目な性格の杏寿郎は、天元が言うような事は今日は駄目だと頭で思いながらも、膨れ上がる欲を何とか抑えようとしていた。
 だから敢えて部屋に入ってからはハルに触れていなかったのだが、「煉獄先生」と呼ばれ、隣に座るハルの手がスッと太腿に触れた瞬間に、体の奥から熱いものが溢れたのだった。


「ハルせ……ハル…」


 ハルの手を取り体の向きを変えた杏寿郎。いつもなら伺っていた言葉も、この時は何も聞かずに、ハルにゆっくりと顔を近づけた。
 お互い熱の籠もった視線を交わし、伏せ目になったハルの唇に、それを重ねた。
 ソファの軋む音と、熱を帯びた呼吸が二人を包む。啄むようなキスを繰り返しながら、指を絡めながら手を繋いでくるハルに、杏寿郎の理性は霞んでいく。


「好きです、煉獄先生…」
「名前…杏寿郎と、呼んで欲しい」
「じゃあ……杏寿郎さん」
「それもよいな」


 唇が触れ合う距離で言葉を交わし、ハルに名前を呼ばれた杏寿郎は口許を緩めると、またそれを塞いだ。
 二人の甘い吐息が、部屋いっぱいに広がっていた。




(触れたい想いは一緒)

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