熱い想いに触れる指**杏寿郎

 授業中の職員室はガランとしていて静かだ。その一角で、眼鏡を掛け忙しなく仕事をしている藍沢ハルは、学園の事務員だ。事務員は先生ではないが、生徒からも教員からも、事務の先生と呼ばれている。
 ベテランの事務員とハルの二人で、書類整理やら備品調達、各種手配、給与計算など、教鞭を執ること以外の雑用を主に務めている。
 仕事量に対して明らかな人員不足だが、つい先日欠員が出てしまった所為なので仕方がない。静かな職員室にカタカタとキーボードを打つ音が響いている。
 コピーを取ろうと席を立ち、フゥと疲れた目を閉じて立っていると近くに動くものを感じてパッとその目を開いた。


「う、わぁ!」


 驚いた声が思わず出てしまった。でも、誰もいないと思っていたのに、近くにギョロっとした大きな瞳が自分を見ていたら、誰しも声を上げてしまうだろう。
 そこにいたのは、歴史教師の煉獄杏寿郎だった。


「すまない! 驚かせてしまった。声をかけてから近寄るべきだったな」
「いえ、私が目を閉じてたので。煉獄先生もコピー機使いますか?」
「これをスキャンしたいんだが使い方がよく分からん! 教えてくれないか」
「お易い御用です」


 前の学校ではよく頼まれ事をされたハルだが、どれも「宜しく」と頼むだけでその場を離れる先生が殆どだった。本当に雑用係だった。
 でも、杏寿郎は違った。仕事を押し付けるでなく、「教えて欲しい」と自分でやろうとしていて、それがハルにとって新鮮で、助けたくなる存在だった。
 アナログな杏寿郎はよくハルに資料の作り方等を聞いたりしていたので、ハルも杏寿郎とはたまに話をしていた。
 そんな時、常に彼女は緊張していた。突然現れる彼に驚き、大きな瞳はいつも真っ直ぐ自分に向けられているので何故かいつも緊張してしまう。今日もまた、その緊張を隠しながら彼の隣に立った。


「用紙をセットして、このボタンの…そうです、ここ。この中から煉獄先生のパソコンを選んで……あれ、ないなぁ……あ! ありま、」
「これだな!」
「そそ、そうですね…あとはスタートを押せば、大丈夫ですよ」


 ボタンを触る指が触れて、ハルがどもってしまった事など杏寿郎は気づいていない。
 人差し指をもう片方の手でギュッとして頬を赤らめているハルに、杏寿郎は「助かった! 感謝するぞ、ハル先生」とポンと肩に手を置いた。
 ドンと思ったよりも強い力に彼女はよろめいてしまい、「すまない」と凛々しい眉を少し下げた杏寿郎が体を支えた。


「普段、宇髄達に向けるのと同じ力加減でやってしまった。大丈夫だったか?」
「だ、大丈夫です! 大丈夫ですから、その…」


 ハルは、まだ杏寿郎が触れたままの腕に視線を落とした。杏寿郎もそれに気づき、パッと手を離し、少し顔を赤くしながら「よもや」と呟いた。彼は無意識にハルに触れたままだったので、そんな自分に一番驚いていたのだ。
 二人して顔を赤くしてる。何ともいじらしい。
 杏寿郎に触れられた所を手で押さえたハルが、「では!」と勢いよく頭を下げ、踵を返し、机にぶつかりながらも自分の席へと戻る光景を、杏寿郎は口許を緩めながら眺めていた。
 本当はもう少し話をしたかった、と思っていた杏寿郎だが、いきなりだと彼女が驚いてしまうと思い、準備室へと戻っていく。
 そんな二人を、実は最初から職員室にいてジッと見ていた冨岡義勇は、内心物凄くドキドキして見ていたのだが、感情が顔に出ない彼は、杏寿郎が出ていった後も尚頬を押さえているハルをボケっと見ていた。




(触れただけで心が熱い)

novel top / top