星降る夜の温もり**杏寿郎

 杏寿郎に連れられて来たお店は、学校から程近い居酒屋だった。かしこまった所よりも、よく行くという店を選んだのが杏寿郎らしい。
 テーブル席が満席だったのでカウンターに座った二人の距離は、杏寿郎の体が大きいこともあるが、肩が今にも触れそうな距離だった。
 食事に誘われてからずっとソワソワと落ち着かないハルは、杏寿郎の側にいることでいつも以上に緊張していたが、真正面から見られていない分、少しずつ会話も弾むようになってきた。
 杏寿郎の大きな瞳に見つめられると、心臓が弾けてしまうからだ。


「ハル先生は仕事が早くていつも感心する! 我々からの要望も嫌な顔ひとつせずに…頭が上がらないと思っていたのだ」
「買いかぶりすぎです、煉獄先生! 私だって嫌だなぁって思って顔に出すことありますし…それに、忙しい先生方のちからになれるなら嬉しいことです」
「うむ、素敵な考えだな」
「煉獄先生と話してると顔が熱くなります…」


 褒められる事に慣れず顔が熱くなるという意味だったのだが、杏寿郎は「酔ったのか?」とグルッと大きな目を向け顔を覗き込んできたので、ハルは息が止まるかと思った。
 お酒はあまり飲まないハルだが、アルコールが入った方が会話が弾むかもと思い、次々と喉に流し込んだ。言葉を包むことなくストレートに物を話す杏寿郎に、ハルの心臓はいっぱいいっぱいだった。


「大丈夫か? ハル先生」
「大丈夫です〜! 元気です!」
「よもや、こんなに酔ってしまったとは」


 額に手を当てて苦笑いの杏寿郎。居酒屋を出てから歩くハルの足取りは若干覚束無い。杏寿郎の手を借りずとも歩ける程度だが、顔は赤くずっと顔が緩んでいた。
 アルコールが回っているというのもあるが、それ以上にハルにとって楽しい時間だったのだ。
 杏寿郎の隣が心地よく、胸が踊るように楽しく、また適度に緊張する。こんな気持ちは学生以来だった。
 久しぶりの感覚に浮かれていたハルは、「星が綺麗ですね」と空を仰ぎながら歩いており、予想できた事だったが、酔っていた所為でそのままふわりと後ろに倒れそうになった。だが、倒れそうになったのは一瞬で、すぐに両肩をガッシリと掴まれ支えられた。


「ご、ごめんなさい!」
「酔っているのだから前を向いて歩かねば。ほら、この手を掴むと良い」
「え……」
「ハル先生はしっかり者かと思っていたが、意外と抜けている所もあるのだな。新たな発見が出来て嬉しい」


 杏寿郎はハルの手を掴んで歩き出した。
 一気に酔いも醒めたハルだったが、その熱すぎる手の温もりに胸がギュッと締め付けられ、まだ酔ったフリをしてそのまま杏寿郎についていく。
 杏寿郎の少し斜め後ろを歩きながら、彼の明るい髪が夜風に揺れるのをぼんやりと眺めていた。
 シャツの上からでも分かる筋肉質な背中にドキドキしていた。繋いだ手からそれが伝わってしまうのではないかと思う程に。


「ハル先生」
「何でしょう」
「この手を離さないという事は、ハル先生も少なからず俺に好意を持ってくれていると考えて良いのか? あぁ、その前に俺の気持ちを伝えねば……俺はハル先生が好きだ! 付き合いたいと思っている」
「……え、」
「驚くことではない。好きだから食事に誘ったし、触れたいからこうして手を繋いでいる……ハル先生は、どう思っているのだ? 聞かせてくれ」


 ハルにとって予想外の告白だった。もちろん杏寿郎に好意を寄せているハルだったが、こんなにも唐突に告白されるとは思っておらず、しかも酔っ払うという失態を犯したばかりだった。
 こんなに真っ直ぐに想いを伝えられたのは初めてだった。杏寿郎は、自分の気持ちを隠すことなく、好きという気持ちを恥じる事なく想いを伝えてくれた。それが、とても男らしく、ハルの気持ちを更に熱くさせるものだった。
 足を止めたハルの顔を覗き込むように見つめる杏寿郎は、大きな瞳を真っ直ぐに向けた。


「煉獄先生の手は温かくて、離したくないと思いました。食事に誘われた事も嬉しかったし、今もこうして二人で歩いているだけで、フワフワとした気持ちになります」
「そうか」
「これはきっと恋、でしょうか……私は煉獄先生のこと、好きになってしまったみたいです」


 話しながら真っ赤になるハルを、杏寿郎は目を逸らすことなく口角を上げた表情のまま見つめていた。
 愛おしい、と杏寿郎が呟くと、繋いだ手を強く握り直した。


「抱き締めても、いいだろうか」


 杏寿郎の言葉にハルは静かに頷くと、優しく手を引かれ、吸い寄せられるように彼の厚い胸元に倒れ込んだ。
 速く脈打つ鼓動が、ハルの耳元で木霊する。背中に回った腕の心地よい強さに、ハルは彼の腕の中でそっと目を閉じた。




(優しい温もりに包まれて)

novel top / top