ジッセン×ト×ジッセン
「キルア、いよいよだね。応援してるからね」
キルアはあくびをしながら伸びをした。全くと言っていいほどに緊張感がない。余裕通り越して退屈そうなほどだった。
「別に大したことないよ。あのおっさん、見た目ほど強くなさそうだし。でも...…応援、ありがとな」
「ふふっ、うん、知ってる。キルアとゴンなら全然楽勝だよ!」
マヤはキルアの言葉に賛同して信じきった目を向ける。キルアはマヤの方を見て、少し照れくさそうに髪をかき上げた。そして立ち上がると拳を握りしめ、続ける。
「心配すんな。オレが守るから。ゴンも俺も、お前のそばにいるし。まずはリールベルトを倒して、どんどん上に行くさ。ヒソカにだって、いつか勝てるようになる...…」
キルアは少し恥ずかしそうに顔を背けたが、その目には強い決意が宿っていた。
「……うん、ありがとう。気を付けるね」
マヤも真剣な顔で答えた。
「やあ。キミはいつ戦うんだい?」
そしていよいよキルア戦が始まった。しっかり応援に行ったマヤだったが、隣にまさかのヒソカが座ったため、驚きに目を見開いて身を強張らせる。しかもやたらと距離が近い。
……なんで、隣に……。
キルアはリールベルトの攻撃を軽々とかわしながら、観客席にいるマヤに一瞬視線を送る。すると彼女の隣にヒソカがいることに気づき、眉間に深い皺が刻まれた。
「……チッ、なんであいつがそこに……!」
舌打ちと同時に、リールベルトの懐に瞬時に潜り込む。その動きは明らかに苛立ちを含んでおり、先ほどまでの余裕のある態度とは一変していた。
「おい、おっさん。早く終わらせるぞ。こっちは急用ができたんでな」
キルアは低い声で呟くと、電気をまとった体でリールベルトを痺れさせ、気絶させた。キルアの目は獲物を狙う暗殺者のものであり、目の前にいるリールベルトではなく観客席のヒソカを強く牽制していた。もはやキルアの意識はマヤとヒソカの方にあり、リールベルトの事など一切眼中にないようだった。こうしてリールベルトの敗北で試合は締めくくられたのだった。
「キミもおいしそうだよねぇ。試合するのを楽しみに待っているよ」
「待たなくて結構です……それでは」
ヒソカは舌なめずりをしながらマヤを見る。マヤは素っ気なくそれだけ言ってヒソカから距離を取り、ローラーシューズを起動してさっさとその場を離れた。ヒソカは「残念」とだけ言って去っていった。
キルアは試合終了の合図を聞くと、すぐさまマヤの元へと駆け寄る。彼の目にはまだ戦いの興奮と、ヒソカへの警戒心が残っていた。
「あいつ、何か言ってきたか?」
キルアは周囲を素早く見回し、ヒソカの気配がないことを確認すると少し安堵の表情を見せる。
「キルア。見てたんだね、ごめん……気を付けろと言われたばかりなのに。……おいしそうだって言われた」
「ほんとヒソカには気をつけろよ。『おいしそう』って言われたってことは、あいつの獲物リストに入っちまったってことだからな」
「そう考えるとげんなりしちゃうね。もっと強くならなきゃ」
キルアは真剣な眼差しでマヤを見つめる。彼は額の汗を拭いながら、照れくさそうに微笑んだ。
「ところで、さ……オレの試合はどうだった? まあ、あんなヤツ、ウォーミングアップにもならなかったけどさ」
「キルア、すごかったよ。……かっこよかった」
マヤはへへっとはにかむように笑うと、ハンカチを取り出してキルアの額の汗を拭う。キルアは頬を薄く赤らめながら、マヤが汗を拭ってくれるのを少し照れくさそうに受け入れる。
「別に大したことじゃないって。あんなの暗殺の基本だし……」
「ううん、すっごくかっこよかった。隣にヒソカがいなかったらもっと良かったのにな……」
言いながらもキルアは、マヤの褒め言葉に嬉しそうな顔をする。彼はポケットに手を突っ込み、肩をすくめた。
「あいつの目、見た? 殺しの快感を知ってる目だ。オレにはわかる……同じだったから。まあいいや! 次はゴンの番か。あいつ、絶対に無茶するよな。でもそれが面白いんだけどさ」
「……キルアは同じじゃないよ。だってキルアの手、こんなにあったかいもん。私はキルアの手、好きだよ」
キルアは一瞬だけ暗い表情を見せるが、すぐに気を取り直す。マヤはキルアの両手を包み込むように握った。キルアは突然の接触に目を見開き、言葉に詰まる。マヤの温かい手に包まれた自分の手を見つめ、心臓が早鐘を打ち始める。
「え、ちょ……何言ってんだよ、急に……」
彼は顔を赤らめ、視線を泳がせるが、不思議と手を引っ込めようとはしない。マヤの言葉が彼の心に染み込んでいく。マヤはキルアの手を包み込みながら言った。
「そんな過去を経て、今のキルアがいるんだよ。もう絶対にヒソカと同類だなんて言わないで」
「オレの手なんて……人を傷つけるためだけに鍛えられてきたんだぜ。でも……お前がそう言ってくれるなら……オレも、その……」
キルアは勇気を出してマヤの目を見つめ返す。彼の青い瞳には、今までに見せたことのない優しさが浮かんでいる。しかし言葉の続きを飲み込み、キルアはゆっくりとマヤの手を握り返した。
「ん……? オレも、何……?」
マヤは優しく微笑んで言葉の続きを待つがそこにゴンが飛び込んでくる。
「キルアー! さっきのすごかっ……、あれ? もしかしてお邪魔だった?」
「な、なんでもねーよ! 別に何も話してねーし!」
「邪魔じゃないよ! さっきの試合の話してただけだしっ」
キルアは慌ててマヤの手を離し、顔を真っ赤にしながら後ろに飛び退いた。必死に平静を装おうとはするが、動揺は隠しきれていない。マヤも何となく赤くなってしまいながら慌てて取り繕う。ゴンは「ふーん?」とだけ言って楽しげにしている。キルアは咳払いをして、話題を変えようと急いだ。
「ゴン、お前の試合はどうなんだよ。準備はいいのか? リールベルトって奴、見た感じだとそんなに強くなさそうだけど、念使いだからな。油断するなよ。オレたちみたいに一発で開けるやつばっかりじゃないんだから」
視線はまだマヤをちらちらと気にしながらも、友人の方へと向ける。心の中では先ほどの会話の続きが気になって仕方がない。しかしキルアはゴンの肩を軽く叩くと、少し落ち着きを取り戻した。だが、マヤの方を見ると、またあの言葉の続きを思い出してしまう。
「大丈夫だよ、ゴンも強いんだから。でもあの電撃は食らわないほうがいいね。とにかくさ、応援行くからね。ゴン」
マヤもキルアの話題に乗ってうんうんと頷く。ちらりとキルアを見ると思い切り目が合ってしまい、思わずすぐに逸らしてしまった。キルアもマヤと目が合った瞬間、急いで視線をそらし、自分の髪をかき上げる仕草をした。
「ああ、そうだな。応援……行くよ、もちろん。お前の戦い方、見てみたいしな。念能力者との戦いがどんなもんか、オレたちも勉強になるし」
「うん、ゴンの試合も楽しみだね!」
キルアは喉の奥がカラカラに乾いているのを感じながら、ゴンの方を向いた。落ち着きを取り戻そうと必死だ。キルアはポケットに手を突っ込み、無意識にチョコロボを取り出してかじった。余計喉が乾きそうだが。マヤも無意識にキャンディをポケットから取り出して口にしていた。
「でもさ、ゴン。どういう作戦で挑むつもりなんだ? 相手の能力も分からないんだろ?」
キルアは真剣な表情で尋ねるが、その瞳には友への心配と、この場の空気を変えたいという焦りが混ざっている。時折マヤの方へと視線が泳いでしまう。
「大丈夫だよ。キルアの戦い、見てたから」
ゴンは迷いのない瞳で答えたあとに、
「それよりさっきからどうしたの? なんか挙動不審だよ。さっきからマヤばっかり見て」
と言った。キルアは驚いて咳き込み、口に入れていたチョコレートで噎せそうになる。
「な、何言ってんだよ! 別に見てねーし! そ、そういうことより作戦だろ! 作戦! 電撃系の相手だったら、俺みたいに動きを読まれないように不規則に動くといいぞ。あと、念を知らない状態でも体の強さはあるんだから、その長所を生かせ」
キルアは必死に否定するが、耳まで赤く染まっている。慌ててゴンの肩を叩き、話題を戻そうとするキルアは真剣な表情に戻り、アドバイスを続ける。しかし、時々マヤの方へと視線が泳いでしまう。気になって気になって仕方がないようだ。マヤの方はというとさっき目が合ってしまったのでもうキルアの方を見ようとはしなかった。
「リールベルトの情報、もっと集めておいた方がいいかもな。オレが見に行ってもいいぞ」
キルアはゴンの様子を観察しながら、少し落ち着きを取り戻した。友人の試合への心配が、自分の感情の動揺より優先されている。
「もー! しっかりしてよキルア。情報ならキルアとリールベルトの試合を見てバッチリだよ。オレを信じて!」
「大丈夫だよキルア、ゴンを信じて、明日の試合応援しよ! よし、今日も修行だ!」
マヤはそう言って急ぎ足に部屋へと向かった。
そうして迎えたリールベルト対ゴンの試合日。マヤはキルアと一緒に観戦席に来ていた。キルアは緊張した面持ちで椅子の端に腰掛け、リングを凝視している。
「マジでゴン大丈夫かな...…リールベルトのあの電撃、半端なくキツかったぞ。でも、ゴンならきっと何か考えてるさ。あいつ、バカみたいに真っ直ぐだけど、意外と頭使うしな」
「うん、ゴンなら大丈夫。私達の友達だもん」
キルアはは無意識のうちに拳を握りしめ、隣に座るマヤの存在を強く意識していた。マヤはリングに目を向けたままゴンの試合を見つめている。キルアは小さく笑いながら、マヤの方へ視線を向ける。
「なぁ、マヤ。この特訓でオレたちも強くなれるよな? ゴンみたいに...…いや、ゴン以上に。そしたらもう誰にも負けないし、お前を守る...…じゃなくて、誰も守る必要なくなるぐらい、お前も強くなるだろうな」
キルアは言葉を選びながら、少し照れくさそうに髪をかき上げる。そこへ場内アナウンスが鳴り響き、二人の視線は一斉にリングへと向けられた。
「え……? でも、私はキルアとゴンを守り合いたい。この先ずっと、キルアとゴンと笑っていたい。守る必要がないなんて、言わないで……」
マヤは少し寂しげな顔をした。ゴンは床のパネルを引っぺがして投げつけ、速攻で勝負を決めていた。ゴンの勝利で締めくくられる。キルアはマヤの言葉に一瞬驚き、目を丸くする。そして勝利のガッツポーズをするゴンを見て、喜びと安堵が彼の表情を明るく照らした。
「やったぜ、ゴン! 見たか、マヤ! あいつやりやがった!」
「やったね! ゴンとキルアなら楽勝だもんね!」
キルアは思わず立ち上がり、興奮で体が震えている。しかし、すぐにマヤの先ほどの言葉を思い出し、ゆっくりと座り直す。マヤは立ち上がって興奮した様子でゴンに向かって手を振っていた。キルアは少し恥ずかしそうに頬を掻き、マヤの方をちらりと見る。
「あのさ...…さっきのこと。オレ、変なこと言ったな。守る必要がないなんて。実は...…守られるのも、守るのも、どっちも大事なんだと思う。ゴンと出会って、マヤと出会って、そう思うようになった。ずっと一緒に笑っていたいなんて...…オレも同じだよ」
彼は静かに手を伸ばし、ほんの一瞬だけマヤの手に触れる。そして、照れくさそうにすぐに引っ込めた。次はリールベルト対マヤの試合が控えていた。マヤは緊張した面持ちでキルアを見る。
「……ありがとう。私、照れくさいけど、キルアから守ってやるって言われるの……嬉しくて好きだよ。私も二人に恥ずかしくないように頑張ってくるね」
「バ、バカ。そんなこと言うなよ...…」
キルアは真剣な眼差しでマヤを見つめ、ほんの少し赤くなった頬を隠すように顔を横に向ける。
「だって、すごく寂しかったんだもん。もっと強くなりたいって思うけど、守らなくていいなんて寂しすぎるもん……キルアのばか……」
マヤは両手で顔を覆い、まるでキルアがマヤを泣かせてるかのような絵面に周囲がどよめく。キルアは周囲の視線に気づき、焦った表情でマヤの肩をそっと揺する。
「お、おい! 泣くなよ! みんな変な勘違いするだろ!」
「じゃあもう言わない? 約束する?」
顔を覆い隠した手の間からちらりとキルアを見る。キルアはあーっ、と声を上げてかみをかきあげると「約束するよ……」と言った。すぐに彼の表情は変わり、自信に満ちた笑みを浮かべる。マヤの肩に軽く手を置いた。
「あとさ、お前なら大丈夫だよ。オレやゴンに恥ずかしくないとか言うな。お前はお前でいいんだ。それに...…マヤが今まで見せてきた強さは、誰も知らない。あいつらは驚くことになるさ」
キルアは観客席の方に視線を走らせ、つぶやくように続けるとポケットから何かを取り出し、マヤの手に握らせる。それは小さな、キラキラと光る石だった。
「これ、持っていけよ。お守りじゃないけど...…なんていうか、オレがずっと見てるってことで」
「ありがとう、綺麗……。これ、私が預かっちゃっていいの?」
マヤはキルアのお守りを見つめている。彼は慌てて声を潜め、少し照れくさそうに髪をかき上げる。
「別に大したもんじゃないよ……海で拾っただけ」
キルアはマヤの手を見つめ、少し真剣な表情になる。彼は軽く笑い、マヤの背中を優しく押す。
「負けたらぶん殴るからな。さあ行け。お前の番だ。オレとゴンがちゃんと見てるから...…それに、お前が寂しくないように、俺もずっとそばにいるよ。約束する」
「えーっ! キルアに殴られたら死んじゃうよ。それに負けたりしないもん。行ってくるね! キルア!」
マヤはそう言って元気良く駆け出した。キルアは腕を組み、マヤが去っていく後ろ姿を見つめながら複雑な表情を浮かべる。そして静かに席に戻り、試合場を見据える。その瞳には普段見せない真剣さが宿っていた。キルアは拳を握りしめ、観客席の喧騒が高まる中、ゴンの方を見る。
「あいつ、絶対勝つよな...…おい、ゴン。マヤは強くなったよな。リールベルトなんて...…」
彼は言葉を切り、アナウンスが響き渡る中で前のめりになる。マヤとリールベルトが対峙する姿が見え始めた。
「大丈夫だよ! オレ達の友達だもん、絶対勝つよ」
ゴンは自信満々に答えた。そして緊張した面持ちで立つマヤを見つめていた。
「...…気をつけろよ、マヤ。お前の強さ、今こそ見せてやれ」
開始と共にリールベルトは電気のムチを振り回す。マヤはローラーシューズで滑りながら風の刃を作り、リールベルトのムチを切り裂いて動きを止めると一瞬でリールベルトの背後に立ち、首筋に手刀を振り下ろした。そのままリールベルトは気絶し、マヤの勝利で終わった。