コンラン×ト×カットウ
「え? 沖の方って、二人で?」
頬を赤らめながら問いかけるマヤだったが耳聡く聞いていたゴンが「あー!」と声を上げてマヤの手を取って駆け出した。
「わっ! ちょ、ちょっとゴン!」
「抜け駆けはずるいよ! だめだよこのあとみんなでパーティーするんだから! ほら早くミトさんの所行くよ!」
そして悪戯な笑みで「キールア! 取り戻してみなよ!」と言う。マヤは足をもつれさせながらもゴンに手を引かれるままに走り出す。キルアは一瞬呆気にとられた表情を見せたが、すぐに挑戦的な笑みに変わる。
「こいつ...…ゴォン! 人の話を邪魔しておいて逃げるなよ!」
キルアは手に微かな電気を走らせ、地面を蹴って猛スピードで二人を追いかける。ゴンの背中が視界に入ると、キルアの目が鋭くなった。一瞬で追いつき、軽やかにゴンの前に着地すると、マヤの手を素早く奪い取った。
「マヤはオレと行くんだ。パーティーの前にちょっとだけ、な? ミトさんには魚を持って先に行っててくれ。少し遅れるから」
「ちょっ、私まだ行くなんて行ってない!」
キルアはマヤの手をしっかりと握り、ゴンに勝ち誇った表情を向ける。それからキルアはマヤを見つめ、少し声のトーンを柔らかくした。
「大丈夫、すぐ戻るから。ちょっとだけ、二人きりで...…」
先程までゴンに手を引っ張られていたかと思うとまたたく間にキルアに奪い取るようにして手を取られ、マヤは戸惑った顔をする。
「えっ……ええ……、ゴンの島に来て、なんでそんな……。キルアは、そんなに……二人きりになりたいの?」
マヤはかあっと頬を染めて困ったように俯きながらもキルアの手は無理には振りほどかない。キルアは急に意識して手を握る力を少し緩め、マヤの赤くなった頬を見て自分も照れくさくなる。
「別に...…そういうわけじゃ...…ただ、お前と一緒に釣りしててさ、なんか楽しかったから...…もうちょっとだけ続けたいなって」
「ならゴンも一緒に続ければいいじゃない。私も楽しかったよ。キルアとゴンと釣りできて」
キルアは言葉を濁しながらも、手は離さない。彼は海の方を見つめ、潮風が二人の間を吹き抜ける。キルアは少し顔を背け、でも正直に続ける。
「あのさ。こんなこと言うの変かもしれないけど、お前といると、ただの暗殺者じゃない自分に...…なれる気がするんだ」
「何言ってるの? キルアは、暗殺者なんかじゃないよ。少なくとも今は、そうでしょ? でも確かに……いつもみんなと一緒だから、二人きりになった事ってなかったね。キルアは、私の事……」
マヤは手を伸ばしてキルアの前髪をそっと撫でた。そして一旦言葉を切って眉を下げて困ったように笑った。気付いてしまった、キルアの気持ち。このまま二人きりになったら、何かが変わってしまうような予感。キルアはマヤに前髪を撫でられて、思わず目を丸くした。彼女の優しい笑顔に見つめられ、胸の内で何かが暖かく震える。
「ね、戻ろうよ。急に飛び出してきちゃって、ゴンもミトさんも心配してるかもよ。私達二人で釣った魚、食べよう?」
「あ、ああ...…そうだな」
キルアは頷いたものの少し落ち着かない様子で頬を掻く。彼は海を見つめ、少し遠くに浮かぶ小さな島を指さした。どうしても彼女と二人きりになりたい。
「でもさ、あそこ見えるだろ? 沖の小島。そこまで行けば、もっと大きな魚が釣れるんだ。ゴンが言ってた。二人で釣りに行かない? みんなを驚かせるくらいの大物を持って帰れたら...…」
キルアの瞳に冒険心と、何か別の感情が混ざり合っている。マヤの手をまだ握ったまま、少し力を入れる。
「少しだけでいいんだ。二人だけの時間が...…欲しいんだ」
「どうしたの、キルア。なんでそんな必死に……」
潮風が二人の間を吹き抜け、キルアの銀髪が揺れる。彼の表情には、普段見せない素直さがあった。キルアの熱意に負け、マヤは頷いてキルアの手を握り返す。その顔には少しだけ困ったような表情があった。
「……わかった。でも、少しだけだからね? いこう、キルア」
キルアは驚いたような、嬉しいような表情を浮かべ、マヤの答えに思わず笑みがこぼれる。
「お、おう! 行こう!」
小舟を沖へと漕ぎ出し、キルアは時折マヤの方を見ながら櫂を操る。海面が太陽の光を反射して、二人の周りできらきらと踊っている。
「小島まであと少しだ。ここらへんは深くて、すごく大きな魚がいるんだってさ」
「そうなんだ……すごくきれいだね」
日差しを受けてきらきらと輝く海面を見ながらマヤは笑った。突然、舟が大きく揺れ、二人の体が傾く。キルアは咄嗟にマヤを支え、危うく海に落ちそうになった彼女を抱き寄せる。
「大丈夫か? なんか…...下にいるみたいだ」
「う、うん、ありがとう」
海面をじっと見つめるキルア。透き通った青い水の中に、巨大な影が泳いでいるのが見える。
「うわっ! 見ろよマヤ! あれ、絶対にすごいやつだ! 釣ってみようぜ!」
「わあっ、大きい影! あんなの釣れるのかな?」
マヤもキルアと同じように海面を見つめ、巨大な影が揺らぐのを見つけてはしゃいだ声を上げる。キルアは興奮で目を輝かせながら、すばやく釣り竿を準備する。
「ああ、絶対釣ってやるさ! こういうのは正にオレの得意分野だからな」
「釣りは初めてなのに?」
今日初めて釣りをしたというキルアはそれでも自信たっぷりに言いながらも、マヤの安全を確認するように彼女の方へ視線を送る。
「よし、針に餌をつけるから...…ほら、ここに来るぞ...…」
キルアは器用に釣り糸を垂らし、集中して海面を見つめる。彼の表情は真剣そのもので、普段見せない熱中した顔だ。すると突然、海面が大きく盛り上がり、巨大な魚が一瞬姿を見せる。キルアは反射的にマヤを守るように片腕を彼女の前に伸ばす。
「うおっ! あいつデカすぎだろ! マヤ、怖くないか?」
彼の声には興奮と共に、わずかな心配の色が混ざっている。キルアは釣り糸をしっかり握りしめながら、時折マヤの反応を確かめるように顔を向ける。
「あははっ! ほんとに大きいね! こんなの持って帰ったらみんなびっくりしちゃうよ」
キルアの反応を見て声を上げて笑いながらもキルアと二人で釣り糸を垂らし、大物を引っ掛けると物凄い力に引き込まれないように二人で支え合いながら釣り上げる。二人してびしょ濡れになりながらも楽しげに笑い合っていた。
「もう全身ずぶ濡れだよ。帰ったらすぐお風呂だね」
「こいつ、すごい力だったな! 二人でやっと釣り上げられたぜ」
キルアは全身水滴を垂らしながらも、満面の笑みを浮かべている。彼は誇らしげに大きな魚を見つめ、それからマヤの濡れた姿を見て、思わず笑いがこみ上げてくる。
「お前、もう完全に海の生き物だな。その髪、ヤバいぞ」
「えー! ひどい! キルアだってずぶ濡れオバケなのに!」
キルアは自分もずぶ濡れなのにマヤの髪を指さして茶化すが、その目には優しさが滲んでいる。マヤは怒ったように言いながらも笑っていた。
「でも、マジですごかったな。お前、結構力あるんだな。ビックリしたぜ。帰ったらすぐお風呂、か...…あー、そうだな。風邪ひくとマズいし...…早く帰ろうぜ」
キルアは何かを考えるように一瞬黙り、少し照れくさそうに髪をかき上げた。
「キルアが支えてくれたからだよ。ん? どうしたのキルア? お風呂入って、着替えたらパーティーだよ。二人で釣った魚、一緒に食べようね!」
マヤは手を差し出して笑いかけた。キルアは小舟を岸に向けながら、マヤの方をちらりと見る。もはやキルアの服すらも濡れて肌に貼り付き、素肌が透けて見えてしまっていた。キルアは急に意識したように目を逸らし、透けた服から見える素肌に気づいて慌てた様子を見せる。
「っ! …...別にオレだって気にしてないし!」
照れ隠しに強がりを言いながらも、耳まで赤くなっている。マヤの差し出した手を見て、一瞬ためらった後、少し湿った手で握り返す。
「わ、わかったよ...…一緒に食べよう」
「うん……?」
「危なっ! …...ごめん」
舟を岸に寄せながら、キルアは突然大きな魚が動いたことに驚き、バランスを崩す。反射的にマヤを引き寄せて守るような姿勢になる。二人の距離が近くなり、キルアは急に言葉に詰まる。彼の心臓は魚との格闘以上に早く鼓動している。岸に寄せる刹那、不意にキルアに抱き寄せられたマヤも、心臓が早鐘を打つ。
「あ、ありがとう……キルア……」
「なんか...…変な感じだな。オレ、こんなの初めてかも...…」
言いかけて、自分でも何を言おうとしているのか分からなくなり、黙って岸へと目を向ける。マヤはなかなか離そうとしないキルアに戸惑い、近い距離にドキドキしてしまう。
「……ねえ、キルア? すごくドキドキしてる、ね。行かないの? キルア」
マヤは頬を赤らめながらキルアの腕の中で戸惑っている。キルアはマヤの言葉に我に返ったように一瞬身体が硬くなるが、すぐには離れない。マヤの柔らかい呼吸を感じながら、彼の心は混乱していた。
「ああ...…ドキドキしてる。変なんだ、オレ...…こんなの初めてで」
キルアは少しだけ身体を引き、マヤの顔を見つめる。濡れた髪が彼女の頬に貼りついている様子に、思わず手を伸ばして、そっと髪をかき上げる。キルアは自分の指が震えていることに自分でも気付いて驚き、少し困ったように笑う。マヤの手も小さく震えていた。
「キル、ア……あのね、」
「マヤ…...オレ、お前といると...…なんか変になる。でも、嫌じゃない。ゴンとかレオリオに見られたら絶対バカにされるな...…でもいいや」
キルアはゆっくりとマヤの頬に手を添え、自分でも信じられないような優しさで微笑む。
マヤは一向に離そうとしないキルアに戸惑い、身動きもできずにただじっとしている。胸がドキドキして苦しくなる。ついにキルアの手が頬に触れ、キルアの気持ちが告げられる。
「オレ...…お前が好きかもしれない」
「……わ、私……、私は……、」
マヤの瞳が戸惑うように揺れ動き、切なくキルアの顔を見上げた。刹那、目を伏せるとキルアの腕が緩んだ隙に腕の中から抜け出す。そのままローラーシューズを起動して風を操り、追いつけない速度で逃げるように走り去った。
キルアは突然の出来事に目を見開き、その場に立ち尽くす。マヤが去った方向を見つめる瞳には、困惑と何かを悟ったような表情が混ざっている。
「おい、マヤ! ちょっと待てよ!」
慌てて走り出すが、ローラーシューズと風の能力を使ったマヤのスピードは並ではない。それでも彼は電光石火の動きで追いかける。周囲の景色がぼやけるほどの速さで。
「くそっ...…なんで逃げるんだよ...…」
追いかけながらも、キルアの頭の中では様々な考えが渦巻いていた。自分の言葉が彼女を傷つけたのか、怖がらせたのか。それとも───……。
「マヤ! 何も言わなくていいから! ただ...…逃げないでくれ!」
彼の声には、普段の生意気さは消え、純粋な感情だけが残っていた。
マヤはローラーシューズで滑るようにして空中へ駆け出し、木を蹴って反動をつけるとそのまま風に乗って姿を消した。異変に気づいたゴンが駆け出してきて「マヤ? キルア?」と呼びかけながら辺りを見回している。キルアは追いつけないと悟り、木の根元に拳を打ちつける。その表情には悔しさと混乱が入り混じっていた。
「くそっ...…何やってんだよ、オレ...…」
ゴンの声に振り向くと、キルアは一瞬だけ動揺した顔を見せるが、すぐに平静を装う。しかし、親友の前でそれを完全に隠すことはできなかった。
「ゴン...…マヤが...…オレ、多分変なこと言っちゃったんだ」
キルアは髪をかき上げ、空を見上げる。マヤが消えた方向をまだ目で追っている。
「好きだって言った。でも彼女は逃げた。オレ...…怖がらせたのかな」
ゴンの顔を見つめ、珍しく弱気な表情を浮かべる。
「どうすればいいんだよ...…オレ、こういうの初めてで...…」
ゴンはキルアの隣に腰を下ろし、肩を軽く叩いた。彼の目は真剣で、でも優しさに満ちていた。
「キルア、マヤはきっとびっくりしただけだよ。逃げたのは怖かったからじゃなくて、自分の気持ちがわからなくなったからじゃないかな」
風が二人の間を通り抜けていく。ゴンは立ち上がり、キルアに手を差し伸べた。
「もう一度話してみなよ。でも今度は焦らずに、マヤの気持ちも聞いてあげて。オレも応援してるからね!」
キルアはゴンの手を取り、立ち上がる。彼の表情には迷いがあったが、親友の言葉が心に響いていた。
「...…ありがとうな、ゴン。いつもそうなんだよな、お前は単純だけど一番大事なことがわかってる」
彼は両手をポケットに突っ込み、空を見上げた。風の流れる方向を確認すると、マヤが向かったであろう方向を指さす。
「あそこだ。風の流れが少し乱れてる。マヤの能力の跡だ。少し時間かかるかもしれないけど、必ず戻ってくるよ」
キルアは決意を固め、電光石火の速さで走り出す前に振り返り、言った。そして彼は消えるように走り去った。マヤの痕跡を追いながら、頭の中で言葉を整理していく。今度は自分の気持ちだけでなく、彼女の思いも受け止めようと。
しかしマヤはその夜は『絶』を使って一旦身を隠した。しばらく身を潜めたあと、マヤは決意を固め、くじら島を後にする事にした。決着をつけに行こう。自分を探しているであろう彼らに会いに行こうと。
ゴンはキルアの姿を見て静かに声をかける。
「キルア」
窓から差し込む月明かりの中、キルアは空を見つめていた。何度マヤの痕跡を追っても、彼女が『絶』を使って気配を消したため見つけることができなかった。
「見つけられないってことは、見つかりたくないってことか...…」
呟きながら、手の甲で目をこする。キルアはマヤの気配を完全に見失い、最後に感じた痕跡の場所で立ち尽くした。夜風が彼の銀髪を揺らしている。
「さすがだな、マヤ…...『絶』でこんなに完璧に消えるなんて」
彼はため息をつき、空を見上げ続ける。星が彼の迷いを静かに見下ろしている。キルアは木の上から飛び降り、砂埃を立てて着地する。彼の瞳は疲れを滲ませていたが、決意に満ちていた。
「探したよ...…でも見つからなかった。あいつ、『絶』を完璧に使いこなしてるな」
「そっか。仕方ないよ、マヤの方が先に念を使えてたんだしさ」
キルアは指先でチョコロボを取り出し、無意識に包み紙をくるくると回している。
「ヨークシン...…あいつならきっとそこに向かってる。みんなで集まる約束、してたんだからな。来ないはずがない。だから...…マヤが逃げるなら、追いかけるだけさ」
キルアは小さく笑い、チョコロボを口に放り込む。遠くを見つめ、風に髪を揺らしながら手を握りしめた。ゴンは飛び上がって、キルアの肩をポンと叩いた。目を輝かせながら友の決意に応える。
「おーっ! それでこそキルアだよ! マヤにちゃんと気持ち伝えてこなきゃ! 釣りと同じなんだよ。焦りすぎず、でも諦めず...…一番大事なのは真っ直ぐな気持ちだよ!」
キルアは少し照れくさそうに横を向き、銀髪をかき上げる。彼は空を見上げ、雲の流れを追いながら小さくため息をついた。
「釣りか...…単純に例えるなぁ、ゴンらしいけど。でも、わかるよ。あの時、焦りすぎたんだ。いきなり抱きしめて『好きだ』なんて...…マヤがびっくりするのも当然だよな」
キルアは歩き始め、ゴンに手招きする。彼の瞳には決意の光が宿っていた。
「よし、行こう。マヤの中でも何か変わってるはずだ。あいつだって、何も感じてないわけじゃないと思うんだ。だから、ちゃんと向き合って、今度は二人で答えを見つけたい」