イチジ×シケン×カイシ






キルアとレンは湿原の入り口で足を止め、警戒心を露わにした表情で周囲を観察した。それとは対象的にゴンは興奮に満ちた表情で前方の湿原を見つめる。鼻をピクピクさせ、まるで匂いを嗅ぎ分けるかのように空気を感じ取っていた。



「詐欺師の塒か...…なるほど。この霧は視界を奪うだけじゃなくて、幻覚を見せる効果もありそうだな」

「それに視界も悪いね、前の人の姿もよく見えなそうだよ」

「うん! これは冒険だね! 匂いでわかるよ、向こうにはたくさんの生き物がいる。でも大丈夫、一緒なら怖くないよ!」




キルア、ゴン、レンがそれぞれ感想を述べる。そしてキルアは周囲を見回し、他の受験者たちが不安そうにしているのを見て小さく笑った。



「レン、ゴン、聞け。こういう場所では群れから離れちゃダメだ。でも大勢に紛れるのも危険。オレたち三人だけで行動しよう。それと、互いの姿や声が確認できる距離を保つんだ。騙されやすいのは一人のときだからな」

「うん、わかった! 絶対はぐれないようにしなきゃ」



湿原に足を踏み入れた瞬間、霧が立ち込め始める。キルアは地面に屈み込み、湿った土を指で触り、匂いを嗅ぐ。ゴンは素早く振り返り、レンとキルアに手を振った。



「気をつけて! 何か動いてる! オレについて来て!」

「この霧も怪しいぜ。簡単に迷えるような作りになってる」



キルアはゆっくりと立ち上がり、ゴンとレンの方を見た。


「おい、レンとゴン。互いに目を離さないようにしよう。この湿原、普通の危険じゃない。獣だけじゃなく、地形そのものが罠かもしれない」



キルアは周囲の受験者たちの動きに目を向けながら、声を低くして「他の連中も油断できないしな。こういう状況だと、互いに足を引っ張り合うヤツらが出てくる。特にあの眼鏡のやつ……なんか様子がおかしい」と言った。



「あの眼鏡のやつ? 何かあったの?」



レンはそう尋ねたが霧が濃くなり、前がよく見えずにレンは突然誰かにぶつかられ、よろめき尻餅をつく。すぐに立ち上がったが、既にゴンとキルアの姿は見当たらず、クラピカとレオリオもいない。皆からはぐれたんだと察した。

ゴンとキルア……どこ行ったんだろう。とにかく、前に向かって走らないと。そうして走り続けていると霧の中から突然、レンの耳元で囁くような声が聞こえた。



「レン……ここだ」



キルアの声に似ているが、少し違和感がある。霧の中から薄っすらと人影が見える。



「早く、こっちだ。試験官が言ってた、湿原特有の生き物に気をつけろ。奴らは人の声を真似るんだ」



影はゆっくりとレンに近づいてくるが、その動きには何か不自然さがある。知らず、レンのこみかみをいやな汗が流れる。



「待て、レン! そいつはオレじゃない!」

「レン! こっちだよ!」



別の方向から本物のキルアが飛び出してきた。彼は素早く人影との間に立ち、鋭い爪を向ける。ゴンも瞬く間に木の上に跳び乗り、枝から枝へと軽やかに移動しながら声の方へと近づいていった。



「この湿原の生物は記憶を読み取って、仲間の姿を模倣するんだ。でも完璧じゃない……動きでわかった」



偽物は不気味な笑みを浮かべると、突然その姿を歪め始め、元の姿——人の四倍ほどある大きな蜘蛛のような姿に戻っていく。



「危なかったな。あと少しで捕まるところだった」

「ありがとう、キルア、ゴン。はぐれてごめんな」



レンはほっとしたように頷いた。はぐれて心細かったわけではない。レンも見を守るすべは身につけてはいるし、こういう場面に慣れていないわけじゃなかった。ただ、キルアとゴンがどうしているのかが気になってしまった。こうして無事に会えたことが嬉しかった。



「ってえ───!!」

「!!」



突如、後ろからレオリオの悲鳴が聞こえてレンは後ろを振り返った。相変わらず白い霧で何も見えない。



「今、レオリオの悲鳴が後ろから聞こえたよね。何かあったのか?」



ゴンは鋭い聴覚で方角を確認し、眉をひそめた。



「うん、間違いないよ! レオリオが何かに襲われてる!」



そう言うなりゴンは素早く木から飛び降り、霧の中へと走り出した。レンもすぐさまその後を追い、走り出そうとした。けれどそれは叶わなかった。



「レン!」



キルアは走り出そうとするレンの腕をつかんで引き寄せた。そして眉をひそめ、動きを止めてレンを厳しい目付きで見つめる。彼は警戒しながら周囲を素早く見回し、言った。



「やめとけよ。レンが行ってどうにかなるってわけじゃない」

「でも……!」

「あのなぁ、人の心配してる場合じゃないぜ。仲間を助けたいとかって熱くなってるのかもしんないけどさ、現実問題、共死にすんのが関の山だよ。むしろ皆の足引張りにもなりかねないし」



キルアにそう諭され、レンは俯いた。ゴンは、大切な家族なのに。もう既にこの濃い霧の中、どう追いかけたらいいかもわからなくなっていた。目に見えて落ち込むレンに、キルアは髪の毛を掻き上げて言う。



「……そんな心配しなくても、こんなところで終わりになるほどショボイ奴らじゃないと思うぜ。アンタはとにかく、自分の身を守ることを優先させた方がいい」

「……わかった」



そうして霧の中をしばらく走っていると突如地震が起こり、受験生たちの悲鳴が沸き起こる。地面が陥没し、それに飲み込まれてしまったのだ。



「わあっ! や、やめてっ!」



レンは前にいた人に足を引っ張られ、その場に転んでしまう。そのまま引きずり込まれそうになり、思わず女の子みたいな声を上げてしまった。キルアは瞬時に反応し、レンの手首をつかむと地面に踏ん張った。その動きは人間離れした速さで、まるで反射的なものだった。



「つっ...…!」



顔をしかめながらも、彼は全身の筋肉を使ってレンを引き上げようとする。



「離せ! この野郎!」



キルアは足を引っ張っている受験者に向かって鋭く叫ぶと、相手の指を一瞬で折りにいった。



「レン! この陥没、自然じゃない。誰かの仕業だ。背後に気をつけろ!」



周囲を素早く確認しながら、ようやくレンを引き上げることに成功する。陥没は徐々に広がり、悲鳴が増えていく。



「おい、レン! ちゃんと立てるか? 今のうちにここから離れるぞ。あの高台を目指せ!」



キルアはレンの体を支えながら、陥没から遠ざかる安全な場所へと全速力で移動し始めた。




「……大丈夫か? レン。ったく、アイツ、周りまで巻き込むなよなー」

「う、うん、ありがとう……キルア……」



キルアに手を引かれながら安全な場所まで来ると、男なのに女の子みたいな声を上げてしまった恥ずかしさが襲う。レンは片手で帽子を深く被り直した。キルアはレンの手をパッと離すと、わざとらしく手を振って肩をすくめた。



「べ、別に心配してたわけじゃないからな! あんな声出すなんてマジ笑えるし」

「うう……、忘れてくれよ……もう……」



キルアからあんな声出すなんて、と言われてしまいますます恥ずかしそうに頬を赤く染めて俯いてしまう。そしてキルアの顔が見れないままそっぽを向いて走り出す。キルアは小走りでレンに追いつくと、少し困ったように頭をかく。



「あ、いや..….そこまで気にすんなって。オレだって危ない時は変な声出すし」



不器用にフォローしながらも、周囲を警戒する目は鋭いままだ。霧の向こうから聞こえる悲鳴に耳を傾ける。キルアは立ち止まり、陥没していく地面の動きをじっと観察した。



「おい、あっちの方向から何か聞こえないか? まだ誰か落ちてるみたいだな..….」



しかしキルアの方をまったく見ようともしないレンに、キルアはため息をつきながらポケットからチョコロボを取り出し、さりげなく一つレンに差し出す。



「ほら、元気出せよ。あと少しで高台だ。みんなが混乱してる今がチャンスかもな」

「ん……」



チョコロボを受け取り、もぐもぐと食べつつも早く、とキルアに急かされ引き続き走り出した。そうしてキルアとレンがしばらく走ってると、大きな建物が見えてきた。ここが2次試験会場だろうか。そう考えていると試験官の人が立ち止まり、此方に振り返った。



「皆さん、お疲れ様です。ここ、ビスカ森林公園が2次試験会場となります」



やっと到着したんだ。レンは肩の荷を少し下ろすようにして息を吐いた。試験官の人は健闘を祈ります、と言い残すと、その場を立ち去ってしまった。この会場の中からは、先程からずっと変な唸り声がしている。キルアは試験会場の高い塀を見上げながら、腕を組んでため息をつく。



「へぇ、ここが2次試験会場か。でかいな……」

「まだ入れないみたいだな」



キルアが面倒くさそうに頬をカリカリと掻く。この会場には猛獣か何かがいるのか?……ゴンたちはまだ来てないみたいだ。



「……また余計な心配してんだろ」

「う……、それはだって。キルアは心配じゃないのか?」

「まぁ心配っつーか……ぶっちゃけもう無理じゃねーの? だいぶ他の奴らも集まってきてるしさ」



キルアの言葉に、レンはまた落ち込んだ顔を浮かべた。せっかく家族と出会えたのに、何も言えないまま……。やっぱり何がなんでも追い掛ければ良かった。そんなレンを見てキルアは肩を竦め、「まぁ……念のため探してみるか。時間もあるみたいだし」と言いながら背伸びをして遠くを確認しようとする。そしてレンの袖を軽く引っ張り、会場周辺を指差した。



「おい、あっちの方から来るかもしれない。見に行くか? でも危なそうなとこには近づくなよ? またへんな声出すなんて勘弁だからな」

「んぐ……、忘れてくれと言ったのに……キルアって意地悪だよな」



またしても変な声出したことを掘り返され、顔を赤らめながら拗ねたように言う。キルアは少し困ったように眉をひそめながら「何言ってんだよ、忘れるわけないだろ。そんな面白い声、一生の宝物にするぜ」とからかい半分で言うも、すぐに表情を和らげる。



「冗談だよ。でも……お前が無事でよかったって思ってんだからな。ま、言わせんなよこんなこと」



そう呟くと、ゴンたちの方へ小走りで駆け出す。



「おーい! レオリオ、クラピカ! お前らも生きてたか。案外しぶといな」



レンもキルアの後を追うようにしてゴン達と合流する。



「レン、無事だったんだな。途中ではぐれてしまったから、心配していたのだよ」

「こっちこそだよ、クラピカ。本当に無事で良かった。一体何があったんだ?」

「う〜んと……、ちょっとヒソカといろいろあってさ。えへへっ」



話を聞くと、どうやらクラピカとレオリオがヒソカに狙われてたところをゴンが参戦して、一悶着あったという事だった。ヒソカに一発殴られて気絶したレオリオを、なぜかヒソカ自らこの会場まで運んでくれて、木に寄りかかっているレオリオをすぐに見つけた。

ヒソカのその妙な優しさがなんだか不気味だ。皆が集まったところで、相変わらず鳴り止まない謎の音をする会場を見つめる。扉には正午に2次試験がスタートするって書いてあり、上にはご丁寧に時計も設置している。もう少しで正午か……。レンは少しだけそわそわしながらその扉を見つめていた。



「キルアと一緒にいたのなら、心配いらなかったな」



そう言いながら微笑むクラピカ。心配してくれてたなんて知らなかった。そんなに頼りなく見えるだろうかと思っているとクラピカの微笑みは苦笑いへと変わった。



「すまない、失礼なことを言ったな。レンの実力を否定しているわけではないのだよ。レンなら1人でも此処に辿り着けただろうとは思う。ただ、どうにも私は……君が気がかりでな」

「気がかり……?」

「子供というのもあるのだが、ゴンとキルアに比べてどうも君は線が細く見えるのだよ」



線が細く……?その言葉にレンはぎくりとなる。男装は無理があっただろうか。けどただでさえ子供ってだけで舐められそうなのに、女の子となると弱いと判断されて面倒なことになるかもしれないと思った。そう思っているとゴンも同調するようにわかる気がする、と言った。



「何となくさ、オレ達よりも小さく見えて心配になるんだよねー。そうだ! ここから出たらオレと一緒に修行しようよ!」

「う、うん、そうだな。僕ももっと鍛えたいって思う。その時は付き合ってくれるか?」

「もちろんだよ! キルアも付き合ってくれるでしょ?」

「……あー、そうだな」

「僕はまだまだ成長期だし、背だってこれから伸びるんだよ。キルアもそう思うよな?」



レンは男装していることを悟られまいとしてキルアに明るく笑いかけた。キルアは軽く肩をすくめ、チョコボールを一粒口に放り込んだ。



「まぁな。レンは見た目より意外とタフだぜ。ほら、さっきの陥没地帯だって、普通の奴なら尻餅ついて終わりだったろうけど、なんとか耐えてたしな」

「そんな褒められ方はなんか嫌だな……」



頬に薄紅を差すレンを見て、クラピカは思わず口元に微笑みを浮かべた。


「キルアの言い方は独特だが、彼なりの信頼の表れだろう。仲間を認めることは、時に言葉以上に大切なことだ」



そう言われても尻餅ついてたことを言われたレンは複雑な顔をしていたがキルアはレンの肩を軽く叩いて言う。



「まぁ背はともかく、実力はあるってことだ。ていうか、この試験を突破するならそれくらいなきゃ話にならないし」

「背はともかくってなんだよ。今は145cmだけど、これからキルアの背も追い越すからな」



キルアは驚いた表情でレンを見つめ、思わず鼻で笑った。そして自慢げに胸を張って言う。



「はぁ? オレを追い越す? 夢見るのは勝手だけど、現実見ろよ。俺はもう158あるんだぜ」

「僕は成長期で……」

「おっと、なんか始まるみたいだぜ。みんな、気を引き締めろよ。さっきの罠なんて序の口かもしれないからな」



やっぱキルアって性格悪いな……!



キルアにかわされてしまい、レンはむっすうううとしてしまう。当のキルアは姿勢を正し、目を細めて試験官の方を見つめた。その表情には、次の挑戦を楽しみにしている色が明らかに浮かんでいた。レンも不満そうにしながらも目の前の扉に目を向けた。











index ORlist