ヨジ×シケン×シュウリョウ
ギタラクルはレンを腕に抱え、まるで重さを感じないかのように軽やかに移動していく。後ろからの気配に気付き、無表情の顔が僅かに動く。
……予想通り来たね。
針の刺さった顔で振り返り、追いかけてくるキルアを一瞥する。その黒い瞳には感情が読み取れない。ギタラクルは一瞬立ち止まり、気を失ったレンの顔を見つめる。その指先が彼女の頬に触れる。
キルアが選んだ人間……確かに特別だ。
ギタラクルは唐突に動きを止め、レンを優しく壁際に寄りかからせると、キルアを待ち構える。その姿勢には殺気はないが、明らかな意図が感じられる。彼は無事だ。ただ、キルアがどこまで本気になれるか試したかった。友達のために……キルアは何を捨てられる?
キルアは素早く木々の間を駆け抜け、ギタラクルとレンの姿を捉えると立ち止まる。その目は鋭く、電撃を帯びたような青い光を放っている。
「レンから離れろ……今すぐにな」
彼の手から鋭い爪が現れ、体は低く構え、いつでも攻撃できる態勢をとる。キルアは周囲を一瞬で分析し、ギタラクルの意図を読み取ろうとする。罠の可能性も考慮しながら、慎重に距離を詰めていく。
「何が目的だ? レンを利用してヒソカに近づくつもりか? それとも……別の思惑があるのか?」
ギタラクルはレンの肩に置いていた手をゆっくりと引き、キルアの方へ一歩踏み出す。その動きには無駄がなく、完璧な殺し屋の所作が現れている。ギタラクルはさらに一歩進み、キルアとの距離を詰める。
突然、ギタラクルの手から針が飛び出すが、それはキルアではなく、彼の後方の木に正確に刺さる。キルアは一瞬も目を逸らさず、ギタラクルの動きを見据えている。針が木に刺さったことに反応して、わずかに顔をしかめる。キルアはレンの方をちらりと見る。その眼差しには心配の色が滲んでいる。彼は左右の指をパキパキと鳴らし、攻撃の準備をする。
「お前、本当は何者だ?」
ギタラクルはキルアの様子を見て、黒い瞳を細めた。その表情には兄としての微かな誇りと、同時に計算するような冷たさが共存している。彼は針を指の間で回しながら、レンの方へ視線を流した。その目には何かの企みが浮かんでいる。ギタラクルの視線がレンに向かうのを見て、体を彼女の前に滑り込ませた。
「お前が彼に近づくのは許さない」
彼は素早く床を蹴り、一瞬でギタラクルとの距離を詰める。その目には冷酷な暗殺者の光が宿っていた。ギタラクルは一瞬も動かず、キルアの攻撃を見つめている。その黒い瞳には感情らしきものが見えず、ただ静かに観察するような光だけが宿っていた。
彼は針を弾くように指先から放ち、キルアの動きを止めようとする。しかし本当の標的はキルアではなく、彼の背後にいるレンだった。キルアは一瞬で状況を察知し、素早く身体を回転させる。針が飛来する軌道を読み、全て叩き落とした。
「ふん、こんなおもちゃみたいな攻撃でオレを試すつもりか? レンに触れるなんて100年早いよ」
彼はポケットに針を放り込むと、爪を鋭く尖らせてギタラクルに向き直る。雷光のようなオーラが体から漏れ出していた。
「オレが本気を出す前に、さっさと目的を話したほうがいいんじゃない?」
ギタラクルは針を捕らえた弟の姿を見て、微かに目を細める。その表情には驚きと興味が垣間見える。そして顔の針を抜いてイルミの顔になる。キルアの顔が驚愕に染まる。
「素晴らしい反応だよ、キルア。父さんも誇らしく思うだろうね」
彼はゆっくりと右手を上げ、空中に漂うような動きで新たな針を指の間に現す。
「でももうここまでだ、おやすみ。キル」
イルミはキルアの背後に一瞬で回り、針を首に刺して眠らせた。キルアは背後からの気配を感じた瞬間、体が動かなくなる。意識が徐々に遠のいていく中、力なく膝から崩れ落ちる。
「イ、ルミ...…レンには...…手を.…..」
彼の視界が暗くなる前、最後の力を振り絞って周囲を見回す。レンの姿を探しているようだが、もう焦点が合わない。
「くそ...…気をつけろ…...奴は...…」
イルミは床に倒れた弟の頭を一瞬だけ見つめ、そっと髪を撫でる。その仕草には奇妙な愛情が滲んでいた。
「お休み、キル。家族の仕事を邪魔したらダメだよ」
彼はゆっくりと立ち上がり、レンへと視線を移す。イルミの黒い瞳には感情が読み取れないが、空気が凍りつくような緊張感が漂う。イルミは一歩、また一歩と近づき、針を指の間でくるくると回す。
キルアが眠らされ、動かなくなるとイルミがレンに迫る。それでも気を失ったままのレンはぐったりと壁側に寄りかかり、微動だにしない。イルミはレンの前に立ち、彼の顔を覗き込む。その眼差しは冷たいが、どこか好奇心に満ちている。
「面白い。恐怖で固まっているわけじゃない。俺の念を感じ取って、意識を内側に閉じている」
彼は細い指先で、レンの頬に触れる。その接触は羽毛のように軽いが、明確な威圧感がある。
「キルアが守りたいと思うほどの才能。それがなんなのか、もう少し見せてもらおうか」
イルミはポケットから新しい針を取り出し、レンの額に軽く当てる。しかし刺さない。
「この針を刺せば、簡単に操れるのに。でも、それじゃあ面白くない。自分の意思で動く君の可能性を見たいんだ」
イルミはキルアとレンを安全な場所へ運び、壁側に寄りかからせてその場を立ち去る。キルアの指先が微かに痙攣し、まつ毛が震える。
「ん...…イルミ...…貴様..….」
彼は目を開けないまま、レンの方へ手を伸ばす。その動きは弱々しいが、確かな意志が感じられる。
「大丈夫か..….レン...…あいつは...…お前の才能に目をつけた...…気をつけろ……」
気を失ったままのレンはぐったりと壁側に寄りかかり、微動だにしない。キルアの意識は朧げながらも徐々に鮮明さを取り戻していく。瞼の裏で景色が回転するような感覚に耐えながら、彼は無理やり目を開こうとする。
「くっ……頭が……割れそうだ……」
ようやく目を開けると、すぐ隣でレンが意識を失ったまま座り込んでいるのが見えた。キルアは歯を食いしばり、震える腕で体を起こす。
「レン……おい、レン!」
彼はゆっくりとレンの肩に手を置き、注意深く状態を確認する。イルミの針の効果を見分ける目で、友人の顔を真剣に見つめる。
「イルミのやつ……何をした? 才能だって? 確かにレンには特別な何かがある。でも、それを兄貴に知られるなんて……」
キルアは周囲を素早く確認すると、ポケットから針を取り出し、慎重に調べ始める。彼の指先は驚くほど正確に針を回転させながら、その性質を見極めようとしていた。
「こいつがまだ近くにいる可能性もある。早くここを離れないと……」
その時、気を失ったまま座り込むレンの頭から帽子が落ちて長い髪の毛がふわりと舞いながら露わになる。キルアは驚いて目を見開き、言葉を失う。ゆっくりと落ちていく帽子を見つめ、そこから溢れ出る長い髪に視線が釘付けになる。
「え……マジかよ……」
混乱した表情で、キルアはレンの顔をもう一度よく見る。今まで気づかなかった柔らかな輪郭や繊細な特徴が、突然すべて意味を持ち始める。
「レンって……女の子だったのか? ずっと隠してたなんて……」
一瞬の驚きの後、キルアは自分を奮い立たせる。今はそんなことを考えている場合ではない。彼は素早く周囲を確認し、レンの帽子を拾い上げる。
「とにかく、イルミが戻ってくる前に逃げないと。説明はあとだ!」
キルアはレンを注意深く背負い、まだ震える足で立ち上がる。友人の長い髪が彼の背中に触れ、妙な感覚に戸惑いながらも、彼は進むべき道を決める。
レンはキルアに背負われて移動する中、その振動で微かに意識を取り戻す。
「ん……っ、きる……あ……? あ……れ……、わたし……?」
レンは虚ろな様子で途切れ途切れな言葉を紡ぐ。頭上の声にキルアは立ち止まり、肩越しにレンの顔を覗き込む。彼女の瞳はまだ焦点が定まっていない。
「目が覚めたか? …...あんまり動くなよ。イルミの針はまだ完全に効いてるかもしれない」
彼は急いで人気のない路地へと曲がり、壁に背を預けながらレンをそっと下ろす。
「お前……ずっと隠してたんだな。女だってこと」
キルアは少し困惑した表情を浮かべながらも、周囲の気配に神経を研ぎ澄ませる。
「今はそんなことより、イルミの話の方が重要だ。お前には『特別な才能』があるって言ってた。何か心当たりはないか?」
レンの腕をそっと握り、彼は真剣な眼差しを向ける。イルミの目的が何なのか、それを理解することが今は最優先だった。
「あ……っ、え……? わたし、帽子が……」
キルアに言われた言葉に息を呑み、キルアの顔を見上げる。そして自分の頭にあるはずの帽子を探した。そこには何も無かった。
「ごめん……なさい……。心当たり……? そんなの、ないよ……。イルミ……? 誰……?」
キルアの困惑を見て申し訳なさそうに目をそらし、ぽつりとぽつりと記憶を辿る。キルアは懐からレンの帽子を取り出し、手渡す。表情には複雑な感情が浮かんでいる。キルアから帽子を受け取り、それを被りもせずに胸に抱え持つ。
「謝ることないさ。俺だって人に言えない秘密くらいある。それより……」
周囲を警戒しながら声を低くする。
「イルミはオレの兄貴だ。暗殺者としての才能は家族の中でもトップクラス。あいつがお前を狙ってるってことは、よっぽどのことがあるはずだ」
キルアはレンの額を見つめ、針が刺さっていた跡に指を軽く這わせる。
「この針は単なる武器じゃない。人の意識や記憶を操作できるんだ。お前の中に眠ってる何かを、あいつは知ってるみたいだ」
一瞬迷った後、決意を固めたように立ち上がる。
「よし、一旦安全な場所に移動しよう。ここじゃいつイルミが戻ってきてもおかしくない。ゴンたちと合流できれば……」
「ねえ、何があったの? 私、いつから気を失ってたの……?」
レンもゆっくりとその場で身を起こし、立ち上がる。二人で草むらを移動し、安全そうで身を隠せそうな小さな岩山に身を潜める。キルアは岩陰に身を寄せながら、素早く周囲を確認する。彼の鋭い目は僅かな動きも見逃さない。
「気を失ってたのは15分くらいかな。イルミが針を刺して、お前が倒れたところを俺が回収した。あいつ、普通なら殺すところをわざと生かしてた……これって相当異常なことなんだぜ」
キルアはレンの様子を観察しながら、何か閃いたように目を細める。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、お前って何か特別なことできる? 例えば……直感が異常に鋭いとか、何かを見抜く能力があるとか」
「特別なこと……? ううん、何もない……と思うよ。ただキルアとの友達になったこと以外には、何も」
レンはふと、プレートを取り出した。
「キルア……私ね、本当の名前、マヤっていうんだ。レンは……男装時用の偽名だから」
キルアの顔を真っ直ぐに見つめて言った。キルアはマヤのプレートを見つめ、静かに息を吐き出す。彼の目には複雑な色が宿っている。
「レン……いや、マヤか。名前、教えてくれてありがとう。それだけでもオレには大きいよ」
「名前偽っててごめんね。……でも、やっとキルアに本名で呼んでもらえた。嬉しいな」
一瞬の沈黙の後、キルアは髪をかき上げながら小さく笑う。
「友達、か。そうだな……お前とはなんか話しやすいし、一緒にいて落ち着くんだ。……イルミが手を出さないってことは、何かお前に必要としてることがあるんだ。試験が終わるまでオレがついてる。絶対に守るから」
キルアは拳を握りしめ、決意の表情を浮かべる。
「それと……ちょっと考えたんだ。もしかしたら、お前の才能は"人"かもしれない。オレでさえ心を開いちゃうくらいだからな。そういう才能って、案外気づかないもんだぜ」
「ふふっ、なあに、その才能。でもキルアにもあるじゃない。私だって、キルアには心を許せるもん。だからこんな弱音も言える……私、怖かったんだ。今更性別を明かしたら、友達じゃいられなくなっちゃうのかなって」
そう言って、不安そうにキルアを見つめる。そして「夜が来るね。眠る場所、どうしようか」と取り繕うように言った。キルアは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに穏やかな微笑みに変わる。
「なんだよ、そんなことで。男だろうが女だろうが、お前はお前だろ。オレにとっては変わらないよ、マヤは大事な友達だ」
キルアは少し恥ずかしそうに視線を逸らし、上着の襟元をいじる。
「ありがとう……キルア」
ほっとしたことで気が緩んだのか、涙がひとつぶ零れる。マヤは気恥ずかしそうにしながら微笑んだ。キルアはマヤの涙を見て少し慌てた様子を見せる。
「お、おい……泣くなよ。別に大したことしてないんだからさ」
キルアは照れくさそうに頬を掻きながら、でもどこか嬉しそうな表情を浮かべる。そして立ち上がり、周囲を慎重に見回した。
「夜はここで過ごそう。この岩陰なら風も凌げるし、外からは見えにくい。オレが見張りするから、マヤは少し休んだ方がいい。イルミの針の影響がまだ残ってるかもしれないし」
キルアは岩に背を預け、空を見上げる。
「明日は……できるだけ人目につかない場所を通って、試験会場に向かおう。オレたちなら、きっと大丈夫だ」
「わかった、そうするね。キルアは大丈夫? ……私、少し休んだら交代するから。だから、キルアも休んでね」
「心配すんな、オレは平気だ。暗殺者の修行で三日くらい寝なくても余裕だから」
キルアは岩の上に腰掛け、警戒するように周囲を見回しながら言う。マヤはいつでも起きれるように壁側に身をもたれかけて目を閉じた。マヤが目を閉じるのを見て、キルアは小さな声で続ける。
「でも……交代してくれるなら、少しだけ休むかもな」
彼は月明かりに照らされたマヤの寝顔をちらりと見て、すぐに視線を空に向け直す。
「明日は……ゴン達と合流できるといいな。あいつらなら、きっと喜んで力を貸してくれるよ。特にレオリオなんか、女の子だって知ったらめちゃくちゃ張り切るぜ」
こうしてプレートを守り続け、「ただ今をもちまして第四次試験は終了となります。受験生のみなさん、すみやかにスタート地点へお戻りください。これより1時間を帰還猶予時間とさせていただきます」というアナウンスの声が島中に響き渡るとそれを合図に受験生達はゾロゾロとスタート地点に戻っていく。
「終わったね、キルア。ゴン達もきっと、クリアしてスタート地点に戻ってるよね。……皆、驚くかな」
そう言ってマヤは立ち上がり、落ち着かなそうに帽子を抱えている。キルアは身を起こし、ハンター試験の終了アナウンスを聞いて軽く息を吐き出す。
「ようやく終わったか。そうだな、ゴンたちなら絶対クリアしてるよ。あいつ、しぶとそうだしさ」
そこで彼はマヤの不安げな様子に気づき、少し考えるような表情を見せる。
「驚くだろうな、間違いなく。でも……大丈夫だって。レオリオはしばらく口をあんぐりと開けてるだろうな。クラピカは冷静そうに見えても絶対動揺してる。ゴンは……きっとすぐに『すごいね、マヤ!』って言うよ。単純だからな」
キルアは立ち上がり、マヤの肩を軽く叩き、少し笑いながら続ける。そして彼は周囲を見回し、スタート地点への最短ルートを確認する。
「さぁ、行こうぜ。もたもたしてると時間切れになっちまう。それに……お前の本当の姿、俺も見てみたいしな」