ゴン×ト×ハンゾー
「キルアー!」
キルアと並んでスタート地点に戻ると遠くから叫びながらゴンが駆け寄ってくる。その後ろにも駆け寄ってくるクラピカとレオリオがいた。
「みんな! 無事合格したのか、良かった……。キルアもありがとう。結局ずっと一緒にいてもらったし」
ゴンの能天気な声に、俺は思わず肩の力が抜けるのを感じた。レオリオとクラピカも無事だったみてえだな。
「おう。そっちこそ、とっくに合格してたのかよ」
俺はいつもの調子で軽口を叩く。スバルは少しバツが悪そうに俯いていたが、ゴンたちに気づかれないように、俺はわざとスバルの背中を軽く小突いた。
「こいつが途中でへばっちまったからな。まあ、ギリギリ間に合って良かったぜ」
スバルの性別も、イルミのことも、今はこいつらには言えねえ。面倒なことになるのは目に見えてる。俺はちらりとスバルの横顔を盗み見た。まだ顔色が少し悪いが、大丈夫だろう。とにかく、今はこれでいい。
「う……、結局足手まといって言いたいんだろ」
キルアに途中までおぶられてきたのは事実なため何も言い返せない。キルアに『足手まといになるなよ』と言われていたのに結局足手まといだったと少し落ち込んだ顔をする。
スバルの落ち込んだ横顔を盗み見て、俺は思わず舌打ちしそうになった。別に責めてるつもりはねえのに、いちいち気にしやがって。
「バーカ。んなこと言ってねえだろ。結果的に合格したんだから、それでいいんだよ」
俺はぶっきらぼうに言って、スバルの頭をガシガシと乱暴に撫でてやる。こいつのキャスケットがズレて、ピンクの髪が少しだけ覗いた。
次は最終試験、か。イルミも間違いなく残ってるはずだ。あいつと戦うことになるのか?考えただけで、背筋が冷たくなる。だが、逃げるわけにはいかねえ。
「ああ。だが、その前に少し休ませろよ。色々あって疲れちまった」
俺は大きく伸びをしながら、ゴンたちにそう言った。スバルのことも、イルミのことも、頭の中がごちゃごちゃだ。少し整理する時間が欲しかった。
残ったメンバーはゴン、キルア、スバル、クラピカ、レオリオ、ポドロ、ポックル、ハンゾー、ヒソカ、イルミ。最終試験を迎えるにあたり、全員がネテロ会長の面談することになった。内容は最終試験に関するものと言っても少し参考に質問する程度らしい。質問内容は最終試験に残った受験生の中で『1番注目している者』と『今1番戦いたくない者』であった。1人ずつ番号が呼ばれていく。
ネテロ会長との面談、ね。爺さんの気まぐれに付き合わされるのはごめんだぜ。俺は腕を組み、壁に寄りかかって順番を待つ。視線の先には、無表情で佇むイルミの姿があった。
「……チッ」
無意識に舌打ちが漏れる。戦いたくない相手、か。そんなもん、決まってんだろ。だが、それを口にしたら、兄貴は面白がって俺を潰しに来るだろうな。
「注目してるヤツは……ゴン。戦いたくねえのは……」
俺はちらりとスバルの方を見る。あいつは不安そうな顔で自分の番を待っていた。こいつと戦うのも、正直気乗りしねえ。だが、それ以上に厄介なのは……。
「ヒソカ、だな」
俺はわざとらしくそう呟いた。イルミに聞かせるために。本命は口が裂けても言えねえよ。
クラピカは両手をポケットに入れ、待機エリアの窓から外を眺めている。
「スバル、緊張しているか? ヒソカには気をつけたほうかがいい」
彼は静かに微笑み、スバルの方へ視線を向けた。周囲の緊張感を感じ取りながらも、冷静さを失わない様子だ。
「うん……、ありがとうクラピカ」
スバルはヒソカよりもイルミには絶対目を向けないようにしていた。クラピカの言葉に、俺は鼻を鳴らした。ヒソカに気をつけろ、ね。当たり前のことだ。だが、本当に警戒すべきは、あのピエロだけじゃねえ。俺はイルミから視線を外し、クラピカと話しているスバルに目をやった。あいつ、さっきから兄貴の方を全く見ようとしねえな。トリックタワーで何かあったのは間違いねえ。帽子を取られただけ、なんて嘘っぱちだ。まあ、無理に聞き出す気はねえけどな。俺は壁から背を離し、ゴンたちのいる方へ歩き出す。
「おい、次、誰の番だよ。さっさと終わらせようぜ。爺さんの世間話に付き合ってる暇はねえんだ」
俺はわざと大きな声で言った。イルミの注意を、スバルから逸らすために。兄貴がスバルに興味を持った理由は分からねえ。だが、あいつの気まぐれに、スバルを巻き込むわけにはいかねえんだよ。
4次試験終了から3日後、ハンター委員会が経営するホテルでしばしの休息をとった10人の受験生は、ネテロ会長や試験官達と共に大広間に集まった。ネテロは声を上げて説明する。
「最終試験のクリア条件はたった1勝で合格である! つまり勝った者が次々抜けていき、負けた者が上に登っていくシステム。しかも誰にでも2回以上の勝つチャンスが与えられている、何か質問は?」
トーナメント、ね。勝ち抜き戦か。なるほど、合理的だな。俺はネテロの説明を聞きながら、思案する。ネテロは「トーナメント表を張り出さない」と言っていた。何か裏があるな。そう思いながら睨みつけた。1勝すれば合格。つまり、誰か一人を確実に仕留めればいい。単純明快で、俺好みのルールだぜ。
「……ふん」
俺はちらりとイルミの方を見た。兄貴は無表情で佇んでいる。あいつと当たる可能性があるのは、決勝だけか。それまでに、俺は確実に合格を決める。俺はスバルの方に視線を移し、心の中でだけ呟いた。
(……死ぬなよ)
「戦い方は単純明快。武器OK反則なし、相手に“まいった”と言わせれば勝ち! ただし、相手を死に至らせてしまった者は即失格! その時点で残りの者が合格で試験終了じゃ。よいな。それでは最終試験を開始する! 第1試合、ハンゾー対ゴン」
俺はゴンの名前が呼ばれたのを聞いて、眉をひそめた。いきなりゴンかよ。しかも相手はあの忍者、ハンゾー。体力も実戦経験も、ゴンよりずっと上だ。
「……まあ、あいつなら何とかするだろ」
「うん……なんでトーナメント表、出さないんだろう。不安だな……」
俺は自分に言い聞かせるように呟く。だが、不安が消えたわけじゃねえ。トーナメント表が非公開なのも、妙に気にかかる。ネテロの爺さん、何を企んでやがるんだ。俺は腕を組んで、不安げな顔をしているスバルの隣に立つ。
「心配すんな。俺たちの試合がいつになるかは知らねえが、それまでに余計なこと考えるだけ無駄だぜ。今はゴンの試合に集中しろ」
俺はそう言って、試合が始まるステージを睨みつけた。とにかく、今は目の前の試合を見届けるしかねえ。
「うん……ありがとうキルア。そうだよな。……あのさ」
スバルは声を潜め、小声で言う。
「イルミ……は、キルアと一緒に僕を家に連れ帰りたいらしいんだ。……だから……気をつけろよ」
スバルはゴンの方を向いたまま言った。俺は息を呑んだ。家に、連れ帰る?俺だけじゃなく、スバルも?
「……なんだよ、それ」
俺の声は自分でも驚くほど低く、冷たくなっていた。頭の中で、パズルのピースがはまっていく。兄貴がスバルに執着する理由……そういうことか。俺はゴンとハンゾーが対峙するステージから、無意識にイルミの方へ視線を移す。兄貴は相変わらず無表情で、試合開始を待っていた。だが、その視線は間違いなく、俺とスバルに向けられている。ギリ、と奥歯を噛みしめる。怒りと、得体の知れない恐怖が腹の底から湧き上がってくる。スバルを巻き込むことだけは、絶対に許せねえ。
「……スバル。お前は俺が守る」
小声で、だがはっきりと告げる。これは誓いだ。誰にも、たとえ兄貴にだって、こいつを好きにはさせない。
「……へっ? あ、ああ……、ありがとう?」
帽子の下を見られてるとは知らないスバルは戸惑いながらもお礼を言う。ほんの少しだけ赤くなった頬を隠すようにそっぽを向いた。
「……なんだよ、急に……。なんか調子狂う、だろ」
スバルの戸惑った声に、俺はハッとして我に返る。ちくしょう、らしくもねえこと言っちまった。
「……うるせえ。別に深い意味はねえよ。お前が足手まといだから、俺が面倒見てやるってだけだ」
俺は照れ隠しに、わざとぶっきらぼうに言い放つ。だが、さっきの誓いは本気だ。イルミの視線が、針のように背中に突き刺さるのを感じる。兄貴は俺たちが何を話しているか、きっと気づいてやがる。
「それより、試合が始まるぞ」
俺は無理やり話を逸らし、ステージに視線を固定した。ゴンの真っ直ぐな瞳が、ハンゾーを捉えている。こいつの試合を見届けねえと。そして、俺自身の覚悟も決めねえと。スバルを守る、その意味を。
試合が開始されて間もなく、ゴンはハンゾーに後ろを取られて手刀をくらい、動けなくなる。それからはハンゾーがゴンを痛めつける一方的な展開となった。その状態が3時間続いた。ゴンは、もはや血反吐も出ないくらい悲惨な状態になっているにも関わらず、絶対に降参しようとしない。
「ゴン……。こんなの、見てられないよ……」
「ゴンの意志の強さは驚くべきものだ。だがこれは……」
スバルは辛そうにしながら手を握りしめている。クラピカは腕組みをしながら苦い表情でゴンの姿を見つめていた。額の奥に浮かぶ血のような赤い糸がチラリと見える。俺は唇を噛み締めていた。拳を握りしめすぎて、爪が手のひらに食い込む。ゴンの姿は、もはや見るに堪えない。なのに、あいつの目から光は消えていなかった。スバルの弱々しい声が、やけに耳につく。うるせえ、見てろ。最後まで。あいつの覚悟から目を逸らすんじゃねえ。
「……見てろ。あいつはまだ、折れてねえ」
俺はスバルの方を見ずに、ステージ上のゴンを睨みつけたまま答えた。声が震えなかったのは、奇跡に近い。イルミの視線が、ゴンの惨状を嘲笑うように突き刺さる。兄貴なら、こう言うだろう。『無駄な抵抗だ』と。だが、ゴンは違う。あいつは、俺が諦めたものを、まだ諦めていねえんだ。
「わかってる。それでも見据えないといけないんだって。僕はゴンが勝つって信じてるし」
「……時に降参も戦略の一つだ。無益な苦痛に耐えても何も得られない。だが彼には彼の戦い方がある。我々はそれを尊重するしかない」
ついにゴンの腕がハンゾーに折られ、スバルは悲痛な顔で唇を噛み締めていた。その噛み締めた唇から血が流れ出す。クラピカやレオリオも怒りを露わにし、今にも飛び込んでいきそうだった。ゴンの腕が嫌な音を立てて折れるのを、俺は歯を食いしばって見ていた。クラピカとレオリオが怒鳴り声を上げているのが聞こえる。だが、俺は動けなかった。
「……っ」
スバルの唇から血が流れているのが視界の端に映る。やめろ。お前までそんな顔すんな。俺は無意識にスバルの前に一歩踏み出し、イルミの視線から庇うように立つ。兄貴はきっと、この光景を見て笑ってやがる。ゴンの姿に、かつての俺を重ねて。無駄な抵抗だと、諦めろと囁くように。
「……あいつは、降参しねえ。絶対にだ」
それは、自分に言い聞かせるための言葉だった。そうだ、ゴンは諦めない。だから俺も、こいつを守ることから逃げちゃダメなんだ。
結局、ゴンを死なせたくなくなったハンゾーが負けを認め、ゴンの勝利で試合は締めくくられた。だがハンゾーに思い切りぶん殴られたゴンは床に叩きつけられて気を失い医務室に運ばれる。
「勝った……んだよな……。ゴンなら、きっと、すぐケロッとして戻ってくるし……。ゴンが勝ったんだ!」
スバルは思わずキルアの手を握りしめて喜ぶ。
スバルが握ってきた手の温かさに、俺は一瞬戸惑う。だが、振り払うことはしなかった。ゴンの無様な勝利に安堵するスバルの顔を見て、張り詰めていたものが少しだけ緩むのを感じる。
「……ああ。あいつの、勝ちだ」
俺は短く応え、医務室へ運ばれていくゴンの姿を目で追った。勝ちは勝ちだが、素直に喜べるような勝ち方じゃねえ。無謀で、馬鹿で、見てるこっちの心臓がいくつあっても足りねえ。だが、それでも。あの光景は、俺の目に焼き付いて離れない。兄貴の教育に染まった俺なら、とっくに降参していただろう。ゴンは、違う。あいつは俺に、諦めないことの意味を、嫌ってほど見せつけてくる。