サイ×カイ×ナカマ






「うん! それで、キルアの言いたいことって何? 聞かせて?」



ステラもキルアの頬からそっと手を離して問いかけた。



俺の、言いてえこと……。



ステラの問いかけに、俺はハッとして息を呑んだ。そうだ、謝らなきゃならねえ。ハンター試験の最終試験で、俺がこいつを……ステラを傷つけたこと。イルミに操られていたとはいえ、やったのは俺自身だ。



「……あ、ああ……その……」



だが、いざとなると言葉が喉に詰まって出てこない。まっすぐ俺を見つめるステラの瞳から、思わず視線を逸らした。なんて言えばいい?ごめん、で済む話じゃねえ。



「試験の時……俺が、お前にしたこと……」



歯切れの悪い俺の言葉に、ステラは小さく首を傾げる。分かってねえのか?いや、そんなはずは……。



「悪かった……」



なんとか絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、情けないものだった。不意にステラが俺の手を取る。



「私こそ逃げ切れなくてごめんね。辛いことさせちゃったね。でも大丈夫だよ。キルアは私を守ろうとしてくれてたんでしょ? ありがとう!」



ステラはそう言って嬉しそうに微笑んだ。



「なっ……! ……なんで……」



ステラの言葉に、俺は目を見開いた。守ろうとしてくれてた……?ありがとう……?なんで、こいつはそんなことが言えるんだ?俺は、お前を殺しかけたんだぞ。俺の手を握るステラの手は、小さくて温かい。この手で、俺はこいつを傷つけた。その事実が消えるわけじゃねえのに。



「なんで、お前が謝るんだよ……」



声が震える。ごめん、じゃなくて、ありがとう、だと……?そんなこと言われたら、俺は……どうしたらいいか、分かんねえじゃねえか。



「悪いのは、全部……俺だろ……」

「うーん、なんていえばいいのかな。悪いのは全部イルミ! はい解決!」



ステラはあっけらかんとして言った。全く気にしたそぶりもない。



「でもどうしてもっていうんなら……今日の夕食奢りね!」



ハンター試験で出会った最初のときにキルアに言われた『負けた方が今日の昼飯奢りな』を口にしてウィンクする。



は……?



ステラのあっけらかんとした態度に、俺は完全に毒気を抜かれた。イルミのせい?夕食の奢り?なんだそりゃ。俺が今まで何を悩んでたのか、馬鹿らしくなるじゃねえか。



「……ぷっ」



思わず吹き出しちまった。こいつ、ほんと、調子狂うぜ。そうだ。悪いのはイルミだ。そう思うことにした。その方がずっと楽だ。俺はステラの言葉に乗り、わざと大げさに笑って見せる。



「ははっ、なんだよそれ。確かに悪いのは全部兄貴だな! 上等じゃねえか! 夕食くらい、いくらでも奢ってやるよ。一番高い店、予約しとけ!」



そう言ってステラの頭をわしゃわしゃと撫でてやると、こいつは「やったー!」と子供みたいに笑った。その笑顔を見て、胸の奥にあった重い何かが、少しだけ軽くなった気がした。



「でもホントびっくりしたよね! スバル……いや、ステラが女の子だったなんてさ!」

「ああ、何となく違和感はあったんだがな……」

「けど、今のが断然いいぜ! 長ズボンよりも短パンのが似合ってる!」

「あはは……まあ、ずっと隠しておく理由もなかったんだけどね。なんか打ち明けるタイミングわかんなくなっちゃって」



ゴン達の能天気な声に釣られて、俺はちらりとステラの方を見た。確かに、今の格好の方がずっといい。大きめの服で隠されていた時よりも、ずっと……。



「ふん。まあ、どっちでも大して変わんねえよ。それより、腹減ったんだけど。奢るって約束、忘れてねえだろうな?」



俺はわざとそっぽを向いて、ぶっきらぼうに呟く。ゴンたちの手前、素直に褒めるなんてこと、できるわけねえだろ。さっきまでのシリアスな空気を吹き飛ばすように、俺はステラの肩を軽く小突く。過去のことはもういい。今は、こいつらと過ごすこの時間が、何より大事だ。



「さっさと行くぞ。一番高い店、探さねえと」

「わーい! 高級店なんて初めてかも! 私そういう店詳しくないからキルアにお任せしちゃおうかな。あっドレスコードのない店にしてね!



ステラは嬉しそうにはしゃぎながら俺の隣に並んで歩く。俺に任せる、か。まあ、確かにこいつらじゃロクな店知らなそうだしな。



「はあ? ドレスコードだぁ? んなもん気にするような店に行くかよ。めんどくせー」



俺は呆れたようにため息をついた。隣ではしゃぐステラを見ると、なんだか調子が狂う。だが、悪くねえ気分だ。仕方ねえな、という顔を作りながらも、口元が緩むのを抑えられない。こいつの期待に応えてやりてえ、なんて柄にもなく思っちまってる。



「……まあ、いいぜ。俺に任せとけ。絶対美味いもん食わせてやるから。その代わり、遠慮すんなよ? 腹いっぱい食え。ゴンもレオリオもクラピカもだ」

「だって高級店ってそんなイメージだったんだもん」



ステラは呆れたように言われて少しむくれてみせる。



「えっ? オレたちもいいの?」

「いや……私にまで奢る必要はないぞ?」

「マジかよ! 太っ腹だな! 高級店なんだろ?」



ゴンたちの反応に、俺はフンと鼻を鳴らした。こいつら、変なとこで遠慮しやがる。



「うるせーな。俺が奢るって言ってんだから、黙ってついてこいよ。金なら有り余ってんだよ。ステラに奢るついでだ。お前らも腹いっぱい食わねえと、損だぜ?」



レオリオの現金な態度には呆れるが、まあ、あいつらしいか。クラピカの遠慮は面倒くせえ。ゴンは……まあ、いつも通りだな。俺はニヤリと笑って、先頭に立って歩き出す。ステラが隣に並び、その後ろからゴンたちが騒がしくついてくる。この感じ、悪くねえ。むしろ、心地いいとさえ思っちまう。



「ほら、さっさと行くぞ。迷子になんなよ」

「もー! 迷子にならないってば! 私そんなに方向音痴じゃないよ。たぶん」



ステラはハンター試験中にも言われたこと事をまた今言われ、ぷんぷんと軽く怒ってみせる。その夜は仲間たちと高級店のひとときを過ごした。

高級店、ね。俺の知ってる「高級店」とはだいぶ違う、騒がしくて活気のある店だった。けど、ステラやゴンたちが心の底から楽しそうにしてるのを見てると、こういうのも悪くねえなって思う。



「……おい、ステラ。口の周り、ソースついてんぞ」



隣で夢中になって肉にかぶりついているステラに、呆れたように声をかける。男装してた時と、やってることは大して変わらねえな。俺はナプキンを手に取り、無造作にステラの口元を拭ってやった。



「ったく、子供かよ」



ぶっきらぼうに言いながらも、その仕草が自然にできたことに、自分でも少し驚いていた。昔の俺なら、絶対にやらなかったことだ。ゴンたちと、そして……ステラと出会って、俺も少しは変われたのかもしれねえな。

それから5人は歩きながら、今後のことを話し合った。まずゴンはヒソカに会って4次試験の時の借りを返したいらしい。ヒソカの居場所を知らないと言うゴンにクラピカが「私が知ってるよ、ゴン」とため息をつきつつ応える。最終試験、ヒソカは試合放棄する前にクラピカの耳元で呟いていた。“クモについて、いいことを教えよう ”と。クラピカが講習後にヒソカを問い詰めるとヒソカは『9月1日、ヨークシンシティで待ってる 』と言ったそうだ。



ヨークシンシティ……。



ヒソカの居場所を聞いて、俺は無意識に眉をひそめた。世界最大級のオークションが開かれる街。裏社会の人間……それこそ、俺の一族みたいな連中も多く集まる場所だ。



「……9月1日、ね」



ヒソカがわざわざそんな場所と日時を指定したってことは、何か目的があるはずだ。クモ……幻影旅団のことか。面倒なことになりそうな予感がする。俺はちらりとステラを見た。こいつをそんな危険な場所に連れて行っていいのか?



「ゴン、お前、本気で行く気か? 借りを返すってのはいいけどよ、今のままじゃ返り討ちに遭うだけだぜ」



俺の声には、自分でも気づかないうちに咎めるような響きが混じっていた。ヒソカは格が違う。今のゴンじゃ、まだ……。俺は腕を組んで、ゴンの目を真っ直ぐに見つめた。ここでこいつを止めなきゃ、まずいことになる。そんな気がした。



「落ち着いてキルア、9月1日でしょ? 半年も先だよ。私達も絶対ついていくからね、ゴン。一人にはしないから」



ステラの言葉に、俺は思わず舌打ちしそうになる。ついていく?一人にしない?簡単に言ってくれるぜ。ステラは少し遠くを見るような目をして、何企んでるんだろうね……と言った。



「お前まで何言ってんだよ。ヒソカがどれだけやべえ奴か、忘れたわけじゃねえだろ」



俺はステラの肩を掴んで、自分の方へと向き直らせた。こいつの「遠くを見るような目」が気に食わねえ。まるで、何かを覚悟してるみてえな……。



「いいか? ヨークシンシティはただの街じゃねえ。幻影旅団が絡んでるなら、なおさらだ。お前みたいなのが面白半分で首を突っ込んでいい場所じゃねえんだよ」



口調が強くなるのを止められなかった。こいつを守らなきゃ、って気持ちが焦りを生む。イルミの時みてえに、また俺がこいつを傷つけることになるのだけは、絶対に嫌だった。



「……取り込み中すまないが、キルアとも再会できたし、私は区切りがついた。オークションに参加するためには金が必要だしな。これからは本格的にハンターとして、雇い主を探す」

「ああ……オレも故郷へ戻るぜ。やっぱり医者の夢は捨てきれねェ。これから帰って猛勉強しねーとな」

「そっか……寂しくなっちゃうけど、再開できるのを楽しみにしてるよ。9月1日全員集合でしょ? 会いに行くよ。みんなに会いたいから」



クラピカとレオリオの言葉に、俺は押し黙った。そうか、こいつらはもう、自分の道を決めてるのか。俺たちとは違う、先に進むべき道を。



「……そっか。まあ、頑張れよ」



俺はぶっきらぼうにそう言って、顔を背けた。寂しくねえ、なんて言ったら嘘になる。でも、こいつらの決意を邪魔する権利はねえ。俺はもう一度ステラの方を向く。クラピカたちが行っちまうなら、なおさらだ。こいつだけは、俺が守らねえと。



「お前はダメだ。ヨークシンシティには行かせねえ」

「えっ……?」



俺はステラの腕を掴んだまま、きっぱりと言い放った。ゴンの隣にいるのは俺の役目だ。こいつには、もっと安全な場所にいてほしい。



「これは命令だ。お前は、家族のいる故郷にでも帰ってろ。分かったな?」



イルミと同じような言葉を使っちまったことに、内心で舌打ちする。だが、こうでも言わなきゃ、こいつは分からねえだろう。俺がお前を、どれだけ……。



「そう……私が、女だから? ふーん……じゃあこれからゴンとキルア二人で冒険に行くんだ」



ステラは少し拗ねたような顔をした。キルアは気付かない。その拗ねたような顔の向こうの悲しげな色に。家族なんて……故郷なんて……そんなのない。そう言ったら彼はどんな顔するのかな、とステラは思った。

拗ねたようなステラの言葉が、俺の胸に突き刺さる。女だから?そうじゃねえ。そうじゃねえけど……うまく言えねえ。



「……っ、ちげえよ! そういうことじゃねえだろ!」



俺は掴んだ腕に力を込めてしまう。ステラが顔をしかめたのを見て、ハッとして力を緩めた。まただ。俺はこいつを傷つけてばかりだ。



「ゴンと俺が行くのは、ヒソカに用があるからだ。お前には関係ねえ。危険なだけだ。分かれよ……お前は、もっと普通の……」



苛立ちを隠せないまま、言葉を続ける。違うんだ。お前が女だからとか、弱いからとか、そういうことじゃねえ。ただ、俺が……お前に、俺と同じような危険な世界にいてほしくねえだけなんだ。普通の、なんだ?普通の女の子として生きろってか?俺がそれを言う資格なんて、あるわけねえのに。



「……そんなこと、スバルだった時は一度も言わなかったじゃん。むしろしっかりしろよって言ってたのに。女だとわかった途端、除け者にするの? 男二人で冒険したいから?」



突き放されたような気がして悲しかった。普通の……って何?それなら私は私で、一人で行動するだけ。帰る場所なんてないんだから。それに、私はハンターになったんだ。ステラはそれ以上は何も言えず、そのまま踵を返した。



「……いいよ別に。それなら勝手に行動するから」

「待てよ!」



ステラの背中が、突き放すように遠ざかっていく。勝手に行動する、だと?その言葉が、まるで棘のように俺の胸に突き刺さった。違う。そうじゃねえんだ。除け者にしたいわけでも、男二人でいたいわけでもねえ。思わず叫び、その腕を掴もうと手を伸ばすが、指先が空を切る。ステラは一度も振り返らなかった。俺の言葉が、一番言っちゃいけねえやり方で、こいつを深く傷つけたんだってことが、嫌でも分かった。



「クソッ……!」



俺は伸ばした手を強く握りしめた。どうしてうまく伝えられねえんだ。お前がスバルだった時と、今とじゃ、俺の中の何かが決定的に違う。お前をただの仲間じゃなくて……もっと、失いたくねえ存在だって、そう思っちまってるからだって、そんなの、言えるわけねえだろ。











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