スナオ×ニ×ナレナイ






ステラの姿が見えなくなると、ゴンが心配そうにキルアを見つめている。



「キルア……。そうやって遠ざけるのはあまり良くないんじゃないかな。それにオレはステラがいないと正直寂しいよ」

「……うるせえな。あいつが勝手に行ったんだろ」



ゴンの言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。分かってる。んなこと、言われなくたって分かってるんだよ。でも、どうすりゃいいのか、俺には分かんねえ。強がりだって、自分でも分かってる。ゴンのまっすぐな目から逃げるように、俺はそっぽを向いた。ステラがいないと寂しい、か。ああ、そうだよ。俺だってそうだ。あいつがいないなんて、もう考えられねえ。



「……追いかけるぞ」

「うん! 行こう!」



俺は短く吐き捨てて、ステラが消えた方へと走り出した。ゴンも一緒に。ごちゃごちゃ考えるのは性に合わねえ。とにかく、あいつを引き留める。俺のそばから離れさせねえ。ただそれだけだ。



「あんな言い方しかできねえ俺が悪い。ちゃんと……謝って、話さねえと」

「それに9月1日ってまだまだ半年以上も先だよ。それまでにオレたち、一緒に冒険して強くなろうよ」



ゴンはキルアといっしょに追いかけながら言った。ゴンの言葉に、俺は走る速度を少し緩めた。半年以上先。確かに、言われてみればそうだ。焦りすぎて、一番大事なことを見失ってたかもしれねえ。



「……ああ、そうだな。強くなる……。そうじゃねえと、ヒソカどころか、何にも太刀打ちできねえ」



隣を走るゴンの顔を見る。こいつはいつもそうだ。俺が意地を張ったり、見えなくなっちまってる時に、当たり前のことを言って気づかせてくれる。俺たちの前には、まだ見えねえ壁がいくつもある。天空闘技場、念…乗り越えなきゃならねえことは山積みだ。ステラを守るためにも、俺自身がもっと強くならなきゃ話にならねえ。



「そのためにも、今はあいつが必要だ。俺たちには、あいつがいなきゃダメなんだよ」



俺は再び速度を上げた。視線の先に、小さくなっていくステラの背中が見える。絶対に、追いついてみせる。けど、ステラはローラーシューズで全速力で走っている。ただのローラーシューズにしてはやけに速い。



なんだ、あの速さは……。



俺は舌を巻いた。ただのローラーシューズじゃねえ。何か仕掛けがあるのか?あいつ、あんなもん隠し持ってたのかよ。だが、そんなことはどうでもいい。今はただ、あいつに追いつくことだけを考える。



「ゴン、先行くぞ!」



俺はゴンに一言断って、一気に加速する。暗殺術で培った歩法、『肢曲』。風を切る音が変わる。景色が後ろへ飛んでいく。ステラとの距離が、少しずつ縮まっている気がする。だけど、追いつかねえ。



「待てって言ってんだろ、ステラ!」



喉が張り裂けそうになるくらい叫ぶ。この声が、あいつに届けばいい。俺が、どれだけ本気で追いかけてるか、伝わればいい。



「お前がいなきゃ、意味ねえんだよ!」



俺たちの冒険に、お前がいないなんて、もう考えられねえんだ。だから、頼む。止まってくれ……!



「やっと会えたのに、突き放すように言われて、ちょっと寂しかったの! 拗ねてごめん!」



ステラの足が止まった。振り返らないまま叫ばれた言葉が、俺の心臓を鷲掴みにする。寂しかった、だと……?拗ねてごめん、だと……?違う。悪いのは、全部、俺の方だ。



「……っ、悪かった!」



俺はステラのすぐそばまで駆け寄り、乱れた息もそのままに叫んだ。振り返らないなら、聞こえるまで言ってやる。



「言い方が悪かった! お前が女だからとか、そういうんじゃねえんだ! ただ……その……お前が危ない目に遭うのが、嫌だっただけで……! だから……行くなよ。俺たちのそばから、いなくなんじゃねえよ……ステラ」



言葉がうまく出てこねえ。俺のせいでこいつを傷つけて、泣かせちまったかもしれねえ。そう思うと、胸がギリギリと締め付けられるようだ。



「じゃあ……これからも一緒にいてくれるの? 邪魔じゃない?」



振り返ったステラの顔は、不安そうに揺れていた。上目遣いで俺を見つめる瞳に、さっきまでの意地っ張りな様子はどこにもない。そんな顔、させちまったのは俺だ。



「邪魔なわけ、ねえだろ……!」



俺はほとんど叫ぶように言った。当たり前だ。お前がいなきゃダメなんだって、さっきあれだけ言っただろうが。



「いなくなられたら、俺が……俺たちが困るんだよ。ゴンも、俺も、お前がいないとダメなんだ」

「私がいないとダメなの? ゴンも?」

「当たり前だよ!」



追いついてきたゴンがそう言ってにっと笑っていた。うまく言葉がまとまらねえ。でも、今伝えなきゃ、またこいつを不安にさせちまう。俺は一歩踏み込み、ステラの肩を掴んだ。



「だから、これからもずっと一緒にいろ。……命令だ」



さっきとは違う。これは、俺の勝手な願いだ。もう二度と、お前を一人になんてさせねえっていう、俺の決意だ。



「命令ってなによ。キルアのばーか。でも、仕方ないから一緒にいてあげる。それでこれからどうするの?」



嬉しそうに笑うステラの顔を見て、俺は掴んでいた肩からそっと手を離した。胸の奥でつっかえていた何かが、すっと消えていくような感覚だった。ばーか、で済ませてくれるなら、いくらでも言われりゃいい。



「……うるせえな」



照れくさくて、ついそっぽを向いちまう。ゴンの「当たり前だよ!」っていう明るい声が、やけに響いて聞こえた。こいつがいてくれて、助かった。ヒソカに一発喰らわせる。そのためには、もっと強くならなきゃ話にならねえ。俺も、ゴンも、そしてこいつも。



「これから、か……。とりあえず、金稼ぎと修行だな。ヨークシンに行く前に、やれることは全部やっとかねえと。お前も、付き合えよ。俺たちの冒険に、最後までな」

「うん。私も強くならなきゃね。三人で冒険できるように、足手まといにならないように」



ステラはキルアとゴンと並んで歩きながら夜空を見上げる。



「金稼ぎか……なら天空闘技場かな? とりあえず今夜の宿を考えないとだね」



ステラの言葉に、俺は夜空を見上げた。星がやけに綺麗だ。足手まとい、なんてこいつは言うけど、そんなこと思ったことは一度もねえ。むしろ、助けられてばっかりだ。



「天空闘技場か。悪くねえな。腕試しにもなるし、200階まで行けば一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る」

「すっげー!」



ゴンも隣で目を輝かせている。単純な奴。でも、その単純さが俺たちには必要なのかもしれねえ。



「だが、その前に宿だな。野宿はもう勘弁だぜ」



俺は首をコキリと鳴らす。ひとまず、こいつが隣にいてくれる。それだけで、今は十分だった。これからの冒険が、どんなに過酷でも、三人なら乗り越えられる。そんな根拠のない自信が湧いてきていた。

その日はホテルの一室を取った。部屋には三人がけのソファが一つと三人で寝れるサイズのベッドが一つだった。



「私、誰かと泊まるのって初めて。なんかワクワクしちゃうね! あっゲームがある! 三人でやる!?」



ステラは忙しなく部屋を見回していたかと思えばテレビ備え付けのゲーム機を見つけてわくわくしながらゲームカセットを見ている。はしゃぐステラの姿を、俺はソファにどっかりと腰を下ろして眺めていた。さっきまで泣きそうだったのが嘘みてえだ。まあ、こいつはこうやって笑ってる方がずっといい。



「へえ、んなもんあんのか。どれ、見せてみろよ」



俺はステラの隣に座り、カセットのパッケージを覗き込む。格闘ゲームに、レースゲーム……結構品揃えはいいじゃねえか。こういうのは嫌いじゃねえ。



「お前、何やりてえんだよ。まあ、何やっても俺には勝てねえけどな」



ニヤリと笑って挑発してやる。ゴンも「オレもやる!」と目を輝かせてテレビの前に陣取った。騒がしい夜になりそうだ。だが、それも悪くねえ。

まずはアイテムの甲羅などを投げたりするレーシングゲームを選んだ。ゴンはゲーム初心者だったがステラは意外とゲームがうまくて気付けばキルアとステラで一位を争うようにしてゲームに熱中していた。ステラは華麗なドリフト走行をしながら赤の甲羅でガードしている。



「このまま独走してやるー!」



ステラの華麗なドリフト走行に、俺は思わず舌を巻いた。こいつ、見かけによらず結構やるじゃねえか。初心者のゴンはとっくに周回遅れだ。完全に俺とステラの一騎打ちになってる。



「はっ、調子に乗ってんじゃねえぞ! そんなガード、すぐに剥がしてやるよ!」



俺は冷静にアイテムボックスを通過し、狙い通りのアイテムを引き当てる。画面の隅に表示されたのは、逆転の切り札、サンダーだ。



「独走なんてさせっかよ!」

「ああ!?」



タイミングを見計らい、ジャンプ台を飛び越える瞬間にボタンを押す。画面全体に稲妻が走り、ステラのマシンが小さくなってスピンした。チャンスだ。



「もらったぜ!」



俺は一気にアクセルを踏み込み、ステラを抜き去った。ゴールは目前だ。



「あ〜っ! ひっどい! 今のはひっどいよキルア!」



ステラは思わず声を上げて本気で悔しがっている。ぷんすかとしながらもなんとか3位でゴールを通過した。



「よくもやったねー! キルアなんてこうだ!」

「うおっ、何すんだよ!」



いきなり後ろから羽交い締めにされた。背後からの突然の衝撃に、俺は思わずコントローラーを取り落とす。羽交い締めにされて、ステラの体温と匂いがすぐ近くに感じる。



「ちょ、やめろって! ゲームは終わっただろ!」



俺は身を捩って抵抗するが、こいつ、見かけによらず力が強い。くそっ、油断した……!



「ふふん、背後取ったり〜」

「はっ、悔しいのかよ? 勝負は非情だって、お前がさっき言ってたことだろうが!」



首に回された腕に力を込められ、俺は「ぐえっ」と情けない声を出す。ゴンの笑い声が聞こえてきて、余計に腹が立った。



「わ、わかった! 降参! 降参だって!」



俺は両手を上げて降参のポーズを取る。こんなことで体力使うなんて、馬鹿らしすぎるぜ。俺に降参を言わせたステラはにやりと笑って腕の力を緩めた。後ろから抱きつく形のため、なんか柔らかな感触が俺の肩に押し当てられている。それが何かは考えたくはねえ……。



「よーし次なんのゲームしよっか。三人で協力できるやつにする? カービィとかさ」



ステラはぱっとキルアの身体を離すとゲームのカセットを見始めた。



くそっ、やられた……!



腕の力が緩められ、俺は解放される。だけど、さっきまで肩に押し当てられていた柔らかな感触が、なぜか消えずに残っていた。顔が熱い。ゴンに気づかれたら面倒だ。



「……協力プレイだと? ふん、足引っ張んじゃねえぞ」

「そっちこそ!」



俺はごまかすように悪態をつきながら、落ちたコントローラーを拾い上げる。心臓が妙にうるさい。なんだってんだ、たかがゲームで勝って羽交い締めにされただけだろうが。



「まあ、たまにはそういうのもいいか。カービィでもなんでも持ってこいよ」



だけど、三人で同じ敵に向かっていくってのは、悪くねえ響きだ。俺はちらりとステラの横顔を盗み見た。さっきまでの悔しそうな顔とは違う、楽しそうな笑顔。それを見て、俺の口元も少しだけ緩んだ。

三人で協力して敵に立ち向かうゲームはとても楽しくてゴンもステラもキルアも笑顔だった。三人の見事な連携でクリアしていったが、ふと、キルアの肩に重みがかかる。ステラがキルアに寄りかかって眠ってしまっていた。

肩にかかる、ずしりとした重み。さっきまでコントローラーを握って騒いでいたはずの気配が、ふいに静かになった。



「……おい、ステラ?」



俺は小声で呼びかけるが、返事はない。聞こえてくるのは、すうすうという穏やかな寝息だけ。横目でちらりと見ると、ステラの無防備な寝顔がすぐそこにあった。



「……ったく、寝るならベッドで寝ろよな……」

「ステラ寝ちゃったの?」



毒づいてみるが、声は自然と小さくなる。ゴンが不思議そうな顔でこっちを見てるのが、気まずい。こいつの体温が、服越しにじんわりと伝わってきて、心臓が変な音を立て始めた。



「……し、仕方ねえな。ゴン、ゲームは終わりだ。こいつ、運んでやんねえと」



俺はそう言って、ステラの体をそっと支えようとする。だが、その寝顔を見ていると、なぜか動けなくなっちまった。今日のこいつは、泣いたり笑ったり、怒ったり……忙しい奴だ。そんなことを考えていたら、俺の口元も、少しだけ緩んでいた。ゴンがキョトンとしながらそんな俺を見ていた。ゴンの視線が、やけに突き刺さる。何とかしねえと、とは思うんだが、指一本動かせねえ。ステラの寝息が耳元で聞こえるたびに、身体が固まるみてえだ。こいつ、こんな静かに寝るんだな……。



「……キルア? どうしたの?」



ゴンが不思議そうに首を傾げる。まずい、このままじゃ変に勘繰られる。俺は慌ててステラの身体から視線を外し、何でもないって風を装った。



「……なんでもねえよ。こいつ、思ったより重くてな」



俺はそう言って、ステラの膝裏と背中にそっと腕を回す。思った通り、軽い。簡単に持ち上げられるはずなのに、妙に緊張して腕が震えそうだ。壊れ物を扱うみたいに、ゆっくりと抱きかかえて立ち上がった。



「ゴン、ベッド、頼む」

「えっ! ステラはそんなに重くないと思うよ。キルアって時々ステラに意地悪だよねー」



ゴンは特に深い意味もなく明るく笑いながらベッドの布団をめくり、ステラを寝かせるスペースを作った。



「……ん……」



ゴンの言葉にカチンときたが、腕の中で身じろぎしたステラに気を取られて言い返せなかった。ったく、無防備すぎるだろ、こいつ……。



「うるせーな。お前が軽いだけだろ」



俺は憎まれ口を叩きながら、ゆっくりとベッドへ向かう。ステラの寝息がすぐ近くで聞こえる。甘いような、ガキっぽいような匂いがして、心臓がまたうるさく鳴った。



「……ほらよ」



慎重にステラをベッドに下ろす。布団をかけてやると、ステラはむにゃむにゃと何か寝言を言って、幸せそうに寝返りをうった。その顔を見ていたら、毒気が抜かれちまう。



「……さて、俺たちはどうすっかな」



ソファに視線をやるが、ゴンも眠そうだ。まあ、こんだけでかいベッドなら、三人で寝ても余裕だろ。



「そうだね、オレたちも寝よっか。おやすみキルア」



ゴンがベッドに潜り込むのを横目で見ながら、俺はステラの寝顔に視線を落とした。さっきまでの騒がしさが嘘みたいに静かだ。長いまつ毛が頬に影を落として、いつもと違う表情に見える。



「ああ、おやすみ……ったく、世話のやける奴……」



俺は誰に言うでもなく呟くと、ステラから少し距離をとってベッドに腰を下ろした。こいつが女だって分かってから、どうにも調子が狂う。触れるたびに心臓がうるさくて敵わねえ。ゴンの寝息が聞こえ始める。俺もさっさと寝ちまおう。そう思うのに、なぜか目が離せなかった。こいつの隣で寝るなんて、落ち着かねえこと、この上ないぜ。俺も横になると、ギシリ、とベッドが小さく軋む。真ん中にはステラ、その隣にはゴン。三人で川の字になってるなんて、妙な気分だ。さっきまでのゲームの興奮が冷めて、急に静寂が部屋を支配する。



「………」



隣で眠るステラの寝顔を、俺は盗み見る。ただの仲間だって、そう思ってたはずなのに。無防備に晒された寝顔を見ていると、胸の奥がざわついて落ち着かない。



「……ばーか」



小さく悪態をついて、俺はステラに背を向けるように寝返りをうった。さっさと寝ちまおう。明日からは、また戦いだ。こんなことで動揺してる場合じゃねえ。俺は無理やり目を閉じた。











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