ネン×トハ×ハテナ






ズシを倒したものの、体の芯に残る奇妙な痺れと恐怖感は消えねえ。さっきの圧力……あれは一体なんだったんだ。俺が今まで戦ってきた奴らとは、明らかに次元が違った。



「……ちっ、スッキリしねえな」



俺は舌打ちしながらリングを降りる。観客席に目をやると、ゴンが手を振っているのが見えた。その隣で、ステラは俯いたままだ。俺が勝ったってのに、あいつは……。



「……見てたかよ。……まあ、あんなの、ウォーミングアップにもなりゃしねえけどな」



ゴンの隣に腰を下ろし、わざとぶっきらぼうにステラに話しかける。あいつは顔を上げず、小さく頷くだけだった。その反応が、また俺の神経を逆撫でする。強がりだって分かってる。本当は、最後のあの圧力に完全に呑まれていた。だが、こいつの前で弱みは見せたくねえ。空っぽなんかじゃねえって、証明してえんだ。廊下の先にウイングが立っているのが見えた。ステラは何も言わずただ黙ったまま目をそらしていた。



「こちらで話しましょう。この廊下は耳の多い場所です」



ウイングは小さな個室へと三人を案内する。ウイングが静かに咳払いをして全員の注目を集める。



「確かに、200階で戦うには必要な力です。いわゆる"念"と呼ばれるものです。皆さんがここまで来たということは、教える時が来たようですね」



念……。ズシのあの得体の知れねえ圧力の正体は、やっぱりこれか。



「……教える時が来た、ね。ずいぶん偉そうじゃねえか。あんた、一体何者なんだよ。その"念"ってやつを覚えれば、俺もさっきのズシみたいなことができるようになるのか?」



俺は腕を組み、目の前の胡散臭い眼鏡を睨みつけた。こいつ、ズシの師匠みてえだが、ただもんじゃねえ。あの圧力を自在に操れるってことは、相当な手練れのはずだ。俺の問いに、隣のステラがピクリと肩を揺らした。こいつ、何かに怯えてるみてえだ。まさか、ズシの念にやられた俺を見て、怖気づいたのか?ったく、しょうがねえな。守ってやるしかねえか。

ネンとは心を燃やす燃のこと。点で心を集中し、舌で想いを言葉にする。錬で意思を高めて発で行動にする。ウイングは基本的な4体行だけを教えた。そして「今は点を極めなさい」と続けた。ステラは終始無言で顔色ひとつ変えなかった。心ここにあらず、といった感じだ。

「点」「舌」「錬」「発」……ウイングが並べる言葉が、頭の中で反響する。心を燃やす、か。さっき俺が感じたのは、そんな生易しいもんじゃなかった。もっとドス黒くて、重たい、死を連想させるような圧力だった。



「……へえ、面白そうじゃん」



俺は口の端を吊り上げて、わざと軽薄な声を出した。本当は、あの恐怖を思い出して背筋が凍りついてる。だが、ここで引くわけにはいかねえ。この力を手に入れなきゃ、イルミからも、過去からも、逃げられねえ。ちらりと横目でステラを見る。相変わらず、人形みてえに無表情だ。俺がズシにやられた時も、こいつはずっとこうだったのか?それとも、何か別のことを考えているのか。



「おい、聞いてんのかよ。おまえもやるんだろ? この念ってやつ」



俺が声をかけると、ステラの肩が小さく震えた。やっぱり、何かおかしい。こいつが何を考えてるのか、全く読めねえのが、妙に苛ついた。



「……そうだね。ゴンとキルアなら問題ないと思うよ」



ステラは『おまえもやるんだろ?』には答えずそれだけ言った。俺の問いかけを、ステラは意図的に無視した。ゴンと俺なら問題ない、だと?まるで自分は部外者みてえな言い方だ。その態度が、無性に俺の神経を逆撫でする。



「……どういう意味だよ、それ。おまえはやんねえってのか? せっかくここまで来たのに、今更怖気づいたのかよ」



俺は低い声で問い詰める。こいつ、まさか逃げる気か?ズシの念にビビって、ここで諦めるってのかよ。俺の言葉に、ステラは何も答えない。ただ、俯いたまま唇をきつく結んでいる。その無言の抵抗が、俺をさらに苛立たせた。こいつが何を隠して、何に怯えているのか、さっぱり分からねえ。だが、ここでこいつを一人にするのは、もっと気に食わねえ。



「……私は部外者でいいよ。二人とも念取得頑張ってね」



ステラはそれだけ言ってその部屋から出ていった。その言葉が、部屋に突き刺さるように響いた。部外者?ふざけんじゃねえ。あいつ、自分が何を言ってるのか分かってんのかよ。



「……っ、待てよ!」



俺は咄嗟に手を伸ばしたが、ステラの背中はあっさりと扉の向こうに消えた。閉ざされた扉が、まるで俺たちの間の壁みてえだった。



「なんなんだよ、あいつ……」



俺は苛立ち紛れに壁を殴りつける。ゴンが心配そうに俺の顔を覗き込んでるが、今は構ってられねえ。ステラのあの態度……ただ怖気づいてるだけじゃねえ。何か、俺たちに隠してる。風を操る能力といい、念に対する異常な拒絶といい、全てが繋がってる気がしてならなかった。

三人は着実に勝利を重ね、こうして三人とも200階に到達し、三人は200階に向かっていた。ゴンは「どんなとこかな?200階って」と言う。ステラは答えず、ただ前を向いていた。ゴンが心配そうな顔をする。200階は異様なオーラに包み込まれていた。

ステラの奴、部屋を出てから一言も喋らねえ。俺が話しかけても、ゴンが話しかけても、ただ黙って前を見ているだけだ。さっきまでの棘のある態度は消えて、今はまるで空っぽの殻みてえだった。



「おい」



俺はエレベーターの壁に背を預け、腕を組んだままステラに声をかける。こいつ、200階に着いた途端、顔色が悪くなってる。ただのビビりなら、とっくに逃げ出してるはずだ。



「おまえ、何か知ってんだろ。この階のこと」



俺の問いに、ステラの肩がピクリと震えた。図星か。こいつの秘密と、この異様なオーラは繋がってる。そう確信した。こいつを一人にしちゃ、まずいことになる。そんな予感が、背筋を這い上がってきた。その通路の先にはヒソカが立っていた。



「ここから先には通さない。まだ早い」



そのかざした手から酷く悪意のあるオーラが放たれる。息が苦しい。だけど、目の前で苦しむ2人を放ってはおけず、ステラはキルアとゴンを守るように二人の前に立ち、両手を広げた。



「っ……危ない、これ以上前に出ないで」



なんだ……こいつ……!?



ヒソカの放つ殺気だけで、全身が動かねえ。イルミの時と同じ……いや、それ以上の悪寒が背筋を走る。なのに、ステラは俺たちの前に立ちはだかった。震える背中が、やけに小さく見える。



「……っ、どけ! ステラ! てめえ、死にてえのかよ!」



俺は絞り出すように叫んだ。こいつ、自分が何やってるか分かってんのか?念も使えねえくせに、ヒソカの前に立つなんて自殺行為だ。ステラの肩を掴もうとしたが、見えねえ壁に阻まれて指一本触れられねえ。ヒソカのオーラだけじゃねえ……ステラの周りからも、何か別の力が渦巻いている……?訳が分からねえ。だが今は、こいつをここから引き剥がすことだけを考えろ……!

ステラは念を使い、ヒソカの隣に立った。その位置から静かにキルアとゴンを見ている。



「……私は大丈夫だよ。でもキルアとゴンは駄目。今すぐにウイングのところに行って」



は……? 今、何が起こった……?



目の前からステラの姿が消えたと思ったら、次の瞬間にはヒソカの隣にいやがった。瞬間移動?いや、違う。俺の目でも追えねえほどの速さ……。これが、こいつの本当の力だってのか?



「……ふざけんじゃねえよ」



ヒソカの隣に立つステラの姿に、腹の底から怒りが込み上げてくる。大丈夫?駄目?てめえ一人で勝手に決めつけてんじゃねえ。俺たちを置いて、一人で死ぬつもりかよ。



「ゴン、行くぞ。あいつが何考えてるかなんて知らねえ。けど、あいつをヒソカの隣に置いとく方がよっぽど危ねえだろ」



俺は隣のゴンに短く声をかける。こいつをここに一人で残していくなんて選択肢は、最初からねえんだよ。俺はステラを真っ直ぐ睨みつけた。おまえが隠してるもんは、後で全部吐かせてやる。だが今は、まずてめえをそこから引きずり出すのが先だ。



「二人はこっち来たらだめ! ……本当に死ぬよ。いいからウイングのとこにいって。早く!」



ステラは咄嗟にキルアとゴンの元へ走り、二人を進ませないように手を広げてガードした。

目の前で、ステラが必死の形相で腕を広げている。俺たちを行かせないように、その小さい体で壁を作ってやがる。さっきまでヒソカの隣にいたくせに、今度は俺たちの前に立ちはだかるのかよ。



「……どけよ」



俺は低く、吐き捨てるように言った。こいつの考えがコロコロ変わるせいで、頭がどうにかなりそうだ。守りたいのか、遠ざけたいのか、どっちなんだよ。



「おまえが一人で残って、それで大丈夫なわけねえだろ! いいから、一緒に来い!」



俺はステラの腕を掴もうと一歩踏み出す。だが、その瞬間、背後からヒソカのねっとりとした視線が突き刺さった。こいつがいる限り、ステラを連れて逃げるのは無理か……。ちっ、どうすりゃいいんだよ……!



「……私はいいから、ゴンとキルアはすぐにウイングのところに行って。お願い。何も言わなくてごめん。でも、言ったらいけないの。これはゴンとキルアが自分で気づかないと意味がないから」



ステラは二人をこの場から遠ざけるために遠くへと押し出した。そしてそのままヒソカと向き合う。

ステラの力で、俺の体はヒソカから強制的に引き離される。わけの分からねえ力だ。抵抗すらできねえ。ゴンも同じように弾き飛ばされて、俺たちはヒソカとステラから距離を取らされた。



「……っ、てめえ! ……ゴン! ウイングの所に行くぞ!」



俺は体勢を立て直し、ステラの背中に向かって叫んだ。あいつ、一人でヒソカとやるつもりかよ。自分で気づかないと意味がない?何言ってやがる。そんなもん、後でいくらでも聞いてやる。俺は隣のゴンに叫んだ。悔しいが、今の俺たちじゃヒソカの相手にならねえ。ステラが言った通り、ウイングの所で「念」を習得するしかねえ。それが、あいつを助け出す唯一の方法だ。



「待ってろよ、ステラ……! すぐに戻ってきて、てめえをブン殴ってでも連れて帰ってやるからな……!」



俺は唇を噛み締め、ヒソカと対峙するステラの小さな背中を睨みつけた。必ず、戻る。その決意を胸に、俺はゴンと共にその場を後にした。



「もう200階に来るとは……早くて驚きました。……本当の念について教えます。二人とも着いてきて下さい」



二人が戻る先にはウイングが立っていた。二人が部屋に入ると、ウイングは早速本題に入り本当の念について説明を始めた。そしてキルアが200階の先に進むのは今夜0時がタイムリミット。再挑戦してから一定期間200階の先に進まないと二度と挑戦ができなくなるという。キルアとゴンはまだ念を会得していない。時間がないので無理やり起こすしかない、という。ウイングの発のオーラを送ることで二人の力を目覚めさせる事になった。

ウイングの奴が放ったオーラが、俺の体に叩きつけられる。経験したことのない、凄まじい衝撃だ。全身の細胞が無理やりこじ開けられて、内側から何かが溢れ出してくるみてえな感覚。これが……「念」……!



「……ぐっ……!」



思わず膝をつきそうになるのを、気力だけで堪える。隣でゴンも同じように歯を食いしばってやがる。ステラは、こんな化け物みてえな奴らと一人で対峙してんのかよ。



「……これが、あんたの言ってた『本物』ってわけか」



俺はウイングを睨みつけながら言った。全身が痺れるみてえに痛む。だが、それ以上にステラを一人にしたことへの焦燥感が俺を突き動かす。ぐずぐずしてられねえ。一刻も早く、こいつを自分のモンにしねえと。ウイングは「まさか一発でマスターしてしまうとは……」と驚いた顔をする。俺は自分の手から溢れる霧のようなオーラを見つめ、目を見開いた。全身に未知の力が満ちていくのを感じる。



これが……俺自身のオーラ……。



俺は自分の掌から立ち上る、陽炎のような力を見つめた。ウイングに無理やりこじ開けられた精孔から、今まで感じたことのないエネルギーが溢れ出してくる。これが念……ステラが俺たちに隠していた力。



「……ゴン。行くぞ。あいつを一人にしとくわけにはいかねえ」



俺は隣で同じように自分のオーラを見つめているゴンに声をかける。あいつも同じことを考えてるはずだ。この力があれば、ヒソカと渡り合える。いや、渡り合わなきゃならねえ。俺たちはもう無力じゃねえ。ステラが一人で背負い込んでるモンを、今度こそ一緒に背負ってやる。そのために、この力を手に入れたんだからな。待ってろよ、ステラ。今、助けに行く……!

ヒソカは動かなくなったステラを横抱きにして立っていた。その目は閉じられている。ヒソカの腕の中で、ステラがぐったりと脱力している。ピクリとも動かねえ。まるで人形みてえに。あの野郎……ステラに何しやがった……!



「……てめえ。ステラを、どうした」



俺は低く唸る。全身の血が沸騰するみてえな怒りが、腹の底から込み上げてきた。覚えたての念が、俺の感情に呼応して全身から溢れ出し、殺気となってヒソカに突き刺さる。隣のゴンからも、同じくらい強烈なオーラが放たれているのが分かった。俺たちはもう、さっきまでの俺たちじゃねえ。おまえの殺気に怯えて、何もできなかったガキじゃねえんだよ。



「安心しなよ★ ステラは疲れて寝てるだけ◇ ちょっと暇だったから遊んでただけだよ☆」



ヒソカはそう言ってステラをそっと壁によりかからせるように置いた。



「これでキミたちも200階に行けるね★ 戦える日を楽しみにしているよ☆」



ヒソカはそれだけ言ってその場から去っていった。











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