ホントウ×ノ×ネン






ヒソカの野郎が消えた後、辺りには不気味な静寂が戻ってきた。遊びだった……?ふざけやがって。俺は舌打ちしながら、壁際でぐったりしているステラに駆け寄った。



「おい、ステラ! しっかりしろ!」



肩を揺さぶっても、ステラの瞼は固く閉ざされたままだ。ヒソカの言う通り、ただ寝てるだけかもしれねえ。だが、あいつの気まぐれにステラの命が握られてたかと思うと、腸が煮えくり返る。



「ゴン、ステラを頼む。俺はヒソカを追う」

「待って、キルア。今はステラが先だ。ヒソカはいつでも追える」



俺は立ち上がろうとした。だが、ゴンが俺の肩を掴んでそれを止める。その目には、俺と同じ怒りと、それ以上の冷静さが宿っていた。ゴンの言う通りだ。俺は逸る気持ちを無理やり抑え込み、もう一度ステラの顔を覗き込んだ。ゴンの言うことは正しい。分かってる。頭では分かっていても、腹の虫がおさまらねえ。ヒソカの野郎、ステラをオモチャみてえに扱いやがって……。



「……ちっ」



俺は小さく舌打ちして、ステラの前に屈み込む。ぐったりとしたステラの額にそっと触れると、ひどく冷たい。ただ寝てるだけには見えねえ。ヒソカの念に当てられた影響か……?



「ゴン、ステラを部屋まで運ぶぞ。このままじゃ風邪ひく」



俺はステラの体を慎重に抱え上げた。ずいぶん軽い。こんな小さな体で、俺たちを守ろうとしてたのかよ。柄にもなく、胸の奥がチリっと痛んだ。今はとにかく、こいつを安全な場所に運ぶのが最優先だ。ヒソカへの借りは、利子つけて返してやる。必ずだ。

















目を覚ますとベッドの上にいた。



「ん……、ゴン……?」

「ステラ! 大丈夫!?」



傍らにいたゴンを見てステラはゆっくりと身を起こす。



「そっか……私、ヒソカに手刀されて……倒れちゃったんだっけ……戻ってきたゴンとキルアの反応が見たいから眠っててって言われて」



なんだそりゃ……。



ステラの口から出た言葉に、俺は思わず眉をひそめた。ヒソカの野郎、そんなことを吹き込んでやがったのか。俺たちの反応が見たいだあ?ふざけた野郎だ。



「……おまえ、本当にそれだけか? 他になんかされてねえだろうな」



俺はベッドの傍らに立ち、腕を組んだままステラを睨みつけるように見下ろした。心配とかじゃねえ。ただ、あの変態ピエロが何もしないで済ますとは思えなかっただけだ。



「念で何かされたとか、変な約束させられたとか」



俺の問いかけに、ゴンも心配そうな顔でステラを見つめている。こいつはすぐ一人で抱え込む。何かあんなら、今のうちに吐かせねえと。



「うん。ヒソカはゴンとキルアを守ろうとしてたのは確かみたいだよ。念を覚えずに200階に行かないようにしてたんだって。……私はたぶんゴンとキルアの反応を見るための餌だよ」



ステラはキルアの顔を見ないまま答えた。



餌、だと……?



その言葉が、俺の頭の中で反響する。ヒソカが俺たちを守るため?そんなわけねえだろ。あいつがそんな殊勝なタマかよ。だが、ステラが言う「餌」って言葉が、妙に胸に突き刺さった。



「……ふざけんな」



俺は低い声で呟いた。怒りが再び込み上げてくる。俺たちのために、こいつが危険な目に遭った。ヒソカの気まぐれに付き合わされた。それがどうしようもなく気に食わねえ。俺はステラの顔を覗き込むように屈んだ。伏せられたままのその顔を、無理やりこっちに向けさせたい衝動に駆られる。



「てめーは餌なんかじゃねえよ。俺たちが弱かったから、てめーに無茶させた。……それだけだ」



だからもう、一人で勝手なことすんじゃねえ。その言葉は、喉の奥でつかえて出てこなかった。



「ステラ……俺達を守ってくれたことはありがとう。だけど俺はステラが危険な目に合うのは嫌なんだ! だからもっと強くなる」

「……ごめん。でも、二人を放っておけなかった。あのまま行ったら二人は死んでたかもしれないんだよ。そんなの……やだ……」



ゴンは決意とともに告げた。ステラはゴンの真っ直ぐな目を一瞬だけ見て、また俯いた。ゴンの言葉にステラは消え入りそうな声で返す。俯いたままの顔は、長い前髪に隠れてよく見えねえ。でも、その震える声だけで、こいつがどれだけ必死だったかは嫌でも伝わってきた。



「……バーカ」

「キルア!」



俺は思わずそう呟いていた。ゴンが咎めるような目でこっちを見るが、知ったことか。



「死ぬかもしれねえからって、てめーが代わりに危険な目に遭っていい理由にはなんねえんだよ」

「……たしかに。キルアの言う通りだよ、ステラが危険な目にあったらオレ達は悲しくなるんだ」



俺はステラの頭に、ぽん、と軽く手を置いた。こいつの髪、思ったより柔らかい。



「もう俺たちも念を覚えた。てめーが一人で背負う必要はねえ。……分かったか?」



柄にもねえ、慰めるみてえなセリフだ。だけど、こうでも言わねえと、こいつはまた同じことを繰り返しそうだ。俺もゴンも、もうそんなのはごめんだぜ。



「……うん。念の基礎練習がんばってね」



うん、じゃねえだろ。俺はステラの頭に置いた手をそのままに、呆れた声を出した。「念の基礎練習がんばってね」って、まるで他人事みてえに言いやがって。おまえも当事者だろうが。



「……てめーもだろ」



俺はもう一度、今度は少しだけ力を込めてステラの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。こいつは分かってねえ。俺たちが強くなるってのは、こいつを守るためでもあるってことを。



「俺もゴンも、もうてめーだけに無茶はさせねえ。だから、おまえも俺たちを頼れ。いいな?」



これからは三人で強くなるんだ。一人で突っ走るのは禁止だぜ。そう念を押すように言うと、俺はゴンの方を向いた。



「行くよ、キルア」

「ああ……そういうわけだ。ヒソカの野郎には、借りを返しに行くぞ」

「……だめだよ。念を取得したくらいでヒソカに勝てると思ってる? 行くならウイングさんにもっと鍛えてもらってからにして」



ステラは咄嗟にキルアの手を掴んで止める。俺の手を掴むステラの手は、小さくて、少し震えてやがった。



「……は? 離せよ。てめーには関係ねえ」



俺は思わず低い声を出す。こいつ、まだそんなこと言ってんのか。俺とゴンがどれだけ本気か、まだ分かってねえみてえだ。その手は、俺たちを心配してるってより、ただ引き留めようとしてるだけに見える。俺はステラの手を振り払おうとした。だが、思ったより強い力で掴まれていて、簡単には解けねえ。その必死さが、逆に俺を苛立たせた。



「勝てるとか勝てねえとか、そういう問題じゃねえんだよ。あいつにやられっぱなしで黙ってられるか!」

「……そう。私には関係ないもんね。じゃあもういいよ。勝手にして」

「なっ……!」



あっさりと離された手に、俺は一瞬、言葉を失った。なんだよ、その言い草は。さっきまで必死に止めてたじゃねえか。その態度が、まるで俺たちのことを突き放してるみてえで、腹の底から怒りが込み上げてくる。



「……てめえ、本気で言ってんのか。関係なくねえだろ! てめーがやられたんだぞ!」

「関係ねえって言ったのキルアじゃん」



俺はステラの肩を掴み、無理やりこっちを向かせた。その瞳は揺れていて、強がってるのがバレバレだ。だが、そんなことはどうでもいい。こいつが俺たちを信じてねえことが、何よりムカつく。俺たちのために、こいつが無茶をした。その借りを返しに行くって言ってんのに、なんで分かんねえんだよ。



「……もういい。ゴン、行くぞ」



俺はステラの肩から手を離し、部屋の出口に向かう。今こいつと話しても、埒が明かねえ。体で分からせるしかねえんだよ。俺たちが、もう守られるだけのガキじゃねえってことをな。























結果、ゴンとキルアはヒソカに「今のキミたちとはつまらないから闘りたくない」と軽くあしらわれて帰ってきた。



「……ちっ」



部屋に戻るなり、俺は壁を殴りつけていた。ヒソカの野郎……。「つまらない」だと?ふざけやがって。ゴンも隣で悔しそうに拳を握りしめてる。あの余裕ぶった態度が、何より腹立たしい。



「……言っとくが、てめーの言う通りになったからって、俺は謝らねえからな」



ベッドに座って膝を抱えているステラに、俺は背を向けたまま吐き捨てた。どんな顔してやがるか、見なくても分かる。どうせ「だから言ったのに」みてえな顔してんだろ。



「……別に、謝ってほしいなんて思ってない」



ぽつりと呟かれた言葉に、俺は思わず振り返る。だが、ステラは顔を上げようとしなかった。その反応が、また俺の神経を逆撫でする。



「……だったら、なんか言えよ。俺たちが弱くて悪かったな!」



八つ当たりだって分かってる。だが、どうしようもなく苛ついて、言葉が止められなかった。ステラは黙ったまま膝を抱えていた。そしてぽつりと呟く。



「……そうやって怒ってばっかり」



怒ってばっかり……だと?その言葉が、俺の頭にカチンと響いた。なんだよ、その言い方。こっちがどれだけ悔しい思いしてるか、分かってんのか。分かってて言ってんなら、相当タチが悪いぜ。



「ああ、そうだよ! 怒ってるよ! てめーのせいでもあるだろうが!」



俺はステラの目の前まで詰め寄り、ベッドのフレームを殴りつけた。ガンッ、と鈍い音が部屋に響く。苛立ちが抑えきれねえ。



「てめーが余計なことしなきゃ、俺たちはもっとマシな戦いができたかもしれねえんだぞ! 黙ってんじゃねえよ! なんか言え!」



分かってる。んなわけねえってことくらい。完全に八つ当たりだ。だけど、このどうしようもねえ気持ちをどこにぶつけりゃいいんだよ。



「………」



俯いて、ただ黙り込むステラの姿に、俺の中の何かがプツンと切れた。こいつのその態度が、一番ムカつく。まるで俺だけが悪者みてえじゃねえか。



「……チッ、もういい」



俺は舌打ち一つ残し、ステラに背を向けた。これ以上ここにいても、怒りが増すだけだ。頭を冷やした方がいい。そう思ったはずなのに、足が部屋の出口に向かわねえ。



「……なんでだよ」



自分でも驚くほど、か細い声が出た。振り向くことはできねえ。



「なんで、てめーはいつもそうなんだよ。俺が……俺たちがどんだけ心配したと思ってんだ……!」



そうだ。結局は、そこに行き着く。ヒソカに負けた悔しさも、八つ当たりしちまう自己嫌悪も、全部こいつが心配だからだ。なのに、当の本人は何も言わねえ。それが、たまらなく寂しかった。



「心配……? なによそれ! 私だって心配して言ったのに! 心配してんのはこっちの方だもんバカ! バカ! すぐ無茶するんだからキルアのバカ!」



心配という言葉が引き金だったのか、ステラはいきなりガバッと顔を上げると俺を見て指差しながら声を上げて怒り出した。



「念を覚えたてのひよっこのくせにヒソカに立ち向かうなんて無謀すぎだよ!」

「なっ……!」



べーっと突き出された舌と、「バカ」という罵詈雑言。さっきまでの殊勝な態度はどこへ行ったんだ。あまりの変わりように、俺の怒りは一瞬で吹き飛んで、代わりに別の感情がこみ上げてくる。



「……は、ひよっこだと? てめえだって大して変わんねえだろうが!」

「うるさいバカ! 基礎も覚えたてのくせに!」



口角がひくつくのが分かった。なんだよ、こいつ。心配してたんじゃねえかよ。その剣幕に一瞬たじろいだが、すぐにカッとなる。俺はステラの肩を掴んで、自分の方へと引き寄せた。こいつの瞳には、まだ涙の膜が張ってる。だけど、その奥にあるのは、怒りだけじゃねえ。必死な色が混じってた。



「……だったら、なんで最初からそう言わねえんだよ」

「……え?」



俺の声は、自分でも驚くほど静かだった。怒鳴るよりも、ずっと深いところから出た声。掴んだ肩が、小さく震えてるのが分かった。



「……心配なら、心配だって言えよ、バカ」

「……キルアが『てめーには関係ねえ』って言ったんじゃん……バカ……バカ……キルアのバカ!」



ステラは俺をぽかすか叩き出す。



「……寂しいじゃん……ばかぁ……っ」

「なっ……おい!」



そのままぽかすか叩きながら声を上げて泣き出した。突然雨みたいに降ってきた拳を、俺はされるがままに受けていた。全然痛くねえ。だけど、その一発一発に込められた「バカ」って言葉と、こいつの涙が、胸の奥にずしりと響く。



「……悪かった」



叩かれる腕越しに、俺はぽつりと呟いた。叩く力が、少し弱まる。



「関係なくねえ。大ありだ。……だから、泣くなよ。……これからは、ちゃんと聞く。だから、てめーも勝手にいなくなったりすんな」



俺は空いている方の手で、ステラの頭をぐしゃっと撫でた。こいつの涙を見ると、どうしていいか分からなくなる。心臓がうるせえ。これはきっと、罪悪感ってやつだ。ああ、クソ、面倒くせえ。俺はそう言って、泣きじゃくるステラを仕方なく抱き寄せた。背中に腕を回すのは、なんだか気まずくてできなかったけどな。



「泣くわよバカー! バカー!」

「うわっ、やめろ!」



わーっと泣くステラに髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜられて、俺は思わず声を上げた。なんだこいつ、やり返してきやがった。だが、その腕には全然力が入ってねえ。ただ、俺にしがみついてるだけだ。



「……分かった、分かったから!」



俺は観念して、ステラの腕を掴んだ。その拍子に、ちらりと部屋の隅にいるゴンと目が合う。あいつ、すげえ間抜けな顔してこっちを見てやがる。その視線がなんだか気まずくて、俺はすぐにステラの方へ顔を戻した。



「……もう泣き止めよ。目が溶けちまうぞ」



俺はなるべく優しい声色を意識して、もう一度ステラの頭を撫でた。背中に回した腕に、そっと力を込める。こいつの体温がやけに熱く感じて、心臓がまたうるさく鳴り始めた。



「なによ優しくしないでよ大雨が降るじゃんばかなの? 優しいキルアとかきもちわるーい」



口では悪態をつきながらも背中に回されたキルアの腕を振り払うことはしなかった。そのままステラはぷいっとそっぽを向いた。その後で小声で「心配してくれてありがとう」と言った。そっぽを向いたままで。



はっ……なんだよ、それ。キルアの腕の中でそっぽを向きながら、ぽつりと呟かれた感謝の言葉。その小さな声が、やけに鮮明に耳に届いた。悪態をつきながらも、素直じゃねえ言い方で礼を言う。いかにもこいつらしい。



「……っせーな。どっちだよ。気持ち悪いとか言うんじゃねえ。二度と言ってやんねーからな」



俺は照れ隠しに、わざとぶっきらぼうに返す。だが、口元が緩むのを止められなかった。抱きしめている腕に、無意識に力がこもる。なんだか、胸の奥がくすぐったい。そう言いながらも、俺はステラの頭をもう一度、今度は少しだけ優しく撫でた。こいつの髪、思ったより柔らかいんだな。そんなことを考えていると、部屋の隅で見ていたゴンが、にやにやしながらこっちに近づいてくるのが見えた。



「な、なんだよ、ゴン」



俺は慌ててステラから体を離そうとするが、こいつはまだ俺の服を掴んだまま離れようとしねえ。ちくしょう、最悪のタイミングだぜ。



「……だってきもちわるいんだもん。絶対明日大雨だよ」



ゴンがにやにやしながら近づいてきてもステラはぎゅーっと俺の服を掴んで離さない。んだよ、離れろって。ごちゃごちゃ言いながらも、俺の服を掴んで離さないステラに、俺はため息をついた。こいつ、マジで分かってんのか。ゴンの野郎が、ニヤニヤしながらすぐそこまで来てんだぞ。



「……おい、いい加減にしろよ。いつまでくっついてんだ」



俺はステラの肩を軽く押すが、それでも離れようとしねえ。むしろ、さっきより強く掴んでる気がする。なんだか、意地になってるみてえだ。ゴンの悪気のない、キラキラした声がすぐ側で聞こえる。やめろ、そんな純粋な目でこっちを見るんじゃねえ!



「なーんだ、キルア。ステラと仲直りしたんだね! よかった!」

「……うるせえ! 別に喧嘩なんかしてねえよ!」



俺はゴンに向かって怒鳴ることで、羞恥心をごまかした。腕の中にいるステラが、くすくすと小さく笑ったのが分かって、ますます顔に熱が集まる。ちくしょう、完全にからかわれてやがる。











index ORlist