ホント×カワイク×ナイナ






「へー、そんなに離れてほしいんだ。しょーがないなー、じゃあゴンこっちおいで」



ステラはくすくす笑いながら、ちょいちょいとゴンを手招きする。



は? なんだよ、それ。



俺の服を掴んでいたステラの手が、あっさりと離れていく。そして、あろうことか、今度はゴンを手招きしてやがる。さっきまで泣いてたくせに、もうケロッとしてやがる。その変わり身の早さに、俺は一瞬呆気に取られた。



「なっ……おい、てめえ……!」

「なによ、キルアが離れろって言ったんじゃん」



俺が何か言う前に、ステラはひょいと俺の腕から抜け出して、ゴンの隣にぴたりとくっついた。そして、勝ち誇ったような顔で俺を見やがる。なんだその顔、ムカつく。唇を尖らせて、ステラは言う。ゴンの腕に自分の腕を絡ませながら。その光景が、なぜか妙に面白くねえ。さっきまで俺の腕の中にいたはずなのに。胸の奥が、チリッと焦げ付くような感覚がした。



「べ、別に離れろなんて言ってねえだろ! いい加減にしろって言っただけだ!」



我ながら苦しい言い訳だと思った。ゴンのやつは、きょとんとした顔で俺とステラを交互に見ている。ちくしょう、さっきまでの気まずい雰囲気はどこ行ったんだよ。完全にこいつのペースじゃねえか。



「やっだー、キルアってばほんとはゴンに抱きしめてもらいたかったんじゃん。ヤキモチしちゃってかわいい」



ステラはくすくす笑いながらゴンをキルアに向けて送り出した。ゴンはよくわかってない顔のまま「えーと……抱きしめようか?」とキルアに向かって両手を広げて言った。



は……? こいつ、本気で言ってんのか……?



俺に向かって両手を広げるゴンと、その隣で腹を抱えて笑ってるステラ。この状況をどう処理すればいいのか、俺の頭は完全にフリーズした。ヤキモチ?かわいい?誰がだよ!



「ふ、ふざけんな! 誰がてめーなんかに! 抱きしめられてたまるか!」



俺はゴンの胸を思いっきり突き飛ばした。よろけたゴンの後ろで、ステラが「あはは!」と声を上げて笑ってる。その笑い声が、やけに頭に響く。



「ちげーよ! そうじゃねえだろ、ゴン!」



俺は必死に否定するが、ステラの策略にはまった後じゃ、もう何言っても言い訳にしか聞こえねえ。顔から火が出そうだ。ちくしょう、完全に遊ばれてる。



「えー、でもステラが……」



状況が読めてねえゴンが、困ったように眉を下げる。その純粋な瞳が、今はただ恨めしい。俺はステラを睨みつけたが、当の本人はまだ笑いが止まらねえみたいだった。



「お前な……! あとで覚えとけよ……!」



俺はそれだけ言うのが精一杯だった。こいつのペースにまんまと乗せられて、たまるか。俺はそっぽを向いて、熱くなった顔を隠した。心臓がうるさくて、しょうがなかった。



「よーしキルアサンドだー! そーれ! ゴン、そっちからキルアを囲んじゃえ!」

「あはは! キルアサンドイッチだ!」

「なっ……おい、やめろ!」



ステラは楽しそうに笑いながらゴンと自分でキルアを挟むようにして抱きつく。ゴンも一緒になって楽しげにキルアを挟んだ。

両側から同時に抱きつかれて、俺は完全に身動きを封じられた。右からはステラの、左からはゴンの体温が一気に伝わってくる。なんだこれ。どういう状況だよ。



「てめーら、ふざけんな! 離れろ!」



俺は身を捩って抵抗するが、二人がかりで押さえつけられてはびくともしねえ。ゴンの野郎は「キルアあったかーい!」とか言ってやがるし、ステラは俺の脇腹をくすぐってきやがる。



「や、やめ……っ、くすぐってんじゃねえ!」



羞恥と焦りで顔が熱くなるのが分かった。心臓がバクバクうるせえ。くそ、完全にこいつらのオモチャじゃねえか。



「観念しろ、キルア! これがヤキモチ妬きの罰だー!」



ステラの勝ち誇ったような声が耳元で響く。ヤキモチなんかじゃねえっつーの!そう叫びたいのに、くすぐったくて声にならねえ。ちくしょう、あとで絶対覚えてろよ……!



「はっ……はっ……っ、てめ……」

「降参する?」



息を切らしながら、俺はどうにかステラを睨みつけた。脇腹がまだジンジンする。降参?するわけねえだろ。だが、それよりも気になるのは、こいつとゴンの顔がすぐそこにあることだ。



「……ち、近えんだよ……!」



俺は二人を押し返そうとするが、まだ腕に力が入らねえ。ステラの息がかかるくらい近い。ゴンの髪が頬に触れて、くすぐったい。なんだこの状況。心臓がうるさくて、息が詰まりそうだ。



「わ、分かった……! 降参、降参だ! だから離れろ!」



悔しいが、このままじゃ埒が明かねえ。俺は観念して叫んだ。これ以上こいつらのペースに乗せられてたまるか。それに、こんなゼロ距離でステラの顔を見てたら、こっちの心臓がもたねえ。俺の降参宣言を聞いて、ステラが満足そうにニヤリと笑った。その顔が、やけに頭に焼き付いて、俺は思わず視線を逸らした。



「たのしかったねー、ゴン! キルア!」

「うん!」



ステラは気を解放すると満面の笑みで言った。ゴンも満足そうに大きく頷いている。



「キルアってば顔真っ赤! トマトみたいで可愛いねえ」



んだよ、うるせえな……!顔が赤いことくらい、てめーに言われなくても分かってんだよ。こいつらのせいで熱が引かねえ。トマト?可愛い?ふざけたこと言いやがって。



「誰がトマトだ、誰が!」

「あ、本当だ! キルア耳まで赤い!」



俺はステラの額を指で弾いてデコピンした。ゴンまで余計なことを言いやがる。ちくしょう、こいつら、面白がってやがるな。



「……お前らな、人が降参してやってんのに、まだからかう気かよ」



俺は呆れたようにため息をついて、腕を組んだ。これ以上こいつらのペースに乗せられてたまるか。そう思いながらも、さっきまでの騒がしさが消えた空間に、少しだけ名残惜しさを感じている自分に気づいて、さらにむしゃくしゃした。

















それから三人は毎日ウイングの指導の元、念の修行を開始した。ステラはすでに念を会得していたため念能力の技を磨く特訓も行った。そして注目のヒソカ対カストロ戦が行われることになった。尚、ゴンはウイングの言いつけを破って念能力者と試合をして全治二ヶ月の怪我を負ったためウイングに怒られて謹慎中である。



「ねえキルア、ヒソカの試合……どうする? 見に行く?」



ステラの言葉に、俺は一瞬考え込む。ヒソカ対カストロ。天空闘技場(ヘヴンズアリーナ)の200階クラスの、それもフロアマスター同士の戦いだ。見たくねえわけがねえ。だが……。



「……ゴンのやつ、謹慎中だろ。あいつ抜きで行くのもな……」



俺が言い淀んでいると、ステラは「ふーん?」と意味ありげに俺の顔を覗き込んできた。その目には、全部お見通しだ、とでも言いたげな色が浮かんでいる。



「ゴンはウイングさんが見ててくれるって。それに、これはただの試合じゃない。ヒソカの戦い方を見ておくのは、君にとっても無駄じゃないと思うけど?」



ステラの言う通りだ。あのイカれたピエロの実力を、この目で確かめておくチャンスだ。ゴンには悪いが、これは俺たちにとっても重要な意味を持つ。



「……ちっ、仕方ねえな。行くぞ」



俺はぶっきらぼうにそう言うと、先に歩き出した。隣を歩くステラの得意げな横顔が、少しだけ気に食わなかった。



「すごい人気だね、ヒソカ戦」



そうして迎えたヒソカ対カストロ戦。会場内は大勢の人で溢れかえっていた。ステラは緊張した面持ちでステージを見ている。キルアは人混みの中で背伸びしながら、リングを見つめている。ああ、すごい人だかりだ。さすがはフロアマスター同士の試合ってことか。



「……チッ、前が見えねえ」



俺は舌打ちしながら、さらに背伸びをする。人混みのせいで、リングがよく見えねえ。横を見ると、ステラも同じように必死にリングを目で追っていた。その真剣な横顔に、俺はなぜか目を奪われる。



「おい、ステラ。こっち来いよ」

「わっ……確かにこっちのが見やすい」



俺はステラの手を引いて、少しでも見やすい壁際まで移動する。その方が少しはマシだろう。



「ヒソカの戦いだ。一瞬も見逃すんじゃねえぞ」



俺の言葉に、ステラがこくりと頷く。いよいよだ。あのイカれた奇術師が、どんな戦いを見せるのか。俺はゴクリと喉を鳴らし、リングに全神経を集中させた。

ヒソカの腕が切れ、そこから血が滴り、さらにはヒソカが切れた自分の腕の肉を食べた所でもう許容範囲を超えた。思わずステラはすぐ隣にいたキルアの腕にしがみついた。



「たっ、食べてる……」



うっ……!



突然腕に伝わった衝撃とステラの震える声に、俺はハッと我に返った。見れば、ステラが真っ青な顔で俺の腕にしがみついている。その目は、恐怖でリングに釘付けになっていた。



「……おい、大丈夫かよ」



俺は声をかけるが、ステラの耳には届いてねえみてえだ。無理もねえ。自分の腕を食うなんて、普通じゃ考えられねえ。暗殺稼業で汚ねえもんは散々見てきた俺ですら、ヒソカの行動には背筋が凍る。



「しっかりしろ、ステラ!」



俺はしがみつくステラの肩を掴んで、無理やりこっちを向かせた。その震えが、俺にまで伝わってくる。守らねえと。こいつは、俺がここに連れてきたんだから。



「見るのが辛いなら、目ぇ瞑ってろ。俺がそばにいてやるから」

「な、なによ、優しくしないでってば。それにちゃんと見ないとだめでしょ……一瞬も見逃さないんだか……ら……



不意に優しくされるとドキドキしてしまい、つい意地っ張りな態度を取ってしまう。しかしヒソカが左手を切られてなくなった右腕につきさした。血管と肉が潰されながら掻き回されるような音が響く。ステラは震えながらキルアの腕にしがみつき、無意識に胸を押し当てていることに気が付いていなかった。



なっ……!



腕にしがみつくステラの体が、さっきよりも強く震えた。それと同時に、腕に柔らかい胸の感触が押し付けられる。こいつ、自分が何やってんのか分かってねえのか。



「ばっ……てめぇ、どこ触って……!」



思わず声を荒らげそうになって、寸前で飲み込んだ。ステラの顔は恐怖で引きつっている。今そんなこと言える状況じゃねえ。くそ、意識しちまったじゃねえか。俺はステラの頭を引き寄せて、自分の胸に押し付けた。これならリングは見えねえだろ。



「もう見るなっつったろ。意地張ってんじゃねえよ」



俺の心臓の音が、やけにうるさく響く。それがステラのせいなのか、ヒソカの気色の悪ぃ戦いのせいなのか、もう分からなかった。ただ、この腕の中の震えが少しでも収まればいいと、そう思った。



「えっ……!」



いきなり頭を引き寄せられ、キルアの胸に押し付けられる。いきなりの急接近と、やけにうるさく鳴るキルアの鼓動が大きく聞こえてきてヒソカの試合どころじゃなくなった。



「な、なにすんの! バカキルアー! 見えないじゃん!」

「うるせえな、見せねえって言ってんだろ! てめえみてえな奴に見せるもんじゃねえんだよ、アレは」



俺はステラの頭をさらに強く胸に押し付けた。こいつの抵抗が、やけに熱い。至近距離で響く心臓の音が、俺のものなのかステラのものなのか、もう区別がつかねえ。リングの上では、常軌を逸した光景が続いている。あんなもん、まともに見たら頭がおかしくなる。元暗殺者の俺ですら吐き気がするってのに。



「俺が見ててやるから、お前は黙ってここにいろ。いいな」

「むぐっ……」



俺はステラの抵抗を封じるように、腕に力を込めた。背後から聞こえる観客の悲鳴と、腕の中でわずかに震える体温。この奇妙な状況が、俺の冷静さを少しずつ奪っていくのが分かった。

ステラは頭をさらに強くキルアの胸に押し付けられくぐもった声を漏らす。キルアの腕の中にすっぽりと収まり、キルアの胸に顔を押し付けられているこの状況に頬が熱く火照る。



「べつに、へいきだって……んぐ……」



まだ何か言おうとするステラの口を、俺は手のひらで塞いだ。これ以上、抵抗させねえ。震えが止まらねえくせに、強がりやがって。そういうとこ、ゴンに似てて、見ててハラハラする。



「へーきなわけねえだろ。顔、真っ青だぞ。いいから黙ってろ。俺が『いい』って言うまで、顔上げんなよ」



腕の中の抵抗が、少しだけ弱まった気がした。リングの上ではヒソカが不気味な笑みを浮かべている。あの狂気から、こいつだけは守ってやらねえと。そう思うと、腕の力が自然と強くなった。



「んむぅ……っ」



キルアの手のひらで口を塞がれ、しっかりと体を押さえ込まれる。ステラは悔し紛れにキルアの手のひらをくすぐるようにぺろっと舐めてみせた。



「なっ……!?」



手のひらに生温かい感触が走り、俺は思わずステラを突き放しそうになった。こいつ、俺の手を……舐めやがったのか!?



「てめっ、何してんだよ!」



反射的に声を荒らげるが、ステラは腕の中で俺を睨みつけているだけだ。その目には、恐怖の色よりも悔しさみたいなものが浮かんでいる。



くそ、調子が狂う……!



リングではさらに空気が張り詰めている。ヒソカの念が膨れ上がり、カストロを完全に呑み込もうとしていた。この狂気的な雰囲気からステラの意識を逸らさねえと。俺はもう一度ステラの頭を引き寄せ、今度は背中に腕を回してしっかりと抱きしめた。これならもう変な真似はできねえだろ。心臓の音が、さっきよりうるさく聞こえた。



「……もうすぐ終わる。それまで大人しくしてろ」



ステラの頭を胸に抱き込むようにして背中に腕を回され、しっかりと抱きしめられると今度こそステラの抵抗が止んだ。キルアの体温と匂いと鼓動に包み込まれる感覚がして戸惑い、混乱していた。



キルアって意味わかんない!



腕の中の抵抗がぴたりと止んだ。さっきまでの威勢はどこへやら、ステラはただ俺の胸に顔を埋めて固まっている。その小さな体が、まだ小刻みに震えているのが分かった。



「……やっと大人しくなったか」



俺は小さく息を吐き、視線をリングに戻す。ヒソカの不気味なオーラが会場全体を支配していた。こんなもん、まともな神経で見続けられる方がおかしい。俺はステラの背中を、落ち着かせるようにゆっくりと撫でた。自分でも柄にもねえことをしてる自覚はある。だが、この震えを止めてやれるなら、それでもいいと思った。



「言ったろ。終わるまでこうしてろって……大丈夫だ。もう何も見えねえだろ」



まるで幼い子供に言い聞かせるみてえな自分の声に、少しだけ戸惑う。暗殺術以外、誰かを守る方法なんて、俺は知らねえはずなのに。

そうしてカストロが死亡してヒソカの勝利が決まり、会場内が怒号の歓声に飲み込まれた。ステラはキルアにしっかりと抱きしめられたままキルアの胸に押さえ込まれたまま動かない。もうヒソカの試合どころじゃなかった。



「……キルアってホントわけわかんない……」



会場が勝利の歓声で揺れる。だが、俺の耳にはその喧騒がどこか遠くに聞こえた。腕の中のステラが、ぽつりと呟く。その声は、震えてもいなければ、怒ってもいなかった。ただ、呆然としているみてえな、か細い声だった。



「……うるせえ。俺が一番分かってんだよ」



俺はステラを抱く腕の力を少しだけ緩める。もうリングを見る必要はねえ。試合は終わった。残ったのは、後味の悪い勝利と、この腕の中に残る体温だけだ。



「……もう、終わったぞ」



俺はステラの頭をそっと撫でる。いつもはすぐに反発してくるくせに、今は何の反応も返ってこない。ただ俺の胸に顔を埋めたまま、人形みてえに固まっている。その静けさが、妙に胸をざわつかせた。











index ORlist