ジッセン×ト×ジッセン
その後は謹慎中のゴンも呼んで三人でウイングの所に行った。とある会議室にてホワイトボードを使いながら、三人はウイングにヒソカ戦の解説をしてもらって念の理解を深めた。そして『凝』のやり方を教わった。俺はウイングの説明を、一言も聞き漏らさねえように集中していた。ヒソカが使っていた『隠』、そしてそれを見破るための『凝』。こいつを覚えなきゃ、あいつとは戦えねえ。いや、戦う以前に、同じ土俵にすら立てねえんだ。
「……なるほどな」
自然と口から声が漏れる。今まで見えなかった世界の輪郭が、少しずつはっきりしていく感覚。隣にいるステラは、俺以上にこの感覚を知ってんだろうな。念が使えるってことは、こういう世界でずっと生きてきたってことだ。
「なあ、ウイング。その『凝』ってやつ、俺たちでもすぐに使えるようになるのか?」
焦りが滲むのを自覚しながら、俺は前のめりになって質問した。ゴンがヒソカに一矢報いるまで、時間はねえ。悠長に修行してる暇なんて、一瞬もねえんだ。俺は、あいつの隣で戦いてえ。そのためなら、どんな修行だってやってやる。
「ねえキルアこれ見える?」
ステラはキルアに向けて人差し指を突きつける。念で『キルアは抱きつき魔』と書いてあるが当然キルアとゴンには見えていない。『凝』を使ったウイングが思わず笑いを堪える顔をする。
は?なんだよ急に。俺はステラが突きつけてきた人差し指を、訝しげに見つめた。指の周りには何もねえ。ただのステラの指だ。だが、ウイングが必死に笑いを堪えてるのが気になった。
「何がだよ。何も見えねえけど……ウイング、これも念なのか?」
俺がそう答えると、ステラはニヤリと意味ありげに笑う。こいつ、また何かくだらねえことを考えてやがるな。だが、ウイングの反応からして、念が関係してるのは間違いねえ。俺はステラの指からウイングへと視線を移す。あのヒソカの戦いの後だ。どんな些細なことでも見逃せねえ。早く、早く俺も『そっち側』に行かねえと。焦りが胸の内で渦巻いていた。
今度はステラの人差し指に『キルアはヤキモチやき』という文字が現れてウイングは更に笑いを堪えながらもキルアの質問に対して「……っ、ええ、そうです……よ。ふふっ……『隠』という念です。これを見るには『凝』を使う必要があります」と答える。
『隠』……ヒソカが腕を消したり、スカーフみてえなのを具現化させてた、あの技か。*
ウイングの説明で、目の前で起きてることがようやく繋がった。ステラが指先で操っている見えねえ何かが、俺とゴンの世界と、こいつらの世界を隔てている壁そのものなんだ。
「……ちっ」
俺は舌打ちしながら、ステラの指を睨みつけた。笑いを堪えるウイングと、面白がってるステラ。その輪の中に、俺だけが入れねえ。まるで子供扱いされてるみてえな感覚が、無性に腹立たしかった。俺はステラの手首を掴む。暗殺者としてのプライドが、こんな状況を許さねえ。
「……なあ、俺にも見せろよ。お前が何て書いたのか、俺自身の目で見破ってやる」
「はーいがんばってねー。『凝』覚えたら見えてくるよ」
キルアに手首を掴まれたステラはくすくす笑いながら言った。完全にキルアをからかっている。
この野郎……!
俺は掴んだステラの手首に、無意識に力を込めていた。ヘラヘラと笑いながら俺をからかうその態度が、焦る心に火をつける。唇の端がひきつるのが分かった。ゴンとヒソカの戦いまで時間はねえ。悠長にからかわれてる場合じゃねえんだよ。
「……っ、上等じゃねえか。お前がそんな余裕ぶっこいてられんのも今のうちだ。すぐに追い抜いてやるからな」
俺は掴んでいた手首を乱暴に放す。ゴンも隣で「俺も早く『凝』を覚えたい!」と目を輝かせている。そうだ、ステラに構ってる暇はねえ。今はただ、前だけを見て進むんだ。その後のウイングの指導と解説により、ゴンとキルアはすぐさま『凝』を覚え、使えるようになった。
「えー! もう使えるようになったの!? はやーい! さっすがゴンとキルア!」
ステラの能天気な賞賛の声に、俺は思わず眉をひそめた。さっきまで散々からかってきやがったくせに、今度は手のひらを返したように褒め称えてやがる。
「……ふん、当たり前だろ」
俺はそっぽを向きながら、覚えたての『凝』で自分の拳を見つめる。オーラがゆっくりと目に集まっていくのが分かる。さっきまでの見えなかった世界が、今はっきりと目の前にある。この力があれば、もうステラに子供扱いはさせねえ。俺はニヤリと口角を上げて、ステラを睨みつけた。もう言い逃れはさせねえ。お前が隠していた秘密を、今ここで暴いてやる。
「で? さっき俺のこと、なんて書いてたんだよ」
「ん? そんなに見たいの? しょうがないなー」
ステラはキルアに向けて人差し指を突きつける。そこには念で『キルアは可愛いね』と書いてあった。
か……可愛い……?
俺はステラの指先に浮かび上がった文字を、まじまじと見つめた。予想していた悪口やからかいの言葉とは全く違う、間の抜けた一言。その意味を理解した瞬間、カッと顔に熱が集まるのが分かった。
「なっ……! てめえ、ふざけてんのか!」
「ほんとだ! 文字が見える!」
思わず声を荒らげると、ステラはけらけらと楽しそうに笑っている。ごんも隣で呑気なことを言う。
「何が『可愛いね』だ! もっとマシなこと書けねえのかよ!」
俺は羞恥と怒りでぐちゃぐちゃになりながら、ステラに詰め寄った。こいつの秘密を暴いてやるつもりだったのに、なんで俺がこんな目に遭わなきゃなんねえんだ。
「……待てよ。まさかさっきからずっと、こんなくだらねえこと書いてやがったのか?」
だとしたら、俺は一体何にてこずらされてたんだ……?
「え? そうだよ? キルアは抱きつき魔、とかキルアはヤキモチやき、とかそういうの。さっき私がゴンに抱きついたら妬いてたでしょ? ゴンのこと好きすぎだよー」
抱きつき魔……ヤキモチやき……ゴンのことが好きすぎ……?
ステラが並べ立てる言葉が、一つ一つ俺の頭に突き刺さる。脳が理解を拒否しているみてえに、ぐらぐらと揺れた。なんだそれ。全部、俺が……?
「は……? てめ、何言って……ち、ちげーよ! ゴンが迷惑してんだろーが! 俺はゴンを助けようと……!」
否定しようとした言葉は、途中で音にならなかった。確かに、ゴンがステラに抱きつかれてた時、妙にイラっとしたのは事実だ。だが、それは……!我ながら苦しい言い訳を口にしながら、ステラを睨みつける。こいつの、全部見透かしたような笑みが、無性に腹立たしい。
「大体、ヤキモチってなんだよ! 俺が……ゴンに……っ、あるわけねえだろ、バーカ!」
俺は顔に集まった熱を隠すように、叫びながらそっぽを向いた。くそ、こいつのペースに完全に飲まれてる。こうなったら、俺がこいつの秘密を暴いて、ぎゃふんと言わせてやるしかねえ……!
「そんなに心配しなくてもキルアからゴンを取ったりしないよ。キルアがゴン大好きなのは見ててわかるもん」
ステラはそう言って微笑んだ。ゴンは驚いた顔をしたあとにキルアを見て笑った。
「そうなの!? オレもキルア大好きだよ!」
「まあまあいいじゃん、『凝』使えるようになったんだし! これから鍛錬を積みなよ! まだまだ念は奥が深いからさ!」
ステラの言葉と、それに続くゴンの悪気のない一言が、俺の頭の中でぐちゃぐちゃに反響する。大好き……?ゴンが、俺を……?
「……っ、うるせえ! 誰がゴン大好きだ! 勝手なこと言ってんじゃねえよ!」
訳の分からねえ感情が爆発して、俺は思わず叫んでいた。顔が熱い。心臓がうるさい。ステラの奴、楽しそうに笑いやがって。全部こいつのせいだ。俺はゴンから顔を背けたまま、ステラを睨みつける。こいつの、全部お見通しだみたいな態度が気に食わねえ。
「……念の奥が深い、ね。上等じゃねえか。お前が隠してるくだらねえ秘密も、全部その念で見破ってやるよ」
そうだ。このままじゃ終わらせねえ。俺がこいつをぎゃふんと言わせるんだ。そのために、もっと強くならねえと。
それから修行を重ねた三人はいよいよ念能力者同士の試合に出ることになった。まずはキルアVSリールベルトの試合。その次の日にゴンVSリールベルトが控えていた。
闘技場の控室。俺は壁に寄りかかり、静かに目を閉じていた。リールベルトとかいう奴の試合映像を頭の中で再生する。大振りだが、一撃が重いタイプか。俺のスピードなら問題ねえ。
「……キルア」
不意に名前を呼ばれて目を開けると、ステラがそこに立っていた。いつものからかうような笑みは消え、真剣な眼差しで俺を見つめている。
「なんだよ。俺の心配でもしに来たのか?」
俺はわざと挑発するように口角を上げた。だが、ステラは乗ってこない。ただ静かに俺の目を見返すだけだ。その静寂が、妙に居心地悪かった。
「キルア、いよいよだね。応援してるからね。えっと、気を付けてね!」
ステラはそう言ってゴンと二人並んで応援席に向かっていった。ステラの背中を見送りながら、俺はフンと鼻を鳴らした。気を付けろ、ね。誰に言ってんだか。
「……おう」
短く応えると、俺は再び壁に背を預ける。アイツの真剣な顔が、妙に頭に焼き付いて離れねえ。心配されるなんて柄じゃねえのに、胸の奥が少しだけ温かくなるみてえな、変な感覚だ。
「ま、見てろよ」
観客席に向かって、誰に言うでもなく呟く。お前に隠された秘密を暴くためにも、こんなところで負けてられっかよ。俺は静かに闘志を燃やし、リングへと向かった。
「キルアー! がんばれー!」
「キルア! 負けるなー!」
ゴンの隣で、やけに馴れ馴れしく叫んでやがる。ステラの甲高い声援が、闘技場の喧騒の中でもやけにはっきりと耳に届いた。あいつ、ゴンと近すぎじゃねえか?観客席の光景が目に焼き付いて、一瞬、リールベルトの動きから意識が逸れる。
「っ……!」
危ねえ……!リールベルトが繰り出した鞭が、俺の頬を掠める。チリっとした熱を感じて、俺はすぐに距離を取った。集中しろ。試合中だぞ、俺は。リールベルトを睨みつける。だが、脳裏に浮かぶのは、ステラとゴンの姿。さっきあいつが書いた『可愛い』って文字が、また頭をよぎりやがった。
くそ、あいつのせいで調子が狂う……!
「ちっ……!」
俺は舌打ちしながら、掠めた頬を手の甲で拭った。血は出てねえが、ヒリヒリとした痛みが残る。ステラの奴、応援してるっつったくせに、俺の集中力を乱しやがって。ゴンとあんなに近くにいやがって、何考えてんだ。試合が終わったら、絶対文句言ってや……いや、違う。今は試合に集中しねえと。
「……わりいな。少し考え事してた」
俺はリールベルトに向かって挑発的に笑いかける。だが、頭の中ではステラの言葉とゴンの笑顔が渦巻いていた。くそ、なんであいつの顔がちらつくんだよ……!
「もうよそ見はしねえ。一瞬で終わらせてやる」
キルアは低い声で呟くと、電気をまとった体でリールベルトを痺れさせ、気絶させた。キルアの目は獲物を狙う暗殺者のものであり、目の前にいるリールベルトではなく観客席のゴンとステラを見ていた。もはやリールベルトの事など一切眼中にないようだった。こうしてリールベルトの敗北で試合は締めくくられたのだった。
試合終了のゴングが、頭の中で遠くに聞こえる。俺は気絶したリールベルトを一瞥もせず、観客席の二人を睨みつけたままだった。
「………」
息が上がる。心臓がうるさい。試合に勝った高揚感じゃねえ。もっとドロドロした、わけのわからねえ感情が腹の底で渦巻いてる。あいつらの姿が、やけに目に焼き付いて離れねえ。
「……んだよ、あの距離……」
無意識に声が漏れる。ステラがゴンの隣で笑ってる。ただそれだけのことなのに、なんでこんなに胸がざわつくんだ。俺は舌打ちすると、リングを降りた。控室に戻る足取りは、自分でも分かるくらい重かった。あいつらの顔を見たら、俺はちゃんと平静を保てるだろうか。
「キルア、すごかったよ。……かっこよかった」
ステラはへへっとはにかむように笑うと、ハンカチを取り出してキルアの額の汗を拭う。
ハンカチ……?
目の前に差し出されたそれに、一瞬思考が止まる。ステラの指が俺の額に触れ、汗を拭う。その、やけに優しい手つきに心臓が大きく跳ねた。なんだよ、これ……。さっきまでの苛立ちはどこへ行った?
「……っ、よせ!」
反射的にステラの手を振り払う。だが、触れられた場所の熱が引かねえ。隣でゴンが「さすがキルア!」なんて笑ってるが、その声も今は遠くに聞こえる。
「てめえが変なとこ見てるから、調子狂ったんだろうが……」
文句を言うつもりだったのに、声が妙に掠れた。ステラの顔がまともに見れねえ。なんでこいつは、怒らせたり、調子を狂わせたり、そうかと思えばこんな……こんなことしてくんだよ。
「ええっ、汗かいてたから拭ってあげたのに……え? なにが? 変なとこって?」
振り払われたステラは不満そうにキルアの汗を拭ったハンカチをポケットにしまってか問いかけた。
ポケットにしまわれたハンカチから、目が離せねえ。俺が拭う前に、あいつが……いや、違う。問題はそこじゃねえ。
「……っ、だから、ゴンと近すぎんだよ!」
「え?」
思わず叫んでいた。しまった、と思ったがもう遅い。ゴンがと間の抜けた声を出し、ステラはきょとんとした顔で俺を見ている。
「試合中、お前らがベタベタしてるのが見えて……! 集中できなかっただろうが!」
我ながらめちゃくちゃな言い分だ。だが、他にどう言えばいいのか分からねえ。ステラが俺の汗を拭った時の、あの甘い匂いと柔らかい感触が、まだ額に残ってるみてえで頭がおかしくなりそうだ。
「とにかく! 次は気をつけろよ!」
俺はそれだけ言うと、二人から顔を背けてずかずかと歩き出した。背中に突き刺さる二人の視線が痛い。くそ、なんでこんなに心臓がうるせえんだよ……!